『産まなくても、育てられます』— 著者 後藤絵里さんに聞く、不妊治療と特別養子縁組に橋を架ける方法。<後編>

昨年の「特別養子縁組あっせん法」の成立など、法整備の面でも拡充が進む、特別養子縁組。ドラマになったり、ニュースで耳にすることも増えたりと、これまでの流れが変わりつつある一方、多くの人にとってはまだまだ見えづらい部分があるのも、事実だと思います。前編では、『産まなくても、育てられます 不妊治療を超えて、特別養子縁組へ』(講談社)著者の後藤絵里さんに、養子縁組をとりまく現状や世界と日本の違いなどについて伺いました。この後編では、豊富な取材経験をもとに、実際に特別養子縁組を経て家族になることについて、そしてこれからの社会のあり方に対する想いについて、伺います。

<前編>はこちら!

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後藤 絵里 / Eri Goto 世界の様々な話題を、掘り下げた取材で伝える「朝日新聞GLOBE」編集部デスク。2011年にGLOBEで『養子という選択』という特集記事を組み、以来、世界および日本の養子縁組や社会的養護の取材を続けている。プライベートでは1児の母。

 


  養子を迎えるにあたり大切にしておくべき視点

ー UMUの読者の中にも、「養子という選択」を既に考えている、もしくはこれから考え始めようとしている方々がいらっしゃると思います。実際に、自分の家族として養子を迎えるにあたって、どんな視点を大切にしておくべきでしょうか。気をつけておきたいことや心構えみたいなものは必要ですか?

養親になるためのセミナーや講習に行くと、それは色々と指導を受けます。でも基本的には、目の前の存在にいっぱい愛情を注ぐ、それだけだと思います。

さまざまなご家族を見ていて感じるのは、その「大きな愛」があれば、たいていのことは乗り越えられるということ。あれこれ思いめぐらしていたのが、実際に子どもを迎えると子育ての忙しさと楽しさで吹き飛んじゃった、というケースが多かったです。

子どもと出会いたいと願い、来てくれてありがとう!というところから親子の関係が始まっているから、子どもたちがたくさんの愛情を受けていることが見ていてわかります。委託した直後、数カ月後、1年後と、会うたびに子どもたちの表情が豊かになっていくんです。年相応にやんちゃであっても、絶対的な安心感を得て落ち着いていくんですね。

ー まだまだ養子は特別なことのような気がして、それをやる資格が自分にあるのだろうか、親になったことがない自分が他人の子なんて育てられるのだろうかとか、不安になる人が多いと思います。

「こんな私が、親になれるのだろうか」というようなね。だけど実子だって、初めての子育てが手探りなのは同じじゃないですか。

養親さんに共通することとして、さっきの「やってみなきゃ分からない」じゃないですけど、やっぱりスイッチが入るのか、子どもを迎えると、自然と親の顔になっていく。いろいろなことが不安だったのに、子育てが始まったら、日々、忙しくて楽しくて…と、ごく普通の子育てエピソードを語ってくれるのが印象的でした。

それから、アメリカの養親の方々が言っていたのは、お子さんを養子で迎える人の方が、心の準備から、子育ての知識を学ぶことまで、親になる準備がよくできるのだと。確かに子育てについて自分たちの考えをしっかり持っている方が多かったです。

日米の養子縁組家族を見ていて、いちばん大事なのはやっぱり気持ちなんじゃないかと。「案ずるより産むがやすし」って、養子縁組にもあてはまると思います。

 

  特別養子縁組は「人生のトラックを180度変えうる」

ー 実際UMUでも、不妊治療の果てに特別養子縁組でお子さんを迎えた方にお話を伺いました。治療に行き詰まり養子縁組を考える過程で、「 “私”とか“私たち”だけではなく、“子ども” の視点や立場で考えられるようになったことが大きかった」と仰っていたのが印象的でした。

取材していて思うのは、特別養子縁組には「子どもの人生のトラックを180度変えうる力がある」ということです。

貧困や虐待、ネグレクトなど過酷な環境で生まれ育った子が、「家庭」を知らずに大人になり、親となったとき、家庭を築くすべを知らずに、わが子を放置してしまう。そんな負の連鎖が起きがちです。特別養子縁組は、その連鎖をプツリと断ち切るのです。子どもたちはそこから、まったく違う人生を再スタートできます。

これが、施設養育だと、18歳で施設を巣立ったときに心のよりどころであり、ロールモデルとなる家庭がない。もちろん個人の能力、努力、周囲の支援のあり方で人生は変わりますが、同じトラックが再生産されてしまうリスクは高いのです。そうした実態を裏付けるデータもあります。その意味で、家庭養育の重要性は高まっていると思います。

ー 施設での生活は、たいてい決まった規則に則っていて、自分で自由に選べないことも多いです。経験が限定的になってしまい、「キュウリを丸ごと食べたことがない」という子もいます。

食堂で調理されて出てきますからね。好きなものをお願いしたり、自分で調理したりもできませんよね。

施設の職員のみなさんは日々奮闘されていると思います。でも、社会生活に必要な基礎知識、人間関係の築き方などを体験として学ぶ機会が限られたまま、社会に出て行く子どもたちが、人との距離の取り方がわからずトラブルになったり、他人に利用されたりといった苦労を抱えることがあるのも事実です。

家庭で育つということは、親きょうだいとけんかしたり、冗談を言って笑い合ったり、
落ち込んだ時になぐさめてもらったりする中で、社会の最小単位でのコミュニケーションを身につけていくプロセスでもあります。ひとりでお風呂に入る、料理を手伝う、そういう“当たり前のことを体験する”というのも、実はすごいこと。文章で教えて身につくものではないのかもしれません。

それから、施設養育だと、2~3歳の多感な時期に、慣れ親しんだ乳児院から児童養護施設に移らなくてはならなかったり、担当の職員が何度も変わったりして、愛着関係を築いた大人がある日いなくなるという経験を否が応でもすることになります。

「大好きになって、裏切られて」という体験を繰り返していると、防衛本能が働いて、長く、深い関係を結ぶことを期待しなくなってしまいます。

そういう話を耳にするたびに、一刻も早く、負の連鎖を生む仕組みを変えなければならないと思います。

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  ネガティブな面、リアルに覚悟する面も

ー 不妊治療中の当事者にとっては、治療で成果が出なくても、子どもを授かる・育てる選択が見えていたらどんなに楽だろうと思う一方で、仮に養子として迎えた子に障害が出てくるとか、何か問題が起きた時に責任を取りきれるのかということに、不安や恐怖を感じる方も多いと思います。それ以前に、やはり血を分けた子でないと育てきる自信がないと、シャットアウトしている治療当事者も見てきています。
取材してきた中で、特別養子縁組で親になるにあたって覚悟しなければならない側面として、リアルさやネガティブな面も、可能な範囲で伺いたいです。

この制度がすごいのは、離縁できないことなんです。だから血がつながっているかいないかだけで、あとは本当に実の親子と同じなんですよ。

そのために、確かにネガティブケースもあります。例えば子どもがほしくて養子を迎えたけれど、思春期の子どもの反抗や自我の目覚めの時期を上手くハンドルできなかったケース。どうして離縁できない特別養子縁組をしてしまったのだろうと自分の決断を責める方もいました。

でも、よく話を聞いていくと、養親自身が、子どもを迎える前から自分の親との間に抱えていた問題を、ちゃんと乗り越えられていないことが不調の原因になっているのでは、と感じることもあります。養子に迎えた子との親子関係が修復できないほどこじれる前に、カウンセリングにかかるとか、第三者に相談するなど、打つべき手はなかったかと思うこともありました。

自分の中に解決しきれていない問題を抱えたまま、社会的正義心などから子どもを迎え、理想の養親であろうとして自滅してしまうということもあるかもしれません。子どもが養子だから起きる問題ではないのです。親の側から親子の縁を切ることができない特別養子縁組は、そういう意味では、覚悟がいることなのかもしれません。

― 自分自身の問題なのですね。

そう、子どもの問題ではなくて。親の側にきちんと「自分」があって、子どもを迎えようが迎えまいが、自分はこういう人間で、こういう人生を歩みたいのだと言える人は、たとえば迎えた養子が障害を抱えていても、素敵な親子関係を築いています。

どうすれば幸せな家庭を築けるかは、子どものスペックではなく、親自身にその解があると思います。

うまくいっている家庭は、チームビルディングというか、「家族というプロジェクト」を楽しんで進めているようなところがありますね。みんなそれぞれの大事なミッションがあって、そのもとにチームが結束し、ともに目標に向かって進む。考えてみれば、夫と妻も、もとは他人なわけで、血のつながりはそこまで大事な要素ではないと思いますね。

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  治療のプロセスの中で「親になるってどういうこと?」を考える機会を

― 先ほどおっしゃっていた、特別養子縁組の過程で、親になる準備を進める、学びがあるという点は大事だと思いました。不妊治療の当事者も、治療の過程で親になる準備を上手に進められると、その先の選択肢がもっと広がっていくのかもしれません。

この本には、不妊治療の最終ラウンドに進もうとする人に対して、特別養子縁組について説明し始めたという医師が出てきます。そんな感じで、不妊治療プロセスのどまんなかにいる時に、ちょっと引いた目線で、「親になるってどういうこと?」みたいなテーマで家族形成を考えるような講座があればいいですよね。

― 「どうやったら産めるか」の講座はたくさんあるけれど、その先の、親になることに意識を向ける仕組みが少ないような気がしています。

それは本当にそうですね。「手段が目的化してしまっている」と感じます。
一生懸命不妊治療をしてきて、幸いにも子どもを授かれたとしても、生まれた子どもに障害があり、「こんなはずじゃない…」と大きな衝撃を受ける人がいたり……。

子どもが産まれてからが、長い、長い道のりの始まり。子育てにはお金もかかりますし、不妊治療の真っ最中にこそ、「親になるってどういうこと?」と立ち止まって考える機会が必要だと思います。

 

  不妊治療と社会的養護双方に橋を架けるための社会づくり

― 「産む」「産みたい」という選択と同時に「育てる」ことのリアリティがパラレルに入ってくると、当事者がこの道しかないとひたすら孤独に暗闇を行くよりは楽になると思います。そのためには、治療の当事者と社会的養護の双方に橋を架ける社会づくりが必要だと思うのですが、何が変わって行けばいいとお考えですか?

繰り返しになるんですが、みんなが「自分ごと」としてこのテーマを考えることが必要だと思います。特別養子縁組をめぐる制度づくりは着々と進んでいます。でもいちばん大事なのは、私たち一人一人の意識が変わること。一人一人が変わらなければ、社会通念も変わらない。国がひとりで旗を振っても、社会はついてこない。

そのために、インターネットも活用して「共感」を広めたい。こうやっていろんな機会に話をしていると、少しずつ共感の輪が広がっていくのを感じます。その小さな輪の一つひとつを、どうすれば大きなうねりにできるのか、いまも試行錯誤しています。

― 「これ」しか道がないって、このテーマに限らずすごく苦しいですよね。

そう、だって、生きづらいじゃないですか。「これしか道がない」って、ますます苦しくなっちゃいますよ。
みんな生きづらさみたいなものを感じている中で、そう感じているのは私だけじゃないとか、この方向に一歩進んでみたらこんなに楽になったよという体験が、もっと共有されるといいなと思います。

私が取材を始めた当時に比べると、実名で発言する家族が現れてきたことは大きな変化です。やっぱり、当事者に声を上げてもらいたいし、子どもとめぐりあえてどんなにハッピーだったかという話を、どんどん伝えてほしいのです。

この本に登場する養親の方々はみな、いまつらい思いをしている人の力になりたい、迷っている人の背中を押すのを手伝いたいという思いを、強く持っていらっしゃいました。

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  選択肢のある社会に

― 特別養子縁組制度が本当にうまく回り出したら、病気や遺伝的に不妊の方も、子どもが持てるという発想が変わっていきますね。

本の中にも出てくる医師で、がん治療によって生殖機能を失ったり、失うリスクが高かったりする患者さんの相談に乗っている方がいます。

不妊治療という視点だけではなく、がんサバイバーの家族形成というテーマに果敢に挑もうとしています。欧米ではがんサバイバーのための養子縁組や里親は、家族形成の選択肢として認識されていますが、日本ではまだその存在にすら気づいてもらえない状況です。

日本ではどんな問題でも、きわめて狭い範囲での標準やスタンダードが存在していて、そこから漏れると、「あとは自助努力でなんとかしろ」と言われてしまう。それがいま、たくさんの人たちの「生きづらさ」を生んでいる原因のひとつだと思っています。

私はやっぱり、様々な選択肢のなかから、自分にあった生き方を“選べる”社会になってほしい。自分の家族を持ちたいと思ったとき、ごく自然に、養子を迎えるという選択肢を考えられるような社会になってほしいと強く思います。

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写真 / 望月小夜加、取材・文 / 矢嶋桃子


産まなくても、育てられます

産まなくても、育てられます
不妊治療を超えて、特別養子縁組へ(健康ライブラリー)

著者:後藤 絵里
仕様:B6判 並製 総238頁
発売日:2016/11/23
定価:本体1,400円(税別)
ISBN:978-4