「自分で産むのも大変なら、養子を迎えるのも大変」。シリコンバレー発 “養子大国アメリカ” のリアル。

渡辺千賀さんは、生まれたばかりの女児を生後すぐ養子に迎えた。6歳になる愛娘は、黒人とアジア人のハーフだ。「養子大国」と呼ばれるアメリカに、簡単に養子を迎えられるイメージを持つ人も多いが、実は育ての親希望者の数の方が圧倒的に多く、競争は激しい。カリフォルニア州、シリコンバレーに暮す渡辺さんに、自身のアメリカでの養子縁組の体験談を聞いた。

渡辺千賀 / Chika Watanabe シリコンバレー在住。コンサルティング会社Blueshift Global Partners社長。経営コンサルタント。東京大学工学部卒業後、三菱商事へ入社。2年間の米国留学でMBAを取得し帰国。コンサルティング会社のマッキンゼー、ベンチャー投資会社ネオテニーを経て、2000年に結婚、渡米。40歳で養子を検討し始め、現在、夫と愛娘と3人で暮らす。
ブログ:ON OFF AND BEYOND

 


仕事・結婚・子ども

  中国系アメリカ人と結婚、渡米

ー もともとアメリカで働きたいという思いは持っていたのですか?

それが全然なかったんです。高校1年生で1年間オーストラリアに留学したんですが、それがすごく大変だったので、もう絶対外国はいやだと思ってました。

だけど就職して5年ぐらい経って、このままでいいのか悩んでいた時期があったんですね。その頃アメリカ出張があって、そこで、会社の社費派遣で留学している人に会ったんです。彼はジーンズにスニーカーで登場したんですけど、当時はまだ女性はストッキングにハイヒールという時代。それが本当にいやだったので、「私ももう一度ジーンズとスニーカーでいきたい!」と思って、社費派遣での留学に応募しました(笑)。

― 旦那さんとはその留学先で出会われたんですね。

彼はアメリカで生まれた中国人、つまり中国系アメリカ人で、私とはビジネススクールの同級生です。私がMBAを取って帰国してからは、遠距離恋愛を続けていました。

日本語ができない彼が日本で働くのは現実的ではないので、私がアメリカで働こうと。ただ、就労ビザの取得は大変なので、それなら結婚しないとアメリカで働けないよねという話になって、2000年に港区で婚姻届けを出して、その足でアメリカ大使館にビザを申請し、渡米しました。

 

  ずっとひとりでいたいわけじゃなかった

ー まず一緒に居たい、というところが先にあって、そのためにはアメリカに行かねばならない、そしてアメリカで働くためには結婚する必要があるという感じだったんですか。

結婚はしたいと思ってたんですよ。ひとりでいるのも好きなんですけど、じゃあずっとひとりがいいかと言えばそれもちょっと違うと思っていて。70歳になってもずっと友だち関係を作っていけるほど社交的じゃないし、それはそれで大変そうだと。

だから夫にはもっと健康的に生活して、長生きしてほしいと思ってます(笑)。

―「10代の頃は『結婚はできない可能性が高い』と考えていた」とブログに書かれていましたが、そう思っていたのですか?

なんというか、自分が「いい奥さん」的なタイプじゃなかったので、そういうものにはなれないと思ってたんですよね。母は働いていましたけど、いわゆる「キャリアウーマン」という感じの人が周りにいなかったので、バリバリ働きながら結婚して子育てをするというイメージができなかった。

それに東大の理系を目指すような女は嫁にいけないと思ったし、実際、東大に入って読んだ同窓会誌には、女性の卒業生の結婚について統計が載っていて、学内で知り合った人と結婚できない場合、結婚できる確率は一桁パーセントみたいに書いてあって、ヤバいぞと(笑)。

― ブログでは「30歳で結婚、35歳で出産、40歳で養子を真剣に考えるのがいい」とも書かれていましたが、養子を検討し始める前に、自分で子どもを産むことも考えたんでしょうか?

実はそこは割とダラダラしていて(笑)。30代後半ぐらいでそろそろ子どもでもいるといいねと考え出したけど、できなかったんです。不妊治療もあまりまじめにやらなくて、卵管造影検査(*注1)を1回やっただけです。

― 実子を持つことへのこだわりはそんなになかったのですか?

そこまで強くなかったです。私は親戚に養子の人もいたし、アメリカでは周りに養子をもらった人も多かったので、いざとなったら別に養子をもらえばいいじゃないって、ちょっと甘い考えでしたね。

でも、実際には養子を迎えるのも、そんなに簡単じゃなかった(笑)。

(*注1)卵管造影(らんかんぞうえい)検査:造影剤を用いて子宮内の状態と卵管の通過性を調べる検査

 


「養子大国アメリカ」で養子を得るまで

  完全なオープンマーケットと行政介入によるプロセス

― 養子縁組のマッチングはどのように行われるのですか?

アメリカで子どもを迎えるには、海外から子どもを迎える国際養子縁組、国内で主に新生児をもらう養子縁組、フォスターケアと呼ばれる養育里親の制度、大きく分けてこの3パターンがあります。

私は国内で新生児を迎える道を選んだんですけど、これがなんのシステムもない、まったくの自由市場なんですよ。養子に出したい人と、養子をもらいたい人を探し出して、お互いOKだったら成立するという。

ただ、そのプロセスには行政の介入があります。

まず家の環境が子どもを受け入れるにふさわしいか、ソーシャルワーカーが定期的に面談や家庭訪問で調査する「ホームスタディ」という資格テストみたいなのものがあります。それでお墨付きをもらってから養子を受け入れることになります。

アメリカの場合、養子縁組の法律は州ごとに違うはずですが、他の州の人もホームスタディを話題にしているので、ほとんどの州で似たような制度になっているのだと思います。

カリフォルニアに関しては、迎える側の自宅に子どもが来る時に、行政からの許可を得ます。産みの親から「子どもを盗まれた」と言われたら、迎えた側の「親」は犯罪者になってしまうので、行政の許可をもらってうちにいるという、仮判定のような状態で1年ほど過ごします。

それで、産みの親の親権も放棄されているし、迎える側の家庭環境も申し分ないとなって初めて、家庭裁判所で書類に判子が押され、正式に自分たちの子どもとなります。

このプロセスを経ていくと、生まれてから1年くらい経っちゃうんですよ。最短でも10カ月ほどは必要で、ちょっとトラブルになれば簡単に1年以上かかってしまう。

 

  予想以上に大変だった、養子を迎えるまでの道のり

― 養子を迎えたいと思った場合は、まずどこに相談するんでしょうか?

これがまたいろんなパターンがあって。個人で養子縁組コンサルタントをやっている弁護士や、自分で探すのをいろいろと手伝ってくれるNPOなど、様々です。

私がお願いしたのは後者のタイプで、「こうしたらいい」とアドバイスをくれるところ。そこでもらった助言のひとつが、国内にある産婦人科やファミリープランニング(予期しない妊娠をした人が相談に行くところ)のうち、アジア人の人口比率が多い地区にあるところのリストを業者から買って、3,000カ所に手紙を送ること。

自分たちはどんな人物です、と自己紹介を書いてPRするんですが、もらったマニュアルには、開封してもらうために宛名は手書きでとか、紙はどこで買ったら安いとか、こういうところで印刷すればまとも、とか書いてあるんですよ。最初は、「はぁ!?」って思ったんですけど、確かに3,000枚の素敵な便箋や封筒って割と高いんですよ(笑)。

うちは300通ぐらいで力尽きました。もうダメだ!って(笑)。それでも、コストコで写真も現像して、それを切って手紙に貼るために専用のカッターも買っちゃいました。

― 大変ですね。

大変ですよ!(笑) もう、大仕事です! うちは300枚でしたけど、3,000枚用意する人もいるわけです。

それとは別に、自分たちの自己紹介と写真をたくさん入れた15ページぐらいのアルバムも作ります。これはエージェントに送る宣材資料みたいなものです。

私たちがお願いしたNPOは、育てられない赤ちゃんを妊娠している母親のサポート事業もしているので、生まれたら養子に出したいという妊婦が病院に来た時に、病院のソーシャルワーカーが妊婦にエージェントを紹介してくれるんです。その時、産みの親にアルバムを何種類か見せて、どの育ての親に赤ちゃんを託したいか聞く。相手に選ばれたら会わせてもらえます。

うちはそれで妊婦を紹介してもらって成立したんですが、赤ちゃんが生まれてしまってから連絡が来ることもあります。会ったこともない女性から「子どもが生まれたんですけど、養子として迎えますか?」と電話がかかってくると。

私の友人はハワイから電話を受けて、サンフランシスコからハワイまで24時間以内に産院に駆けつけて、ピックアップして帰ってきていました。アメリカはお産の入院が1日だけなので、突然、翌日に新生児が手元にいる状態になるんです。エージェントからはこのパターンは多いと言われていたので、内心「ひぇー」とビビッてました(笑)。

 

  需要が供給をはるかに上回る狭き門

― その場合、事前にその子の写真を見せてもらったり、プロフィールを教えてもらうなどはできるのでしょうか。

基本的には、ほとんどその機会はないと思います。養子に出される新生児の数より、子どもがほしい人の方が何倍も上回っていて、いつも子どもを待っている状態。言葉は悪いけど、ものすごい売り手市場なんです。だからそんなことを言っていたら自分の番が回ってこない、みたいな感じですね。

― どういう事情がある人が養子に出すことが多いのでしょう?

生活が荒れてて何度も妊娠しては産んでいる、割と年齢のいった女性もいますが、エージェントに聞くと、普通のティーンや大学生で、ボーイフレンドと育てるつもりだったけど別れちゃって育てられないという母親が多いようです。“誰にでも起こりえる驚きの事態”という感じですね。

うちの子の産みのお母さんも、大学に入ってすぐに妊娠してしまった18歳の女性でした。バレーボールの選手で、妊娠7ヶ月まで他校との対抗試合に出てたんですって(笑)。親も誰も、妊娠に気づかなかったらしいんです。

 


「オープンアダプション」で実際に子どもを迎えて

  決定権は、「産みの親」にある

― 渡辺さんが養子として迎えた子は新生児だったのですか?

そうです。うちは出産の2ヶ月ぐらい前に連絡があって、事前に産みのお母さんとそのご両親にも会っていたので、陣痛が始まってから病院に行きました。

産みの親と会うのはルールなのですか?

そういうわけではないんですけど、向こうも私たちがどんな人か会って知りたいでしょうし、最終的に赤ちゃんを受け渡してくれるまで、私たちを選んでくれるかどうか分からないんです。「やっぱり気が変わった」、「もっといい人が現れた」と言われても困るので、こちらも熱意を伝えて、売り込んでおかないと。

― 最終的には、産みの親が「この人に」と子どもを託す人を選ぶわけですね。

そうなんです。産んだ親御さんに全権があるんです。もちろんこちらも断ることはできるのですが、断ったら次のチャンスがいつ来るか分からない。でも産みの親は、断られても翌日には次の人と会える。本当にこちらが「選ばれる側」なんです。

 

  オープンアダプションと真実告知

アメリカでは80年代ぐらいから、子どもに養子であることを隠してはいけないと考えられるようになって、それこそ本当に小さいうちから、絵本の読み聞かせと同じように、アルバムを見せながら養子であることを明かすこともあります。

子どもが生まれた後も産みの親と育ての親が交流する養子縁組を「オープンアダプション」と言うんですが、一方で「クローズドアダプション」というのもあるんですね。「あなたは養子だけど、産んだご両親は分かりません」とそれっきりなのがクローズドです。オープンにも、1年に1回写真を送るだけのところもあれば、頻繁に会う家庭もあります。

私たちはオープンアダプションなので、今でも生みの親と定期的に会ってるんです。3ヶ月に1度、産みの親御さんとご飯を食べに行ってるんですよ。うちの娘は、産みのお母さんと、おじいちゃんとすごく似てるんです。だから彼らに会えば明らかに血が繋がっているのを感じるし、子どもにとって自分のルーツがきちんと分かっているのはいいことだと思います。

― 娘さんにはいつ頃そういう話をし始めたのですか。

以前から会ってはいたけど、言葉で伝え始めたのは3、4歳の頃かな。最初に「あなたはあの人のおなかから出てきたんだよ」と言ったら、すごい嫌そうな顔して、聞きたくない!みたいになって、「えっ、言うのが遅すぎたのか!」と思ったんですけど。

そうしたら違って、自分が他人のおなかから出てきたということがすごく気持ち悪かったようなんです。つまり、人間がおなかから生まれるということを知らなかったんです。よく考えたらなかなか妊婦さんと会う機会もなかったので。

ある時妊婦さんに会って、ほらこの中に赤ちゃんがいるんだよって言ったら、「おおー!」って。そうか、そっちが衝撃だったんだ、よかった、みたいな(笑)。

ただ、自分がその人のおなかから生まれてきたということと、自分が養子であるということがいまいち分かっていなくて、最近は少し混乱し始めています。

アメリカでは、養子として迎えられた子どもが「養子とはどういうことか」を理解し始める年齢はだいたい6歳頃と言われています。今ちょうど6歳なので、そろそろまた時間を取って説明しなければと思っているところです。

あと、子どもたちはからかい言葉で“You are adopted!” (あなたは養子!)と言ったりするんですよね。日本で言うところの「おまえのかあちゃんデベソ!」みたいな感じなのかな。そういう、子どもの憎まれ口で出てくる“adopted”にポジティブなニュアンスはないので、娘は“adopted”という言葉をネガティブに思ってしまっているようにも感じています。だから、養子とはいったいどういうことなのを、しっかり話さなければいけないな、と。

― 成長の過程に合わせて、違う角度からの説明が必要になるということですね。

まさにそうで、例えば思春期になったらまたその時なりの説明が必要になると思うんです。一回説明して終わり、ということにはならなくて、娘の成長を見ながら何度も話すことになるんだと思っています。

 

  子どもの「知る権利」

― 日本の特別養子縁組も、法律ができたり変わったりしている最中です。真実告知や子どもの知る権利についても議論されています。子どもが産みの親と会いたくなったり、遺伝的な病歴を知る必要がある時に、実親と養親がどこまで繋がっているか。あっせん団体がどれくらい実親をフォローしているか、コストの問題もあり課題となっていますが、アメリカでは法律として整備されているのでしょうか。

それは本当に個々でやるしかないです。最近結構流行っているのは、簡単なキットで遺伝子を調べて祖先の系統まで知ることができるサービスですね。ソーシャルネットワーク風に「あなたの親戚」みたいな感じで親戚が現れたら告知してもらう選択ができるんですけど、それでなんと実の親を見つけた人もいるし、Facebookでひたすら調べて探し出した人がいるのも聞いたことあります。

それと、子どもには「知る権利」があるけど、親には「知られない権利」があるんじゃないかという議論もあって、法律では整備されていないですね。

うちのエージェントの場合は、遺伝病や親戚で病気だった人の履歴など、最初にパッケージでもらいます。エージェントが最初に妊婦にコンタクトした時に、記入シートを渡すんです。片親の情報しか分からないことも多いけど、それでも分かる限りの情報をもらいます。

 


案ずるより産むが易し

  親と子の人種が違ったら、子どもにとっての最善を考える

― 育てていくにあたってハードルはないのでしょうか。

育ての親と子の人種が違う場合、子どものルーツを大切にするということはよく言われます。うちのエージェンシーは、「コミュニティに子どもと近い人種がいなかったら、いるところに引っ越すことをおすすめします」と言い切っていて、それはすごいと思いました。

うちの子どもは産みのお母さんがフィリピン人と中国人のハーフで、血縁上のお父さんは黒人です。だからルーツというと、中国、フィリピン、黒人、日本人となるので、それを全部大切にしたら一年中お祭りで終わっちゃう(笑)。

黒人があまり周りにないのですが、うちの子のカラーはインド系の人っぽくもあって、インド系の人なら学校に結構いるので、周りから浮いている感じは少ないですね。みんな何かしら血が混じっているし。

ただ、私がお母さんですって学校に行くと、娘の友だちが「あなたが、あの子の、お母さんなの? どうして?」ってすごくびっくりするのはあって(笑)。だけど子どもだけだったら全然浮いていないので、環境的には悪くないんじゃないかと思ってます。

― 親と見た目が違うということでいじめられることはないのでしょうか。

本当に、住む場所や社会的なバックグラウンドにもよると思います。私たちが住んでいるのは、いわゆるシリコンバレーと呼ばれる地域。普通の公立の学校に行ってますけど、両親ともアメリカ育ちのアメリカ人ってほとんどいないんですよ。

どちらも白人だけどお母さんはデンマーク人とか、実は両親ともドイツ人とか。その辺はみんな、いろいろあるよねっていうのが大前提。もし人種が違うことでいじめる子がいたら、その子の親が発狂して怒る、みたいな感じです。

 

  迎えてしまったら普通の子育てと変わらない

私でも、養子をもらうまでは心配事もありました。血縁上の父親が黒人である子どもを迎えることも、それってどうなの??と生まれる前は思ってたんですけど、生まれた赤ちゃんを見たらそんなにアジア人と変わらない肌の色で、驚くほどのことはありませんでした。

正直、急に母性本能がわいたりはしないだろうなと思っていたらその通りで。新生児の頃の子育ては、仕事として頑張るという感じでした(笑)。逆に大きくなるにつれてどんどんかわいく思えてきました。

コミュニケーションが取れるようになった最近は、特に楽しいですね。

養子だから良いとか悪いとか、それは私には分からない。ただ、私と旦那を掛け合わせても絶対出てこないだろう素晴らしいスタイルを持った、素晴らしくかわいらしい人がうちにいる。身体の半分あるんじゃないかと思うほど足が長く細く、人形みたいな、エキゾチックな顔立ちの、美しい人がうちにやってきた、それは養子ならではだなとは思いますね(笑)。

今はもう、超・女の子ですよ。ユーチューバーのまねが大好きで、ビデオの前でしゃべって、「じゃあ、私のチャンネル購読してね。インスタグラムもよろしくね!」って、気分はすっかりユーチューバ―(笑)。どっちのアカウントも持ってないけど(笑)。

娘がポージングをして写真撮ってとせがんだり、オシャレが大好きなのは、実母にそっくりなんですね。私にはそういう要素が全然ないので(笑)。赤ちゃんの時も、歩き始めたらすぐ鏡の前でポーズを取って一人で“No…”と言っていたり。

私は家でそんなことしないから、どこかで見たわけでもないのにね。欲しがるものも、おもちゃより靴とカバン。そういう感覚が自然と体内に組み込まれているのかもしれないなって。そういう意味では血ってすごいなというのは感じますね。

 

  外国に住んでいるからこそのおもしろさ

― 養子を迎えると決めてから準備、マッチング、裁判所で許可が下りるまで、最終的にどれぐらいの時間がかかったんでしょうか?

養子をもらうことを決めたのはまさに40歳。それからエージェンシーを決めるために何件か説明会に行ったり、国際養子縁組も並行するか考えたり、自分なりの心の準備の期間も含めると、なんだかんだで3年ですかね。

― 最初はもっと簡単に迎えられるイメージをお持ちだったんですか?

ソーシャルワークはさすがに大切なので、ホームスタディが大変とか時間がかかるとか、それはいいんです。でも、「自分たちはこんな人物です」ってエッセイを書いて、しかも添削されたり貼る写真を変えたり、まるで入試みたいに頑張って、自分を売り込む手紙を3000枚書かなきゃいけないとは知らなかった(笑)。

それに、いつ連絡が来るのか全然分からないんです。明日なのか、2年待っても来ないのか分からない。

こればかりは自分ではどうしようもないことです。

たとえば1年経ってなんのリアクションもないと、もう自分のところに連絡が入ることはないんじゃないかと思ってしまう。そうかと思うと1人連絡があって期待するけど、それきりになっちゃったり。

カリフォルニア州は産みの母親が親権放棄のサインをすると、もう母親の意志だけでは戻せないので、よっぽど育ての親が悪い親でない限りは子どもが取り上げられることはありません。でも産みの母親が3ヶ月は気持ちを変えてもいいというルールがある州もあって、そこでは本当に2ヶ月育てた子を取り上げられて、心折れる思いをする人もいっぱいいるという…

― アメリカは「養子大国」のイメージがありますが、日本にいるとなかなか実例を聞く機会もありません。

アメリカって、ひとくちに養子縁組といってもむちゃくちゃ幅が広くて、私の経験がそのレンジのどのあたりに入るのかも分かりません。国際養子縁組やフォスターケア(養育里親制度)、代理母もまた違う世界だし、たとえば私がアラバマに住んでてテキサスから養子を迎えたらと考えると、それはまったく想像の外側で。

たまたまカリフォルニアに住んでる私たちが、同じカリフォルニア州内の、割と近くに住んでいる人から養子をもらった場合はこうでした、という感じです。

― そしてそれは必ずしも真っ直ぐ平坦な道のりではないと。

そうですね。うちも正式に養子に迎えられるまでにはひと悶着あったし、周りにもすべてのプロセスが何の問題もなくスムーズにいったという話はまったくありません。実際にはみんないろいろあるんです。だから裁判所でOKをもらった時にはやっぱりほっとしましたね。 

そんな風に養子をもらうのは思った以上に大変でしたけど、家に迎えた後は、他の子育てと変わらないんです。

それこそ本当に、「案ずるより産むが易し」です。産んではいないんですけどね(笑)。

取材・文 / 矢嶋桃子、写真 / 内田英恵

 


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