「あのとき知っていればよかった!」のその前にー。「チームゼロイチ」で活動する二人のゴール。それは、適切な時期に正しい知識を広めていくこと。

IHLヘルスケアリーダーシップ研究会内で結成された「チームゼロイチ」のメンバー、杉之原明子さんと麓杏奈さん。これからを生きる男性・女性にキャリアプランだけでなく、妊孕性(*注1)などを含めたライフプランをしっかり立てて欲しいと、20代から30代前半をターゲットにしたセミナーを開催しています。お二人の出会いやセミナー開催の背景、そこにある思い、そしてこれからについて伺いました。

(*注1) 妊孕性(にんようせい):妊娠のしやすさを表し、加齢によって低下するとされている 


杉之原 明子 / Akiko Suginohara(写真左) 早稲田大学教育学部卒。2008年に株式会社ガイアックスにインターンとして入社。学校裏サイト対策サービス「スクールガーディアン」事業の立ち上げを経て、2014年にアディッシュ株式会社取締役に就任。ガイアックスグループで働く女性の、一歩踏み出す姿を発信するWebサイト「Needle-Movers」編集長。プライベートでは、IHLヘルスケアリーダーシップ研究会8期生として活動中。

麓 杏奈 / Anna Fumoto (写真右) 自治医科大学看護学部卒。総合周産期母子医療センター愛育病院や成城マタニティクリニックで助産業務に従事した後、助産師の仕事のすばらしさを伝えたい、助産師の職域を拡大していきたいという思いから、聖路加国際大学大学院に進学する。現在は、助産師を対象とした研究の傍ら、日本看護協会健康政策部助産師課での非常勤、子育てハックの記事の監修、学部教育のアシスタントを担う。プライベートでは、IHLヘルスケアリーダーシップ研究会の8期生として活動をしており、助産師として伝えたい妊孕性の教育などを主に担当している。

 


  異なるバックグラウンドの二人の出会い

― まずお二人のバックグラウンドをお伺いできますか? 

杉之原 私は現在IT関連の会社の取締役として、会社の管理部機能を立ち上げています。元々は学校裏サイト対策の「スクールガーディアン」という、中高生のインターネット上のいじめを早期に発見して学校に報告するというサービスの立ち上げを2008年から6年間やっていました。 

 私は、学生で今は博士課程の3年です。元々は保健師、看護師、助産師として6年くらい現場で働いていました。そこでの経験を経て、助産師たちがより活躍できるよう、そして働きやすい職場環境について学びたいと思ったことがきっかけです。今でも普段は助産師の仕事と、他にもご縁があった仕事をしながら博士論文を書いています。

― お二人はどういう経緯で出会われたのでしょうか? 

杉之原 私たちはIHLヘルスケアリーダーシップ研究会(以下、IHL)という、主に医療に関わる人たちのリーダーシップを育てていくことを目的としたNPO法人のセミナーで出会いました。私たちはその第8期生として昨年の9月から活動を始めてます。 

― そのIHLにはどのような属性の方が参加していらっしゃるんでしょうか? 

 ほとんどがなにかしらの形で医療に関わっている方です。今期は、医師や看護師、助産師、薬剤師、理学療法士の方々、他にはIT関連の方もいます。

 

  研究テーマから派生した二つの意見とは?共有している問題意識とは? 

― IHLではどのようなテーマについて学ばれるのですか? 

杉之原 1年間に渡って、“リーダーシップ”を深める場なので、リーダーシップについてさまざまな切り口から学んでいます。月に1回、多様な業界から講師がいらして講演してくださって。まさにリーダーシップであったり、あるいは会社再生、ある時は経営者出身で、ALS(*注2)の方であったり。 

「生」と「死」と向き合い、自分と向き合うことで培ったリーダーシップについて、登壇者の方たちがご自身の体験を踏まえて語ってくださいます。 

その他にもそれぞれ興味があるテーマごとに個別のグループができていて、私たちはそのうちのひとつのメンバーなんです。

― お二人のいるグループはどのようなテーマに取り組まれているのですか? 

 私たちのテーマは少子化についての対策を考えていくことです。男性3名を含む10人ほどのグループなのですが、2つにチームが分かれ、それぞれ並行して活動しています。

杉之原 少子化への対策を考えるうえで、“まだ産んでいない女性が産む”という、ゼロからイチの部分か、“既に産んでる方がもう一人産む”というイチからニの部分か。どちらに力を入れるべきかという2つの論点に整理してみました。

 なので、2つのチームのうち、1つは出産した人たちのその後の働きやすさを目指し、病児保育などのシステム整備を考えていくグループで、もう一方の私たちのグループは産む前の人たちに対して、適切なタイミングで妊孕性についての正しい知識を広めていく方法を考え、ターゲットとなる人々にアプローチしていく取り組みをしています。

杉之原 私たちのチームはみんなオーバー30なので、「この歳には子どもいたはずなのに!」って打ち合わせの度に叫ぶっていう。(笑) 

だからこそ、イチをニ、というより、ゼロからイチという論点から当事者意識を持って課題に取り組むべきじゃないかと。こんな背景で、チーム名もチームゼロイチと命名しました。(笑) 

(*注2)ALS:筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)。重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気。 

 


  妊孕性について、教育の現状 

 私たちのような医療従事者は大学などで妊孕性についての教育を受ける機会があるんですけど、おそらく一般の方たちは高校の保健体育で、女性や男性の身体のつくりについて深入りすることなく、表層的な知識に留まっていると思うんです。ちまたでも、卵子の老化について話は出てきてはいますが、実際どういうものなのか正しい知識を持っているかといえば、必ずしもそうではないと思います。

自分の体で産むことについての限界があることを適切に知ることで、今よりもっと意識を持って、産むことについて考える機会になるのではないかと思うんです。少子化の原因のひとつは昨今の晩婚化と、それに伴って第一子を産む年齢が年々上がっているっていうところにあると思うので。 

杉之原 だからチームゼロイチの副題は「あのとき知っていれば、のその前に。」としました。(笑) 

教育や知識が十分でないがゆえの「まだ大丈夫」という意識が変わるきっかけを提供できればと思っています。

― お二人は勉強されていたので違うかもしれませんが、実際、そういう情報があったら状況が違ったかもしれないなというのはありましたか? 

杉之原 うーん、正直微妙なところです。私は、母からはデッドラインは30代前半よってずっと言われてたんですよ。 ただ頭では分かってたんですけど、現実がついてこない。(笑) 

それもあって、チームゼロイチでは知識だけでなく当事者意識を持ってもらえるよう、今までセミナーを2回やったんです。そこでは医療関係者からの知識を得た上で、自分のライフプランを実際に書いてみる、ということをやりました。

恐らく私は20代の時にそこまでは向き合ってはいなかったですね。 

― 現実的な問題として、ということですか? 

杉之原 はい、30代前半が出産のタイムリミットと言われていたものの。(笑)  

 焦らせたかったんですよね、きっと。お母さんは。(笑) 

杉之原 そう。母は焦らせたかったんですけど、それでも30代っていうのは、当時23歳だった私にとっては結構遠い未来で。 

私たちのセミナーに参加してくれた方の中に20代前半の方がいたんですが、私たちのセミナーを受けて、彼と話してみようっていう気持ちにはなったようですけど、ライフプランを書き直すという行動にはなりませんでした。 

 現実よりも理想のプランを掲げてる年頃ですしね。かつての私たちもそうだったし。 

杉之原 一方で25歳以上の方達は、ライフプランがすごい身近なものになったという方もいたり、あとは、「卵子の凍結はしておいた方が良いですか?」という質問が出たり。25歳をすぎると現実的な会話ができてくるような気がしましたね。

 私たちの根本的な目的は、「適切な情報を得て絶対に子どもを産みましょう」っていうことではなくて、「適切な情報を得た上できちんと選択して欲しい」っていうことなんです。 

 


  自分事として捉えていくことの重要性   

 みなさん、卵子の老化についてや、早く産んだ方がいい、という漠然とした情報を今までにもなにかしら聞いていると思うんですけど、どこか他人事になっていて、自分のところに落とし込めていないと思うんですよね。

私たちとしては“自分事”として問題意識を持ってもらいたくて、セミナーで取り組むライフプランでは具体的な年齢を書いてもらっています。現時点から80年後くらいまでの自分の年齢を書いて、親の年齢も書いて。子どもが欲しい時期からは子どもの年齢も書き始めてみる。そうやって見える化すると、自分の加齢と共に両親も年をとっていくことに改めて気づきます。

そうすると自分の子どもを両親に会わせたいとした時に、想像以上に年齢のギャップがあることを目の当たりにするんです。そこでようやく自分事だという認識が生まれて、その後に話す内容も自分事として受け止めてくれるので、より効果があると感じました。

― そのセッションでは参加者からどんなフィードバックがありましたか?

 ご両親のことについて語られる方が意外に多いですね。自分が年をとることも理解しているし、このくらいの年齢で子どもが欲しいっていうことも理解しているんだけれど、その時にまさか自分の両親がこんなに年をとっているとは思わなかったと。自分の親はどこか絶対的な存在で、いつまでも甘えられる存在だと思っているのに、実際に自分の親の年齢を80歳、85歳と書くことによって、80歳、85歳になるときの親をようやくイメージするっていうか、そうなると介護も始まっているのかなという意識になるというフィードバックもありました。

杉之原 そうですね。ライフプランに対するフィードバックはそうなんですけど、麓さんによるレクチャーの内容に対しての反応もすごかったです。

 


  データだけでは伝わらない。経験や実体験から伝わるリアリティ

― 麓さんのレクチャーは、どんなお話をされたのですか? 

 私は医療従事者であり、大学院生でもあるので、人に情報を提供する時は習慣的に必ず数値的なエビデンスをベースに、事実を伝えるようにしています。ただ、ある方に「左脳に訴えかけるだけではなく、右脳にも響くようなことを伝えていかないと人の共感は得られない。」とアドバイスを受けたことがあって、このレクチャーでは数値やデータだけでなく、その背景にある、私自身が現場で働いて実際に関わってきたお母さんたちの声や、私自身が考える女性の妊娠・出産における年齢の限界についてのリアルなお話もさせていただきました。 

杉之原 データとしては出生率や妊孕性についてですよね。

 そうですね。妊孕率とか、体外受精で産まれる子どもの割合とか、あとは年齢による違いについて話しますね。だけど、ただ不妊や生殖補助技術の話を聞いたところで自分事としてはなかなか受け入れられないだろうなと思ったので、次に、それは誰でも起こり得ることであり、さらに統計的に言えば、今ここで話を聞いてくれている6人に1人は不妊の可能性があるんだよ、と。そして、自分の体のことって意外にわからないから、そういうことを踏まえてもう少し自分の人生と自分の体のことを見直していって欲しいという話をしたら、けっこう届いた感触でした。

 

  男性が知ることの重要性

 女性は男性に比べるとこういう分野にアンテナを張ってる方が多いので、今回の参加者もほとんどが女性だったんですが、男性が1名来てくださったんですね。おそらく当事者意識を相当高く持っている方だと思います。

私たちはどちらかというと男性にこういう知識を持って欲しいんですよね。自分がどんな年齢のパートナーといるのか、将来的にこどもは欲しいのか欲しくないのか。そういうところをもっと積極的に男性にも一緒に考えて欲しいんです。

そういう意味で、私たちの主催するセミナーのテーマは、性質上、男性にとっては参加しづらい。いかに男性にリーチしていくのかというのは大きな課題だと思っています。 

― 情報発信の手段についても考えていくということですか?

杉之原 そうですね。今までは、“ニーズを探ること”に重きをおいてきたので、今後は“知ってもらう”ための活動をしたいです。そういう意味ではマスを狙うのか、小さいところから広がりや輪を狙うのかで情報発信の仕方とインパクトは違うと思います。

ワークショップやセミナーで広めることには限界があると感じていますし、働き盛りの彼ら彼女らを毎回引っ張り出すっていうのは難しいですし。

 やっぱり、20代後半って仕事に慣れてきて、これからがすごく楽しい、これから自分の力で、っていう年代だから、子どもについての話になるとどうしても後回しにしてしまいがちで。子どもは欲しいけど30歳くらいでいいかなっていう傾向があると感じています。

 


  そして、伝えていきたいこと 
 
 私、助産師って仕事がほんとうに好きで。現場ではほんとうにドラマのようなことが繰り広げられてるんですよ。だけど、世の中では助産師という仕事の実態はまだまだ知られてないんですよね。やっぱり、妊娠して出産した人たち以外には実際に何をしているかはわかってもらえない職業なんです。

だからもうすこし職域を広げたいと思ってこのIHLの活動に参加したんですけど、体のことも含めて、妊娠出産をしていない人たちにも助産師のことを知ってもらう機会を作っていきたいですし、現場のリアルな話を共有したいという思いがあります。

私は修士課程の研究で日本全国の助産師約700人ぐらいに、現場で起こっていることや、彼女たちが経験したことを調査してまとめたんですが、その中だけでも私の想像も遥かに超えるようないろんな世界があるんです。

私自身、そういう現場の話を聞くことで自分の命や体とより真摯に向き合えるようになったので、世の中にもこういった話を何らかの形で届けることで、助産師という仕事がいい意味で注目され、職域も広がり、その話を知った人たちは自分の命や体に向き合うきっかけになって、そんなwin-winな関係になるんじゃないかなって。

そんな風に何か力になれたらいいなと思っています。 
 
― そうですよね。助産師さんだからこそ伝えられることがあると思います。麓さんは助産師のどういうところが一番好きなんですか。

 赤ちゃんがこの世に生み出されて、これで人生がスタートするんだっていうところのファーストタッチになれるっていうところが一番私は好きかもしれないですね。後は家族が本当の意味での「家族」になるひとつの瞬間に関われるっていうか。

杉之原 私は、会社で働くメンバーの、「生きる」「働く」にフォーカスした『Needle-movers』というウェブサイトの運営もしています。今は働き方改革とか女性活躍っていうような言葉がもてはやされているんですが、私はどちらかというと生きる、働くっていう、よりプリミティブな部分を自分たちの足元から作っていきたいと思っています。

わかりやすく言えば、子育てをしてバリバリ働いて、そういった人たちにフォーカスしがちな昨今なんですが、加えて、様々な選択肢をもう少し生々しく伝えていきたいなって思っています。その生々しい選択の中の一つが、私がIHLで活動しているような、自分の体と向き合う、という話でもあるんです。 
 
― 最後に改めて、チームゼロイチの取り組みの中で、伝えたいメッセージを教えて頂けますか? 
 
 そうですね。まずは自分の体の機能には年齢的な限界があるんだということ、子どもを産むということは、適齢期があるということなど、適切なタイミングで正しい情報を知ること、そして、その選択は自分でできるっていうことを伝えていきたいですね。

キャリアも大事、だけどそれと同じくらい他に大切なことだってある、自分はどんな未来を思い描いているのか、その未来のために「今の自分」にしかできないことってなにか、そして命をつないでいくことの尊さなどを、今一度立ち止まって考える機会を提供していけたら嬉しいです。

産む、産まない、育てる、育てないっていうことについての情報をもうちょっと広義に伝えて、自分事としてきちんと受け止めてもらった上で、納得のいく選択をしてもらえるようにお手伝いできたらと、思っています。 

取材・写真 / UMU編集部、 文 / 安立 淳子

 


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