「いまならはっきり言える。私たち、子どもが欲しい」ー。性同一性障害の夫とその妻が、子どもを持つことを考えるとき。<後編>

尚雄さんの性別適合手術を経て入籍し、いつか子どもを持ちたいと願うようになった清水夫妻。ただ、女性から男性へと性別を変えた尚雄さんは、実の子どもを授かることができない。後編では、二人がそれをどう乗り越えようとしているのか、それぞれの家族の反応、「血の繋がり」に対しての思い、夫妻が描く家族のかたちについて話を伺った。

<前編>はこちら!

清水尚雄/Nao Shimizu(夫)1983年、栃木県生まれ。小学1年生で柔道を始め、実業団まで含めて約26年間、選手生活を送る。大学3年時に国体で団体戦3位、実業団で全国大会団体戦1位に輝き、大学や実業団のコーチや監督も務める。現在は引退し、ドラッグストアに勤務。幼少期から自身の性別に違和感を抱き、2011年からホルモン治療を開始。2015年に結婚し、仕事の傍ら、LGBTに関する講演活動も行う。

清水彩香/Ayaka Shimizu(妻)1993年、沖縄県生まれ。2011年に岐阜で行われた国体に、ソフトボール選手のサポーターとして出場。柔道のコーチとして来ていた尚雄さんと知り合う。2012年に大学を中退し、2015年に結婚。現在はアルバイトをしながら、性同一性障害の夫を持つパートナーとして、尚雄さんと一緒にLGBTの講演などで話すことも。

 


家族と血の繋がり

  具体的に、どうするか、の話し合い

―「子どもを持ちたい」という二人の思いを確認したあと、どういう話し合いがなされたんですか?

尚雄 まず話したのは、どういう形で精子を提供してもらうか、ですね。

選択肢としては3つあって、第三者からいただくか、私の弟か、父から提供を受けるか。いまはそれに、養子縁組も視野に入れています。

もちろん彩香の気持ちを聞いた上で考えようと思ってるんですけど、最初はお父さんから提供を受けるのは嫌だって言ってたよね。

彩香 そうなの。なんか……うん。結局それだと、遺伝的には、彼と兄弟になってしまうじゃないですか。だからどうってわけじゃないんですけど。うーん……って。

尚雄 引っかかるものがある。

で、弟からもらえるならそれがいいかなと思って相談してみたんですけど、弟にも付き合っている方がいるので、その方の気持ちもあるし、弟自身の将来も考えなくちゃいけない。そう簡単な話ではないので。

でも、僕は、どんな形であれ、自分と血の繋がっている方がいいのかな、という気持ちは少しあって。

 

  「血の繋がり」に対するそれぞれの思い

― その「血の繋がり」というところでの思いは何かありますか?

尚雄 やっぱり、大きくなってくると顔つきが変わってくると思うんですけど、たとえば第三者から精子提供を受けた時に顔が完全に私たちと違ってきてしまうと、周りから見た時に顔が似てないとか言われるのかなって思うんです。

ただ、引っかかってるのはたぶんそこだけなんです。気にしなければ全然問題ないと思うので、いろんな方のお話を聞いて、いまは探っているという状態です。

― 尚雄さんのお父さんは、自身が精子ドナーとなる可能性についてなんておっしゃってるんですか?

尚雄 父ですか? 「全然いいぞ」って言ってます。

彩香 やる気満々ね(笑)。

尚雄 やる気満々で、「食生活も変えなきゃいけないかなあ」って、健康に気を使ってるんですよ。なにそのやる気!?と思って(笑)。喜んでいいのか、なんかちょっと複雑な気持ちです(笑)。

― お母さんはなんと?

尚雄 母の気持ちは結構強くて、血が繋がっていた方が絶対にいいと言ってます。でもまずは彩香の気持ちを一番に尊重したいので。

彩香 うちの母は、「あんたは自分がお腹を痛めて産むからどんな子が産まれてこようとかわいいかもしれないけど、彼の立場に立ったらやっぱり血の繋がりは気になるのかもしれないね」って。だから、私が彼のお父さんから提供を受けるのにはためらいがあるって話した時にも、そこはもう、彼の意見を尊重してあげてもいいんじゃないかって言ってます。

ただ、うちの両親は、どれだけ一緒にいて、どれだけ同じ時間を過ごしたかによって愛情っていうのはぜんぜん違うんだから、そこまで血の繋がりを意識しなくていいんじゃないの、とも言ってくれて。

たとえどんな子であろうと孫には変わりないし、と言ってくれるので、そこは彼にゆだねてもいいのかな、とも思ってるんですけどね。でも、お父さん、かぁ……(笑)。

尚雄 そうだね、そうなんですよね(笑)。

彩香 答えはまだ、決まらなくて。

― 特別養子縁組も選択肢として考えてるんですね。

尚雄 はい、それも選択肢として最近浮上してきて。

― それこそどちらのDNAも受け継がない、血が繋がらないわけですが、それもありなのでしょうか。

尚雄 なくはないです。

彩香 うん、大変だろうとは思いますけど、なくはないのかなあと。一緒にいる時間が解決してくれるのかなとは思ってて。それも、二人ならなんとかなるねって話をしていて。

尚雄 なんとかなる。

彩香 でも、そんな甘いもんでもないだろうけどね(笑)。

尚雄 そうだね。

 

  「子どもがかわいそう」という批判について

― 彩香さんは、ネットで「子どもがかわいそう」という意見を見て気になっていたと言っていましたが、そこはどう思っていますか?

彩香 いまでも気にはなりますね。やっぱり、「ほんとのお父さんじゃないんでしょ」とか言われたら、私は別に、そんなことないし、お父さんだし、って思えるけど、彼は心が折れてしまうんじゃないかなって。

子どもも大きくなって、血が繋がっていないということがだんだん分かってくるようになった時に、彼がどうなんだろうというのはすごく考えちゃいます。

でも、この間ある人が、「子どもがかわいそうっていう言葉に惑わされないで」って言ってくれたんです。

「親が離婚して片親になっても『子どもがかわいそう』っていう人はいる。かわいそうかどうかは、その人の尺度であって、そんなの他人が決めるもんじゃない」って言ってくれて、そう思ってくれる人もいることにホッとしました。私は、彼が子どもの父親であることは、誰に何を言われても変わらないと思っているので。

― 尚雄さんはどうですか?

尚雄 そこも考えてます。何十回も頭の中でシミュレーションしてるんですよ。やっぱり、言われた時にどう返そうか、対応をいくつか考えて。脳内シミュレーションでは、「おーい、誰に言ってんだ?」とか言って、うまくかわしてるんですよ(笑)。

だけど実際、その場に立った時にどうなるのかっていうのは未知数ですね。

彩香 うん……、そこで心折れてしまわないかなあっていうのが心配。

尚雄 大丈夫、大丈夫だよ(笑)。

 

  ロールモデルの少ない中で

― そういう相談ができる人は、家族の他にはいますか?

尚雄 同じように旦那さんがFTMのご夫婦で、子どもを持とうとしている方たちがいるので、その方には相談してますね。たしか自分のお父さんから精子提供を受けてるんじゃないかな。

彩香 来週4人で会えることになったんです。

尚雄 お話を聞かせてもらえることになって。

彩香 どう思ってるんだろうって、聞きたい。

― まさにいま、本当に渦中にいる感じですね。葛藤もありつつ。

尚雄 そうですね。意外にポンと答えは見つかりそうな感じもするんですけどね、きっかけさえあれば。いまはその、きっかけ探しというか。

― 尚雄さんたちの場合は人工授精となるんですね。

尚雄 そうですね。

彩香 紹介状を書いていただいて。順番待ちがすごいそうです。

― 性同一性障害で男性の戸籍になった夫(FTM)を持つ夫婦への、AID(非配偶者間人工授精)を行ってくれる病院は、ものすごく数が限られているんですよね(*注3)

尚雄 そうですね。大きな大学病院とか。

でも、お互いにタブー視していた時に比べたら、だいぶ現実的なステップに進んできたと思います。

(*注3)AID(非配偶者間人工授精)について:日本産科婦人科学会は2006年、妊娠の可能性がない夫婦、またはAID以外の方法がない夫婦に限り、実施を認めるとの見解を出している。法的に夫婦となっていれば、性同一性障害の患者もAIDを行うことは可能。2011年には892人に計3,082回のAIDが行われた。しかし、それは無精子症とされた患者が大半で、性同一性障害の夫婦にAIDを行なったケースはわずかとされる。またAIDを行なっている施設の中でも、性同一性障害の夫婦にAIDを行う施設は限られる。

 


理解は難しくても、受け入れてもらえれば

  真実告知をどうするか

― 脳内シミュレーションしているとおっしゃってましたけど、実際、子どもが生まれた後のことも考えているわけですよね。「子どもにどう伝えていくか」も気になると思うのですが。

尚雄 はい。ぼくは初めから、子どもには、お父さんはこうだよ、ということを伝えます。

彩香 ありのままをね。

尚雄 たぶん、一緒にお風呂とか入る機会も増えていくと思うし、隠すことではないので。隠し続けて、最終的にばれた時の方が、その子にとってショックが大きいんじゃないかと思うんです。

そのシミュレーションは何回もしています。

彩香 あとずっと言ってるのが。

尚雄 運動会とかね(笑)。年齢を重ねるにつれて、走って足がもつれて転ぶお父さんとか多いと思うんですけど、そうはなりたくないのでトレーニングは欠かさずやってます(笑)。

彩香 気が早いんです。

尚雄 柔道やってたからか、イメトレはやっぱり欠かせないんですよね。勝つか負けるか、イメトレは大事ですから(笑)。

 

  LGBTカップルが子どもを持つということ 

― 最近ようやくLGBTが社会的に認知され始めてきているところで、たとえば大阪でゲイカップルが里親になったことを公表するニュースがあり、一般の人たちだけでなく、ゲイの方たちの中でも賛否両論があったりと、性的マイノリティが子どもを持つ、育てることに関しては、いろんな議論があると思います。そんな、社会の風潮に対してはどのような考えでいますか?

尚雄 それぞれ、言ってることは、分かるんですよ。こっちが言ってることも分かる、あっちが言ってることも分かる、って。

彩香ともいつもそういう話をするんですけど、でも、たぶん何をしても、そういう賛否は出てくるんだろうというのが二人の答えで。自分たちの軸をしっかり持っておけばブレることはないし、別に悪いことはしていないというのが、二人の意見です。

彩香 「家族を持ちたい」と思うこと自体は悪いことじゃないのになあって思うんです。

尚雄 ね。

彩香 ゲイだろうかレズビアンだろうが、ふつうの男女のカップルで子どもがいる一般的な家庭と変わらないと思うんですね。お父さんが2人、お母さんが2人って、周りから見たら、ええーって思うかもしれないけど、きっとその家庭の中ではそれがふつうで。

尚雄 成り立ってるから。

彩香 その子どもからしたら、親であることに変わりはないのであって。周囲がそれを認めるのはなかなか難しいのかもしれないんですけど。

― 子どもたちは家庭の状況に違和感がなくても、たとえば学校で周囲がそれを揶揄するとか、家庭の中の問題というよりも外の問題が大きい。

尚雄 はい、そうですね。

彩香 なのでまあ、理解はできなくても、受け入れてくれればいいんじゃないかなとは、いつも二人で話してます。全部を一から百まで理解するのは難しいので、「そういう家庭なんだね」で終わってくれればいい。

― 無理に理解はしてもらわなくていい、ということですね。

尚雄 そうですね。

彩香 それもありじゃんって思ってくれれば、いざこざは起きないのにって思います。

昨年ニュースになった、ゲイカップルの里親の件も、私はすごいことだなと思いました。公表されることには勇気がいっただろうなって。

尚雄 ほんとだよね。

― 私からしたら、お二人もこのインタビューを受けてくださるという、すごく勇気のいることをしてくださっていると思うのですが(笑)。すごく自然体なので、見ていて、いいなあと思います。

尚雄 いえいえいえ。

彩香 あんまり難しく考えなくていいんじゃないかなあと思います。なんか、ふつうだよね。

尚雄 ふつうだよね、うん。別に何も特別なことはしていないかな、って。

 


LGBTと家族

  自分の子どもがLGBTであっても、それはあなたが悪いわけじゃない

彩香 でも、たまに言われます。もし自分たちに子どもができて、その子がLGBTだったらどう対応しますか、って。

私は、母親としての立場で考えたら、きっと葛藤はあると思う。分かってあげられるけど、でも心のどこかで悩みもするだろうと思う。

だから、彼のお母さんの気持ちとか考えて、ああ、親って大変、うちのお母さんもすごかったんだなとか、もし自分の産んだ子が、子どもはできないけど、女の人と結婚するって連れてきたらどうだったんだろうとか考えて。やっぱり母は強いなと思います。でも、それが当たり前になればいいなとも思います。

尚雄 そうね、本当にね。

彩香 そう思うよねえ。

彼のお母さんも、彼がお腹にいた時に、自分が何かいけないことをしたからおかしくなったんじゃないかと考えたって。

尚雄 自分が悪かったんじゃないかって。

彩香 だからそんなことはないんだよ、というのも伝えていけたらいいなと思います。

― 私自身LGBTの方にインタビューする機会が多いので、自分の子どもも日常の中で自然とセクシュアリティの多様さを受け入れているように思います。

彩香 「へぇー」でいいんだよね(笑)。

尚雄 うんうん。それを目指していきたいですよね。

彩香 濁して、触れちゃいけないもののようになっていかない世界の方がいいんじゃないかな。腫れ物に触るような、それは話題にしちゃダメなこと、みたいなのがなくなれば。

尚雄 また変わるよね。

― お二人で、高校で講演されたそうですが、どういうことをお話しされたのですか。

尚雄 道徳の授業の一環で呼ばれて、自分がどういう道を歩んできたかとか、LGBTの基礎知識とか、親との確執があったエピソードも交えて話したりしました。

― 高校生たちの反応はどうでしたか?

尚雄 初めて聞く言葉もあったので、結構しっかりノートを取ってくれたりしてましたね。

彩香 でも、講演終わってから「おっぱいはどうしたんですかー?」って聞いてきた子もいたよね。

尚雄 「冷凍保存して、再利用したりするんですかー?」とか。

― そんな簡単に(笑)

尚雄 斬新ですよね(笑)「取ってつける」的な。

「それはどうするんですかー?」「生ゴミで捨てるんですか?」と聞かれて。

彩香 「生ごみ、ウケる」みたいな反応ね(笑)。

尚雄 ウケるー、それヤバいー、ウケるーって感じでした(笑)。

― けっこう率直な反応をされたんですね。

彩香 それがむしろおもしろかったですね。変に重く捉えたり、問題視することでもないですし。

尚雄 私たちが考えないことを考えてるんですよね。大人だと気を使って言わないことも、素直にガンガンぶつけてくるんで。

彩香 それが高校生たちが考える最初のきっかけになってくれればいいなって思います。

尚雄 そうですね。それで興味を持ってくれて、ちょっとずつ理解につながっていけば、僕らのこういう活動も意味があるかなと。

 

  違う二人だから補っていける

― 彩香さんはお母さんが初めからまったく偏見がなかったとおっしゃっていますが、逆に尚雄さんはたいへんな中、生きてこられたんですよね?

尚雄 はい、偏見ありありでしたね。ひどかったなぁ。

彩香 だからわりと私たち、意見が違うところは違うんですよ。

尚雄 違うね。

彩香 彼は人の目をすごく気にするんですよ。

尚雄 はい、すっごく気にします。

彩香 なんでそんなの気にするんだろうっていうぐらい気にするんで。肩書とかね。

尚雄 そう言われてから、最近は気にしなくなってきましたけど。意外と周りの人って、自分のこと見てないんですよね(笑)。

彩香 別になんとも思ってないよ(笑)。

尚雄 自分が思ってるだけで、なんとも思ってないということを、34歳にして少しずつ理解し始めてきました。

― けっこう落ち込みが激しい方ですか?

尚雄 実は、落ち込み激しいです。

彩香 そこまで考えなくていいんじゃないって思うけど、ダメだもんね。後悔してねちねち言うんです。あの時ああしてればよかったーとか。もうそれは取り消せないから!って(笑)。

尚雄 柔道をやっていたというのがあるからでしょうね。

― 負けた原因を考えて次に生かす、みたいな感じですかね。

尚雄 あ!それだ。確かにそれですね。いい答えだ(笑)。

彩香 いい逃げ道を見つけたな(笑)。

 

  いつか家族でリビングを囲む日を

― リビングで彩香さんが尚雄さんと友人の子どもたちが一緒にいる姿を見て思いが溢れてしまったというお話しがありましたけど、そこに座っているのが、彩香さんである絵を今度は描きたいですね。

彩香 そうですね。きっと彼は、いいお父さんになると思う(笑)。

尚雄 やだぁ、ほんと(笑)? 女の子だったらデレデレしそう。

彩香 双子がいいなー。

― いつか気が変わって結婚式を挙げることがあったら教えてくださいね。

彩香 いやー(笑)、 恥ずかしい。

尚雄 恥ずかしいじゃないよ、やるんだよ。

彩香 恥ずかしいよ。

尚雄 がんばってやるんだよ(笑)。


取材・文 / 矢嶋 桃子、写真 / 内田 英恵

 


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