「生きている」という事実がなによりの宝物—。妊娠23週6日で生まれた双子が気づかせてくれた、命の有り難さと家族の絆。<後編>

生後13日で訪れた息子の死をきっかけに、「何があっても娘は守らなければ」という想いをますます強くした公文紫都さん。<後編>では、辛い時もやめることなく続けた「書く」という行為と、そこから見えてきたこと、娘のたくましい成長と周りへの感謝、将来の夢など、今だから語れる想いについて伺った。

<前編>はこちら
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公文 紫都 / Sidu Kumon 1986年1月、東京都生まれ。2014年5月よりニューヨーク在住。職業はフリーライター。主に米国のEコマースに関する記事を執筆する。2015年8月、妊娠23週で体重600g前後の超低出生体重児の双子を出産。個人のブログ(Purple and the City)では育児記録、NY生活、ポジティブ&ユニークな子育てに関するインタビュー記事などを紹介している。著書に『20代からの独立論(前編・後編)』(インプレスR&D)。”Funteresting”(Fun+Interesting)な生き方、文章を書き続けることが人生の目標。
Blog : shidukumon.com/
Little Pumpkin : shidukumon.com/archives/category/little-pumpkin

 


「書く」というプロセス、その反響から見えたこと

  どんな時もやめなかった「書くこと」と、周りからかけられた言葉

— ご自身の入院中や退院後も、ブログで状況を投稿されているのがすごく印象的でした。書くことで気持ちの整理をしている、ということもあったんでしょうか。

そうですね。自分の感情を落ち着けられたんです、書いている時には。公に出しているものだから、どうしても第三者視点で読み返すことになる。もう、当時はとにかく冷静になりたかったんですよね。

でも時には、自分の感情のままに、思いの丈を全て書いてしまいたいと思ったこともありました。「こういうことを言われて悔しい思いをした」とか、やっぱりそういうこともあったので。

何度も書いては消し、書いては消し、を繰り返して。でも、書いているうちに「こんなこと書いても息子は喜ばない」「私がネガティブなことを書いたら状況的に多くの人が同情してくれるだろうけれど、私は別に同情されたいわけじゃない。前向きに生きていきたいんだ」と思うようになり、感情を整理して書くことができた文章をブログに載せることにしました。

今読み返してみると、私当時そんなことを考えていたんだということを冷静に見られるし、もし誰かの役に立てているのであれば、それはとても嬉しいことです。また今は、ブログで元気な娘の姿を公開することが、いつも応援してくださっている皆さまへの恩返しにもなるだろうと思って続けています。

実際、ブログには様々な反響をいただいています。親しい人からも、面識のない人からも。よく知っている人から、「自分にも実はこういうことがあったんです」と初めて聞かされることもたくさんありました。その数と内容に、私は驚いてしまって。

みんなそんな悲しい過去があったようには見えないけれど、それぞれ人には言えない色々なことを抱えて生きているんだなということ。あとは、時間が解決してくれるのかな、っていうことをすごく思いました。

 

  「最悪の事態」の想定が、頭の片隅にでもあったなら

私は出産のことも、その後起きたことも、ブログに細かく書いています。

それって、すごく残酷なことをしているとも分かっています。同じ状況の人が見たら、「私の子どもも亡くなってしまうかもしれない」と思う可能性もあるので。

でも私は切迫早産になったとき、誰か一人でもいいから、最悪の事態もあり得ると教えて欲しかったんですね。みんな、ポジティブな言葉をかけてくれてそれはとてもありがたかったけれど、うまくいかない時だってやっぱり、ある。

自分が子どもを失ってしまうかもしれないと事前に少しでも思っていたら、もっとできたことがあったのかも、と今でも思うんです。可能な限りNICUにいて息子の顔を見続けたり、数え切れないほどの写真を撮ったり。

息子の顔や思い出が自分の記憶の中からどんどん薄れていくのが、本当に悔しくて。

なので、もしかしたらこういう経験をした私だからこそ、誰かの役に立てるかもしれないと思って、今もブログを書き続けています。

妊娠や出産って当たり前のように思う人もいるけど、そうじゃないよ、ということを知ってもらえたらいいな、とも思います。

 

  人との接触が辛かった時期。理解してくれた周囲の人たち

人と話すことが辛い時期もありました。大変だったね、と言われても、実際はそれだけを言っていられる状況でもなかったですし、娘がどうなるかわからない不安もありました。一生懸命、前を向こうとしているときに辛い話題を振られると一気に現実に戻ってしまうというか。

当時はなるべく冷静でいようと心がけていましたが、やっぱり毎日激しく状況が変わるなかで感情をコントロールするのは難しく、いただく言葉一つひとつにすごく敏感になっていましたね。

「娘さんも深刻な状況に変わりありません」と言われ続けたときは、とにかくそっとしておいてほしくて、周囲との距離をとってしまったこともありました。幸い周りの人たちは理解してくれたので、すごく助かりました。

 

  辛い気持ちを癒してくれたネコの存在

あと、うちには「わらび」という名前のメス猫がいるんですけれど、あの子がいなかったら本当に辛かったかな、と思います。

朝と夜にNICUに行き、日付が変わってから帰ることも多かったので毎日心身ともに疲れ果てていましたが、家で私たちを待っていてくれるわらびはいつも変わらずおどけていて、すごくドジで。私たちにとって、いろんなことが目まぐるしく変わっていくなか、家の中に「変わらない存在」がいたことに救われました。

もしわらびがいなかったら、夫と病院から帰ってきても、私たち2人しかいない、いるはずの子どもがいないという事態がもっと、ずっと、辛かっただろうと思っています。

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娘の成長。それを支えてくれる人たち

  一つひとつできることが増えていく娘の姿

娘は生まれてから半年間NICUにいましたが、私も夫も仕事や体力的な問題があり、一日2回、数時間程度しか会えない日々が続きました。必ずしも両親に見守られているわけじゃないなかで、小さな体でたくさんの治療や検査に耐えている娘。祈ることと母乳を届けること、わずかな時間しかそばにいてやれない自分を歯がゆく思ったことは何度もあります。

娘は生まれてから、肺から空気が漏れてしまうだけでなく、目が見えない、自分の口から栄養を摂取できない、母乳を口から飲むと肺に入ってしまうなど、数々の問題があり、NICUにいる間にもたくさんの施術や治療を必要としました。

でも私たち夫婦は、何度も困難を乗り越えた彼女の生命力の強さに、いつも助けられてきました。

今でもまだ口から入れた液体が肺に入らなくなったか確認が取れていないので、胃ろう(*注1)はつけたままで、目もほとんど見えていません。でも、退院時には不可欠だった酸素吸入器を卒業し、心肺への投薬治療も終わりました。ようやくハイハイができるようになり、今は自力で立つ練習をしているところです。体重も、確実に増えています。

一歩一歩、娘のペースで確実に成長している姿が嬉しく、誇らしいです。

(*注1)胃ろう:内視鏡を使って胃に小さく開けた穴のこと。口から食事のとれない人などに対し、胃ろうカテーテルを使い直接胃に栄養を入れる栄養投与の方法。

 

  手厚いニューヨーク市の公的サポート

娘は現在、”Early Intervention”と呼ばれる、発育の遅れを取り戻すリハビリを受けています。

これはニューヨーク市が行っているもので、審査を通過した市民は無料で受けることができます。リハビリの専門家が自宅まで来てくれるので、私たちが出かける必要もないのがありがたいです。

こうしたニューヨーク市の手厚い医療サポート制度に、感謝の気持ちで一杯です。

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描いている、これからの未来

  「生きている」という事実がなによりの宝物

今の時点では、私は娘に対してあまり多くを望んでいません。親なので、守っていきたいとか、楽しく充実した人生を送れるようサポートしたいとは思っていますが、娘に「こんな人になってほしい」など具体的に思い描いているものはありません。

私にとって、娘が生きているという事実がなにより重要だから、もうそれが一番の宝物だな、と。たくさんの試練を乗り越えてたくましく成長していく娘を、一人の人間としてすごくリスペクトしています。

ここ最近、娘の体調に対する不安が少しずつなくなってきたこともあり、今まで一番の関心事だった「医療」や「ヘルスケア」から、「子育て」に興味が移ってきました。

そこで他の親御さんたちはどんな風に子育てに取り組んでいるのか教えてもらおうと、『Little Pumpkin』 というブログメディアを立ち上げました(※現在は、個人ブログ『Purple and the City』のなかの一コンテンツです)。ここでは、ポジティブ&ユニークな子育てを実践している方へのインタビュー、テクノロジーを活用した育児グッズなどをご紹介しています。

ブログ上でインタビュー記事を公開しているのは、私が聞いた話はもしかしたら他の親御さんにも参考になるんじゃないかな、と考えているからです。

私の周りでは楽しく子育てをしている人がたくさんいますが、世間に目を向けると、「自分の子どもなのにかわいいと思えない」という人がいたり、「子どもが生まれてから自分の時間がなくなった」と嘆いていたりする人の意見や記事を目にすることがあります。

子育てに不安や悩みがある人たちにどれだけLittle Pumpkinの記事が届くか分かりませんが、もし何かのきっかけで読んでいただいたときに、「そうか、ママだからこうしちゃいけないってことはなく、もっと自分らしく楽しんでいいんだ」「こういう風に発想を変えればいいんだ」と、より子育てを楽しめるきっかけを提供できたら嬉しいな、と。

以前からライターとして、記事を読んでくれた人が元気になってほしいと思ってきたので、Little Pumpkinにもその願いを込めています。

 

  娘に、「ママ、もういつもふざけて!」と怒られたい

娘の成長記録をインターネットで公開するにあたり、迷いがなかったわけではありません。初めは娘の顔写真を載せるかどうかも悩みました。 

でも、もし私の発信を通じて「娘のファン」が増えてくれたら、いつか私たち夫婦や娘がSOSを出した時に、彼女を支えてくれる人が出てくるかもしれない。そう思い、写真も含めて成長の記録を公開することにしました。

 ブログでは娘のことをふざけて書いたりもしています。私、娘にいずれ怒られたいなと思っていて。「ママ、私で遊び過ぎじゃない!? もう何してくれたのよ!」って(笑)。

怒られるということは、娘は目が見えるようになって、ブログも理解しているということだから。将来、ブログを読んだ娘に怒られることが、一つの目標です(笑)。

あとは、娘を二十歳までに自立させ、その後は夫婦で世界中を旅行することが理想です。そこに行くまでにはまだまだ色々なことがあるとは思いますが、夫婦や家族の時間を大切に、みんなでいい方向に進んでいけたらいいなと思っています。

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取材・文 / 瀬名波 雅子、写真 / 本人提供

 


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