誰かの物差しで生きたら、常に足りないものが出てくる。本当に欲しいものは何か。自分の物差しで、自分の幸せを決めていく。

2回の離婚と3回の結婚を経験し、子どもはもたなかった、木下紫乃さん。親とは違う立場で若い人たちと関わっていく中で、大人として自分にできることがたくさんあることに気づいたという。自分の本心を正直に見つめ、しなやかに生き方を決めてきた木下さんに、結婚生活で大事にしていること、チャレンジする大人を増やしたいと立ち上げた事業、多様な生き方が認められる社会への思いなどを、伺った。

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木下 紫乃 / Shino Kinoshita      1991年新卒でリクルートに入社。その後数社を経て、2004年より10年間、人材育成会社で営業マネジャーとして企業研修の設計や運営を手がけた。その間、結婚、離婚、再婚、駐在員妻、離婚、帰国して再就職…等紆余曲折を経る。2013年に45歳で大学院へ入学。多様性が活かされる社会や教育、新しい働き方等を研究。2014年からは昭和女子大学にて、社会の多様性を促進するコンソーシアムの立ち上げ、運営に参画。2016年には40代50代の「自分で選ぶ働き方」を支援する会社株式会社ヒキダシを設立。多様であることが世界に価値を生むと信じ、自らの人生にて様々な「経験」を実験中。

 


ようやくたどり着いた、自分に合う「結婚」のかたち

  2回の離婚と3回の結婚

私は今の結婚で3回目なんです。1回目の結婚は、26歳のときでした。私はバブル世代なので、女性は25歳過ぎたらクリスマスケーキがどうのこうの、というような時代で(笑)。

結婚相手はとても温厚でいい人だったけれど、結婚についてよく考えたり、お互いどういう人生を送りたいか、よく話をせずに焦って結婚してしまったのかもしれないです。一緒に暮らすうちに物足りなくなっちゃって、家を出てしまいました。

2回目の結婚は、30歳のときでした。しばらく一人でいたんですが、大学時代に付き合っていた男性からたまたま連絡があって、もう一度やり直したい。仕事の都合でドイツに赴任することになったからついてきてくれ、って言われたんです。学生時代からくっついたり離れたりしていて、一緒に暮らしたことはなかったから、一緒に暮らしてみて決着をつけた方が良いのではないか、と思いました。

その時私は仕事もしていたし、躊躇する気持ちもあったけれど、半年くらい悩んだあと仕事も辞めて、じゃあ行くわ!という感じで。彼がドイツに赴任するタイミングで結婚しました。

留学したいと思ったこともなかったし、旅行は好きですけど、長く海外に住むのは初めてでした。30過ぎて。

 

  漠然としていた、「結婚願望」

― スピーディーな展開ですね(笑)。いわゆる結婚願望や、こんな夫婦になりたい、こんな妻でありたい、といった理想像はありましたか?

実は結婚願望自体、そこまでなかったんですね。あったとしたら、1回目だけかな。当時26歳で、周りがみんな結婚しているっていうのがあったから、結婚というものに憧れたんです。ただ結婚をしたかった。

理想の奥さん像みたいなのも、なかったです。彼は優しい人だったし、楽しい人生が待ってるんじゃないかという…、なんか小学生みたいですね(笑)。

2回目は、すでに彼が海外に行くことが決まっていて、一緒に行くなら結婚しか選択肢がなかったという事情もありました。今の時代で考えれば、別居婚でもよかったし、結婚のスタイルも多様化しているのでそこにこだわることはなかったのかもしれないけれど、当時は結婚しか選択肢がなかったんです。

結局、生活や感情のすれ違いが元で、海外から家出して帰国した後、離婚してしまうんですけどね。ええ、2回目の家出(笑)。

 

  躊躇した、3回目の結婚

一番躊躇したのは、今回、3回目の結婚です。さすがにこれで失敗したら、ただのバカだな…って(笑)。

ただ、さすがに結婚も3回目となるといろいろ学んできていて、それまでの結婚で、事前に話しておけばよかった、そうすれば大きくずれることはなかったよね、ということがかなりあったので、今の主人とはたくさん話をしました。どんな人生を送りたいかとか、何が好きで何が嫌いか、とかね。今でも、よく話しますね。

彼には彼の世界があって、私は私でやりたいことがある。それがたとえほとんど交わらなくても、お互いに「安心して放っておける」ことが、今うまくやれているポイントかなと思います。

お互いに依存していない。それが結婚なのか、といわれるかもしれないけれど、結婚のスタイルは人それぞれだから。一般的に見たら外れているかもしれないけど、ようやくたどり着いた、というのが正直なところです。

今の主人に私のどこが好きかを聞くと、ポテンシャルを感じる、って言うんです。普通そんなこと結婚相手に言わないよね、面接かい(笑)?と思うんですが、私は嬉しかったんですよね。女としてどうの、ということではなく、人としてみてくれて、さらに期待してくれているというのがね。ポテンシャル、期待で終わらないようにがんばるわ、と言っています(笑)。

 

  もし、夫との間に子どもがいたら

子どもに関しては、実はそこまで切実に欲しいと思ったことはないんですね。結婚と離婚や再婚のタイミングで、子どもを持つ機を逃してしまった、ということもあるかもしれません。

でも実際、今まで産んでいないし、これから先もきっとないだろうと思うと、今の主人に対して申し訳ないという気持ちは少しはあります。自分が欲しいと言うよりは、ね。

私が42歳のときに結婚して今5年目ですが、彼とは自然に任せて、できてもできなくてもいいと最初に話しました。治療は考えなかったし、自分たちの年齢を考えたらもう出産はないだろうなと思っていましたが、彼にとって子どもがいたらまた少し違っていたかなという気持ちが、ないわけではないですね。

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人生観を変えた、ドイツでの暮らし

  「あなたはどう思うの?」

2回目の結婚後は、ドイツのミュンヘンという南の街で生活していました。とても住みやすいところで、食べ物もビールもおいしかった。でも当時の夫が、仕事の都合で月曜日にスウェーデンまで行って、金曜まで帰ってこないみたいな環境で。

だから、週末しか会わないような生活で、あとは一人。友達が欲しかったので、ドイツ語を勉強しようと思って外国人だけのドイツ語学校に行き始めました。当時、駐在妻は専業主婦で、駐在妻同士で集まって、お茶したり買い物行ったりという過ごし方が主流だったので、珍しい選択だったし、駐在妻たちの間では変な人扱いされました。自分でもそう思うのですが(笑)。

でも、そうしたら、彼とも日本人コミュニティーとも関係のない、ヨーロッパの友人を中心とした自分のコミュニティーができていきました。そこで、自分の意見を持つことの大切さを学びました。

たとえば、彼らといると、あなたはどう思うの?っていつも必ず意見を聞かれるんですよね。どんなにつまらないことでも。例えばレストランでピザかパスタを選んだら、どうしてそっちにしたの?と。

国が隣接するヨーロッパに住む人たちにとって、自分の意見を言わないことは存在としてゼロに等しいらしい。彼らと話していると、意見がない自分に気づくことが何度もあって、それが言葉の問題よりも、ずっと学んだことだったんです。

学校で問題が起きたときに意見を聞かれて、言葉の問題もあって「んー…」と言っていたら、「シノに聞いたってだめだよ、日本人はこういうとき意見言わないから」と言われたこともあった。とても悔しくて。今でもそのときのことは、忘れられないですね。

 

  「個」としてどう生きるか

私は当時特に仕事をしていなかったので、シノは何をやっているの?と聞かれると、ハウスワイフと答えていたんです。そうすると、それは今の時点の話でしょ。あなたは、何をする人なの?と再度聞かれるわけです。

ドイツでは、その時点で仕事をしていない人でも、ある人は秘書、ある人はエンジニアと言っていて、どこにいてもぶれない、個人のキャリアの軸があるというのは、新鮮な発見でした。日本だとそういうとき、会社名くらいしか出てこないですよね。

ヨーロッパでは仕事によって求められる学位が決まっているから、転職のために40歳を過ぎても大学へ入り直す人もいたりします。個としてのキャリアの積み方を目の当たりにしたのは、貴重な経験でしたね。

結局2年半くらいドイツにいましたが、このときの経験がそれ以降の私を変えたと言っても過言ではないくらい、大きな意味を持つ期間でした。

いろんな人を見て、自分の価値観だけが絶対ではないし、何をするにしても楽しんだ者勝ちだよ、っていうことを感じて、衝撃を受けましたね。それで、「ああ、なにをやってもいいんだな」って、すごく自分の気持ちも楽になりました。

 


45歳から行き始めた大学院

  「親ではない大人」だからこそ、できること

日本に帰国してから、前職のツテをたどって、また仕事を始めました。よく誤解されるんだけど、私はキャリア志向なんか全然強くなくて、いつも行き当たりばったり(笑)。たまたまの縁で仕事が繋がってきているにすぎない。そんな中、自分の経験を整理したくて、45歳で大学院に入りました。

周りはほとんど20代の人たちで、彼らから親に相談できないことを相談されることがたくさんありました。例えば、自分が決めた就職先に母親が否定的だとか。その母親と同年代の私は、お母さんたちがそう思う背景や価値観もよくわかるんです。お母さん、こう考えているんじゃない?と話をすることもよくあって、私は親ではないし立場は違うけど、そういう役割ができるなって思いました。

あるときは、大学院で名簿を作ることになって、得意なことを書いてくださいと若い男子に言われ、「結婚・離婚・再婚」とか書いたり(笑)。

その頃若い学生たちに、「大人になるってしんどいことばかりだと思っていたけど、紫乃さんを見ていると40代で人生いろいろあっても、楽しそうだし、大人になるのも悪くないなと思います」と言ってもらって。それも一人ではなく何人かに言われたときに、私は自分の役目が果たせたような気になりました。

 

  すでに世の中にいる子どもたちのサポートを

私は人材教育に関心があって、大人の教育に関する仕事を10年くらいやってきたのですが、その仕事を通じて感じたのは、大人の教育と子どもの教育は繋がっているということ。

子どもは「大人の言うこと」を聞くのではなく、「大人のやること」を真似するのです。だから大人の教育は、つまり子どもの教育でもある。仕事では大人たちと関わってきて、そして大学院で若い人たちと関わるようになって実感したことです。

子どもを持つというのは、一つ世の中に対してできることだと思うのだけど、自分の子どもがいない私としてできることは、もう少し広く捉えて、すでに世の中にいる子どもたちのサポートができたらいいな、と。

そんな気持ちで、子どもを含めた若い人たちのサポートを、私なりのやり方でしていきたいと、すごく思います。若いお母さんも含めて。この年齢の、この経験の私だからできることがあると思っていて、少しずつ声をかけてもらったりして仕事の幅を広げてきています。

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チャレンジし続ける大人を増やすことで、若い世代に伝えたいこと

  「元気」のヒキダシ。大人がまず、背中を見せる

ヒキダシという会社を立ち上げたのも、まず楽しんで新しいことにチャレンジしている40代、50代の姿を若い人に見せたいなというのがあります。

その世代の人たちは諦めている人も多いんですよね。私はめちゃくちゃな人生を歩んでいますが(笑)、人っていつでも変われるという実感があるし、新しいことにチャレンジできると信じている。まずはその年代からがんばっていこうよ、ということを仕事としてやり始めています。我々の世代が若い人たちに「人生悪くないよ」って見せる教育。

よく若い人に、紫乃さんに会うと元気になります、と言われるんですけど、私はそれは違うと思っています。元気はみんなに元々備わっているんですよ。私の社名の「ヒキダシ」はそういう意味でつけたんです。相互の引っ張り出し合いというか、ね。

一人だとしんどくても、いろんな人と会ったりする中で、自分の強さや持ってる力に気づくことができるんじゃないかな、と思うんです。

 

  人はそれぞれ違う。それが、強さ

私のライフテーマは「多様性を活かす」こと。仕事でも、組織の多様性を促進するプロジェクトや研修などをいくつもやっています。

人はみんなそれぞれ違う。それがもう、素晴らしいことだと思うんです。

違う人がいれば、強くなるじゃないですか。私のめちゃくちゃな経験からアドバイスできることもあるかもしれないし、他の人は他の強みがある。優劣ではなく、違うことが強みなんだと思います。

 


思い通りにいかないのも、人生

  「人生計画」の通りにいかなくても、どうにかなる

私は新卒でリクルートに入ったものの、働きすぎで体を壊して辞めてしまって、その後違う会社で働いていたときに2回目の結婚で退職して、ドイツに行ったんです。本当に、前も言ったようにキャリアの軸がないんですね。計画性もない(笑)。それでも人生、どうにかなってる。

若い人と話していると、「私は何歳で結婚して、妊活して、何歳で子どもを産みたいです」と、20代くらいできっちり計画を立てている人が、結構多いことに驚きます。

すごいと思うと同時に、なんかそれって、しんどくない?って。そのとおりいかなかったらどうするの?って。人生のタイミングもあるし、産もうと思ったときに産めないこともあるかもしれない。直接は言わないけれど、私の考えとしては、それにとらわれすぎるとしんどくなっちゃうんじゃないかな、って思いますね。

また、彼ら彼女らが、自分のとる選択肢は2つか3つしかないと思い込んでいるようにも感じます。仕事や、パートナーについても、この道から外れたらどうしよう、他はないかもとか。私が自分のことを振り返って思うのは、選択肢なんていくらでもあるし、もちろん全て手に入るわけじゃないけれど、やろうと思えばなんでもできるのにな、ってこと。

 

  小さな行動を積み重ね、失敗する影響の「本当の程度」を知ること

―  そういう人生の選択などについて相談をされた場合、どう答えてるんですか?

まずは、そのチョイスの中から一番何をやりたいのか聞きます。だいたいみんな、行動を起こす前に悩んでいることが多いんですよ。やってみて、うまくいかなかったらまた違う選択肢をとってみよう、と言いますね。

うまくいかなかったとしても、自分のせいじゃないかもしれないし、タイミングが合わなかっただけかもしれない。その選択肢しかないってことは絶対にないから、やってみてから考えよう、って。

そして行動してみたら、失敗の範囲ってこの程度なんだっていう落としどころが見えてくると思うんです。行動する前は、失敗したら大変なことになるんじゃないかとみんな思うんだけど、ま、私は客観的に見たら大変なことになっているのかも(笑)、でも死ぬわけじゃないしね。

小さな行動を積み重ねていって、失敗してもこの程度か、って学びながらトレーニングしていくことが大事だなって思います。

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自分が「本当に欲しいもの」は何か

  「象徴」の奥にあるもの

― 例えば、不妊治療をずっとされている方の中には、子どもがいなくちゃいけない、いない人生はなかなか考えられない、というような思いで、やめ時がわからなくなってしまったり、夫婦間がぎくしゃくしてしまったり、という話も聞きます。

よく、婚活中の女性に相談されるんです。私が尋ねるのは、結婚して何が変わると思ってる?っていうこと。

突き詰めて話を聞くと、実は結婚がしたいわけではなく、今の仕事がしんどいとか、自分の収入に不安があるとか、他の理由がその源泉だったりするわけです。そうなると、結婚で解決できないかもしれないよね、と。収入に不安があるなら結婚相手を探すより、もっと自分で稼げるようになったほうが確実ですしね。

もしかしたら子どもの話も、同じようなケースもあるかもしれない、と思うんです。子どもが欲しいっていうのは、なぜなのか。自分の何を実現したいかということに、自分すら気づいていない人も多いかもしれない。

自分が本当に欲しいものは何か、子どもという「象徴」の奥にあるものは何か、という問いを持つことは大切なのではないかと、私は思います。

 

  他人の物差し、自分の幸せ

ひも解いてみると、このくらいの年齢なんだから結婚してないと周りから幸せそうに見えない、とかね。じゃあなんで、周りから幸せそうに見られないといけないんだっけ?と。

そうやって2回くらい掘り下げたときに、自分の幸せって何なのかが見えてくると思うんです。そこを深掘りできていないから、表層的な幸せに縛られている人がすごく多いと感じています。

本人がしんどければ、そういうアドバイスを受けられるようなサポートがあればいいなと思います。自分の本当の気持ちがわからず、自分が自分を追い詰めてしまうのは、しんどいですよね。

 

  自分の幸せは、自分が決める

自分の本当の気持ちは、自分しか知らないはず。自分の幸せを自分で決めないで誰が決めるんだって、本当に思います。

誰かの物差しで決めちゃったら、常に足りないものが出てくるけれど、自分の物差しだったら、自分でその物差しを変えていけばいいわけだから幸せでいられると、私は思うんです。

結婚とか子どもにこだわることが、もしかして、誰かから与えられた価値観なのだとしたら、自分が心からそれが欲しいのかどうかを考えてみる必要があるのではないかな、と。

今の日本社会は、自分が欲しいものを欲しいと言えない息苦しさってすごくあると思っています。言い方を変えれば、欲しいものが似ていないといけない、変なものを欲しがっていたらおかしい人だと思われる、というのもある。

人はみんな多様なんだし、欲しいものも多様であっていいし、それが認められる社会になったらいいな、と思いますね。

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写真 / 望月小夜加、取材 / UMU編集部、文 / 瀬名波雅子

 


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