大切なのは、“選べる”選択肢をつくること。OD-NET理事長・岸本佐智子さんと考える、卵子提供法制化への道。

2017年3月、匿名の第三者から提供された卵子を使って40代の女性が出産したニュースが話題になりました。「産みたい」と願っていても、疾患や病気、若くして閉経したことにより、自分の卵子で妊娠できない女性がいます。そうした女性たちへ第三者からの卵子提供を行うNPO法人「OD-NET(卵子提供登録支援団体)」理事長の岸本佐智子さんに、お話を伺いました。


岸本 佐智子 / Sachiko Kishimoto 昭和39年5月3日生まれ。娘がターナー症候群と診断されたことをきっかけに1993年、日本初のターナー症候群患者団体ひまわりの会を設立、初代会長に就任。2001年、厚生科学審議会生殖補助医療部会委員に招聘される。また2010年からはTSSJ(ターナー症候群患者団体・連合会)会長を務めており、その傍ら2012年に卵子提供登録支援団体 NPO法人 OD-NETを立ち上げ、理事長に就任。現在は子供の成長啓発デー実行委員長、ICOSEP(内分泌疾患の患者や家族の支援団体で構成する国際組織)日本代表も務めており、国内外を飛び回る多忙な日々を過ごしている。

 


 「卵子がない」女性たち

自分の卵子がない女性への卵子提供を支援するNPO法人OD-NET(卵子提供登録支援団体)理事長の岸本佐智子さんは、2017年3月の記者会見にて、「早発閉経(*注1)」で自身の卵子がなく、提供卵子で出産した40代女性のほかに、染色体欠損のため生まれつき卵子がない「ターナー症候群(*注2)」の女性にも卵子提供を行い、2人が妊娠中であることを明らかにしました。

(*注1)早発閉経:病名としては「40歳未満の自然閉経」と定義されており、日本産科婦人科学会では「閉経が43歳未満までに起こること」を早発閉経と定義している。早発閉経が起こる割合は、20代の女性で1,000人に一人、30代の女性になると、100人に一人と言われている。

(*注2) ターナー症候群:染色体の全体または一部が欠けることによって、低身長や女性ホルモンの不足、無月経といった特徴を引き起こす疾患であり、女性だけに起こる。この疾患を持つ女性の多くは、卵巣機能の低下のため初めから無月経である場合が多く、月経があった場合でも、早期に閉経する。ターナー症候群の女性は、1,000人から2,000人に一人。

 

  「体外受精」に関する法律がない日本

自分の卵子がない女性が妊娠・出産を願った時、唯一の方法となるのは「卵子提供」を受けることです。

しかし日本では、体外受精やその関連技術に対する法律がありません。1983年日本産科婦人科学会(以下、日産婦学会)が作成した「体外受精は婚姻関係にある夫婦のみに認められる」という会告が、現在でも公式見解とされています。

2003年5月、厚労省の医療部会で報告書(*注3)が作成されました。報告書の内容は、条件付きではあるものの、第三者からの精子・卵子提供による体外受精・胚移植の実施を容認したものでした。それを受けて、第三者の卵子や精子を使った生殖補助医療法制化の議論が始まりました。

しかし2017年現在、まだ法制化には至っていません。そのため、非配偶者間体外受精(*注4)については、2008年、不妊治療専門のクリニック30施設が加盟している機関JISART(*注5)が独自に作成したガイドラインを順守した上で行われています。

(*注3)厚生科学審議会生殖補助医療部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」

(*注4) 非配偶者間体外受精:第三者からの精子・卵子提供によって行われる体外受精のこと。配偶子(精子又は卵子)のない人、または自身の配偶子では妊娠・出産が不可能な人が、配偶子を提供してもらい体外受精を行う方法。

(*注5) JISART:日本生殖補助医療標準化機関

 

  「匿名の第三者」からの卵子提供を

― 岸本さんは、OD-NETの理事長を務めていらっしゃいますが、ターナー症候群の女性やその家族をサポートする「ひまわりの会」も立ち上げられたんですよね。その経緯からお伺いできますか。

娘がターナー症候群を持って生まれたことをきっかけに、25年ほど前から活動を始めました。ターナー症候群の女性は、1,000人から2,000人に一人と言われていますが、初めは自分もその病名さえも知らなかったので、主治医の先生にお願いして、ターナー症候群の子を持つお母さんを紹介してもらうところからでしたね。

そのお母さんと悩みや不安を共有できて、私自身すごくホッとしたんです。子ども同士も仲良くなったりして。子どもも親も、悩みや不安を自分たちだけで抱え込んだらつらくなってしまいます。だから仲間とつながれる場が必要だと感じたんです。

でも、当時日本には家族会がなかったので、海外にまで手紙を出したり、主治医に協力してもらったりして「ひまわりの会」を立ち上げました。今では、日本全国に20の家族会ができているんです。

― その後、OD-NETを立ち上げられたわけですよね。

1998年に、国内の女性が姉妹からの卵子提供を受けて出産したことを発表した医師が、日産婦学会から除名されるということがありました。その件をきっかけに、日本でも非配偶者間の体外受精や代理出産について検討していかなければいけないという流れになり、2001年に立ち上がった厚生労働省の委員会があったんです。

ターナー症候群の娘を持つ母親で、ターナー症候群の家族会会長をしていた私に委員に加わって欲しいという話が来て、委員として参加していました。

そしてその委員会で、「条件付きで非配偶者間の体外受精・胚移植の実施を容認する」という報告書をまとめたんです。でも、結局具体的な動きにつながりませんでした。それからというもの、毎年、法整備はそろそろかな? と思い続けてきました。

そして4年前、報告書をまとめた時からすでに10年経っていることに危機感を抱きました。その間、卵子を持たない女性たちの中には、日本では、第三者からの卵子提供を実質受けられないということで、海外で多額のお金を払って卵子提供を受けた人たちもいます。

ターナー症候群の家族会などでたくさんの女性や家族からの相談を受けてきた私は、「なぜ日本では、匿名の第三者から卵子提供を受けられないんだろう? このまま放置していたら、大変なことになってしまう」と思い、不妊専門医や弁護士の方たちと相談して、第三者からの卵子提供をサポートするために2013年1月に立ち上げたのがOD-NETです。

― それまで、日本では卵子提供を行った事例はなかったのでしょうか?

2012年5月の、ある新聞記事によると、2012年4月までに168組のカップルに対して卵子提供による非配偶者間体外受精が実施されています。73件の出産があり、計81人が生まれました。これらのケースではほとんど、姉妹から卵子提供を受けています。

このように、これまでも姉妹や友人からの卵子提供は行われていましたが、匿名の第三者からの卵子提供は例がありませんでした。匿名で卵子を提供してくださる方を個人で探すというのは、不可能なことですから。

そこで私は、勇気を出して、卵子を提供して下さる女性を募り、協力施設で提供卵子による体外受精が実施できるように支援する団体をつくりました。姉妹がいないなど、家族や友人からの卵子提供を受けることが難しく、匿名の第三者から卵子提供を受けたいという多くの女性たちの思いを知っていたからです。

 

  卵子提供者(ドナー)と被提供者(レシピエント)

― OD-NETでは具体的にどのようなことをされているんでしょうか?

ターナー症候群や早発閉経などで、生まれつき卵子がなかったり、卵巣機能の低下により自分の卵子で子どもを授かれない方たちに、第三者から卵子提供を受けられるよう支援しています。卵子を提供してくださる方(ドナー)と、卵子を必要としている被提供者(レシピエント)間のマッチングを行い、提携している不妊専門クリニックにて非配偶者間体外受精を行っています。

― どのような方が、卵子の被提供者(レシピエント)として登録できますか?

レシピエントの登録条件については、下記のように決めています。

・医師によって、卵子がないと診断された女性であること
・女性の年齢は登録申請時40歳未満であること
・法律上の夫婦関係にあること

ターナー症候群や早発閉経の方の他に、生まれつき卵巣が欠損している人、小児がんや幼少期の白血病治療で卵子を失った人などがいます。幼いときの病気の治療が元で卵子がなくなってしまった方の中には、何年も不妊治療をしてから結局「卵子がなかった」と気づくケースもあります。

今は卵子凍結の技術も進歩して認知度も上がってきていますが、昔はそうしたものはなかったですから。

― 卵子提供者(ドナー)に登録するための条件はどのようなものですか?

ドナーに登録してくださる方には、下記の条件をお伝えしています。

・原則35歳未満で、既に子のいる成人女性であること。
・配偶者の同意があること。(配偶者がいる場合)
・提供のための採卵回数が、3回未満であること。
・卵子提供について十分に理解していること。
・出自を知る権利について十分に理解していること。
・血液検査や、3回以上の臨床心理士によるカウンセリングを受ける必要があることを理解していること。
・法律上の夫婦であること

さらに、ドナーの方には無償での卵子提供をお願いしています。

また、卵子提供自体は匿名ですが、将来子どもから「自分の出自が知りたい」と医療機関へ問い合わせがあった場合、子どもに対してはドナーの個人情報が開示されるということも、併せてお伝えしています。

ドナーに登録するという人が果たして集まるのか、団体を立ち上げた当初は心配していたんです。でも蓋を開けてみたら、3日間で100人を超える人から登録希望のご連絡をいただき、驚きましたし、とても嬉しかったことを覚えています。

ただ、このように条件が厳しいので、お話していくなかでドナー登録に至らなかった方も多くいらっしゃいます。

 

  遺伝的なつながりだけが、家族ではない

― 「原則35歳未満で、既に子のいる成人女性であること」という条件について、もう少し詳しくお伺いできますか?

ドナーを原則35歳未満としているのは、もう広く知られている通り、卵子の老化を考えてのことです。

「既に子のいる」という条件があるのは、卵子提供したことで卵巣が腫れてしまう、その他何らかの理由で、ドナーの方がそのあと子どもを持てなくなるということも、全くないとは言い切れないためです。

晩婚化、晩産化が指摘されている昨今、原則35歳未満で子のいる女性、というのはとても厳しい条件だと分かってはいるのですが。

― 「卵子提供は無償で行う」、「将来生まれた子にドナーの個人情報が開示されることもあり得る」という条件の背景についてはいかがでしょうか。

JISARTのガイドラインでは、卵子提供を受けて生まれてきた子に対しては、早いうちからそのことを伝えるよう勧めているんですね。血のつながりがないことと、幸せ不幸せというのは関係ないことだから、ちゃんと伝えましょうというのが団体の方針です。

そこで「お母さんは病気で卵子がなかったの。そのときに優しい人が卵子をくれて、あなたが生まれたのよ」と伝えたときに、卵子の提供にお金が介在していると知ったら、その子はどう思うでしょうか。

卵子を買ったとか買われたとか、子どもにそう思って欲しくはないんです。なので、卵子の売買はしない。無償で卵子提供を行うことはJISARTのガイドラインでも定められていますし、私たちの団体の大事なポリシーでもあります。

また、人が自身のルーツについて知りたいと思うのは自然なことです。子どもが自身の出生について知りたいときには、遺伝上の親について知らせてあげることが大切です。

でも遺伝的なつながりがあることだけが、家族ではないですよね。卵子提供や精子提供を受けて、どちらかの親とは血のつながりがなくても、または養子でも、人生を共に過ごしていくなかで家族の絆をつくっていける。

産んでから、生まれてからの歩みこそが大事だと私は思っているので、事実をしっかり伝えた上で、関係をつくることが大切だと思っています。

よく誤解されてしまうところでもあるのですが、私は卵子提供を推奨しているわけではないんです。卵子がない人にとって、卵子提供だけではなく、養子をもらうという選択肢もいいと思っているし、子どもを持たないという選択だって、尊重されるべきだと思っています。

 

  「選“ば”ない」のと、「選“べ”ない」のは違う

― 「尊重されるべき個人の選択肢の一つ」としての卵子提供なんですね。

まさにその通りです。「選“ば”ない」のと、「選“べ”ない」のは違いますよね。

卵子提供というのは、選択肢の一つとして必要だと思っているんです。自分で子どもを産みたい、育てたい、自分に卵子がなくても、愛する旦那さんの子どもを授かりたいという人たちの声をたくさん聞いてきたので…。

選択肢がちゃんと確保されていて、ご自身の事情に合わせて選べる、望みを叶えられる。それがとても大事だと思います。

 

  「卵子提供」法制化への道

― 今の日本では法律がないために、卵子提供が選択肢として確保されていないということですね。法制化されれば、どのような変化が期待できるのでしょうか?

例えば卵子提供が法律に基づく不妊治療となれば、社会的な認知度が高まりますし、積極的に実施する病院も出てくると思います。将来子どもに生まれた経緯を説明する際にも両親の心の負担が軽くなると思うんです。

また、ドナーへの保障も手厚くできます。私たちは今年からドナーへの休業補償を始めて、カウンセリングや採卵のためにお仕事を休まれる間の補償を始めたのですが、まだ十分とは全く言えません。法律ができれば、きっと保険会社がそうした保障や何かあったときのための保険などを打ちたてることもできるはずです。

それに、今は法律がないことによって、卵子提供自体あまり公に話してはいけないことのようになっていますよね。法制化されれば、国にちゃんと認められていることになる。その違いは大きいと思います。

法律ができれば、結果としてドナーも増えると想定しています。現在はドナーの登録数が少なく、提供卵子を使った体外受精を実施できる病院も5施設と限られています。施設が少ないため、せっかくドナー登録を申し出てくださった方がいても、施設が遠すぎて通うことができないということも起こっています。そういった様々な要因が複雑に絡まっている現状を変えていく、そのためには法制化が必要なんです。

いま実際に卵子提供でしか子どもを授かれない人がいる、そういう人たちの中にはわざわざ海外に行って高額な費用を払って卵子提供を受けている人がいる。この現実のなかで、日本での法制化を急がなければ、卵子がない女性たちの苦しみはこれからもずっと続いてしまいます。

私たちも議員の方々に説明や要望をしていますが、メディアなどを通じて、もっと社会全体から卵子提供を希望される方の声を届けられたらいいなと思っています。

 

  「誰かのために尽くしたい」という思い

― 岸本さんの原動力になっているのは、どのような思いでしょうか。

自分の娘がターナー症候群で生まれたとき、自分の使命のようなものについて考えました。自分のためだけに生きるのではなく、人のために生きたいって思ったんです。ちょっとかっこいい言い方かもしれませんが、人のために尽くして生きていきたいなと。

よく、「岸本は、自分の娘が卵子提供を受けられるようにするために活動をしている」なんてことを言われたりもするんですが、それは誤解です。私の娘はまだ独身で、子どものことは何も考えていません。彼女にとっては卵子提供を受けるも受けないも、まだ白紙なんです。

自分の娘のためというよりも、今まで相談に応じてきた多くの女性たち、自分の卵子がなくて子どもを授かれず辛い思いをしている人たちの「日本で法律ができるのはいつですか? 待ってますね」という言葉に支えられています。誰かがやらないと、こうした女性たちの望みは叶えてあげられないですから。

しっかり法制度を整えるために動き、卵子提供を待つ人たちが安心して提供を受けられるような体制をしっかりつくっていきたいと思っています。

取材・写真 / UMU編集部、 文 / 瀬名波 雅子、協力 / 水野 健太郎、高橋慧太