「不妊治療は、男女一緒に始める」が理想。生殖医療専門医・宮田あかね先生に聞く「最短でゴールに向かうために、男性ができること、すべきこと」。

不妊原因の約半数は、男性因子に関係していると言われています。「男性不妊」という言葉も一般に聞かれるようになりましたが、まだ、不妊治療クリニックを受診するにはためらいがある男性も多いのではないでしょうか。
不妊治療を始め、最短でゴールに向かうためには何が必要なのか。女性に偏りがちな負担に、男性はどう向き合えば良いのでしょうか。
男性不妊に詳しい、大宮レディスクリニックに勤める生殖医療専門医・宮田あかね先生にお話を伺いました。


  男性ならではの心理的ハードル

ー 「男性不妊」という言葉は以前に比べてよく聞くようになりましたが、不妊治療クリニックの現場で男性の意識の変化などは感じますか?

男性の受診も増えてはきていますが、自ら積極的に受診される男性はまだそれほど多くないと感じています。

ー それにはどのような背景があるとお考えですか?

クリニックの診療時間がひとつ、大きなハードルのようです。土日診療をやっているところばかりではありませんから、平日仕事を休んで行く、というのは働いている男性にとっては、確かにむずかしいことかもしれません。

また、どこに行けば良いかわからない、自分に原因があったらどうしよう、面倒くさい、何をすればよいかわからないなど、「知らないこと」に起因する恐怖心や羞恥心などの心理的ハードルも感じます。

そうしたハードルを下げていくことも、私たちの仕事かなと思っています。

ー たとえ男性に不妊原因があったとしても、治療は女性に対して行われることの方が圧倒的に多いですよね。不妊治療の実態を男性側が知らない、関知していないということになると、女性の負担は一層大きくなるように思います。

そうなんです。
不妊治療は女性側の負担が圧倒的に大きいものです。でも男性は、奥様がどれだけ大変な思いをしているのか、知らない場合も多い。

一緒にクリニックにいらしていただければ、どれだけ通院頻度が多いのか、排卵に合わせて来る必要があるからスケジュール調整がむずかしいことや、膨大な数の採血や投薬、注射をしなければいけないことなどお伝えしやすいのですが、毎回一緒に来ていただく、というのはなかなかむずかしいかもしれません。

女性でも、実際に治療を始めてからその負担に驚かれる方もいらっしゃいます。
初めは「土曜日にしか来られないので、土曜日にできる検査と治療でお願いします」という方もいらっしゃるんですよ。でも治療を進めるうちに、それだとできる治療が限られ、時間だけが過ぎていくことがわかります。それで、「しばらくは通院を優先することにしました」という方も多いです。

通院するのは主に女性ですから、女性側にはどんどん知識量が増えていく。得る知識にパートナー間の差があり、その差が大きくなればなるほど、コミュニケーションもむずかしくなるように思います。

 

  男性不妊の検査では何を調べるのか?

ー 男性が不妊治療クリニックに来た場合、どのような検査が行われるのでしょうか?

まず精液検査を行います。この検査自体、抵抗感がある男性も少なくないですね。クリニックに採精室があればまだよいですが、お手洗いで精液を取って来てくださいという場合もあり、それはさすがに抵抗あるだろうな、と思います。

多少運動率は下がってしまいますが、家で取った精液を検査することもできますので、各クリニックにご確認いただくのが良いと思います。

精液検査に加えて、2017年の産婦人科のガイドラインで、精索静脈瘤(*注1)があるかどうかチェックするよう推奨が出されました。この検査は、主に泌尿器科で行います。もし静脈瘤がある場合は、手術によって自然妊娠が可能になることもあります。また、精巣自体に10万人に1人、精巣腫瘍になる人がいるので、そうしたものも見つけます。

精索静脈瘤は、程度がひどければ手術となりますが、それが第一選択ではなくて、まずは還元型コエンザイムQ10やビタミン剤などによる抗酸化療法をしたり、禁煙を促したりなど、日常生活の指導からはじめます。

(*注1)精索静脈瘤
精巣周辺の陰嚢部に発達した静脈瘤(静脈の拡張したこぶ)。精子の産生を低下させ精子の質を低下させるため不妊の原因になるとされている。

ー 不妊治療クリニックと泌尿器科の連携というのは、当たり前に行われているものなのでしょうか?

大きなクリニックは、男性不妊の場合どこの泌尿器科の先生を紹介する、という連携ラインは必ず持っています。

理論上は、精子が1つでもあれば妊娠が可能なので、顕微授精を行うということであれば、泌尿器科ではなく産婦人科の領域(不妊治療クリニック)で行うことができます。

ー 最近は、加齢による精子の質の低下も言われるようになりました。

男性でも年齢が35歳以上になれば、妊娠につながる確率が低下していくという調査結果もありますね。ですので、不安に思うことがあれば、早めに調べてみるのがいいと思います。

今はSeem(*注2)のように、手軽に精子をチェックできるツールもあります。
いきなりクリニックへの受診にはためらいがあっても、こうしたツールをトライアルで使ってみてからクリニックへ行ってみる等、心理的ハードルを少しずつ超えていくために、段階を踏んで関わっていく機会があるといいのかもしれません。

(*注2)Seem:スマートフォンをつかった、精子セルフチェックアプリ。アプリと専用キットを使って精子を撮るだけで、精子の状態を自分で確認できる。

 

  「治療は二人で一緒に始める」が理想

ー 不妊治療クリニックに初めにいらっしゃるのは圧倒的に女性が多いと思いますが、医療者としてパートナーの男性にどのように働きかけていらっしゃいますか?

いろいろなカップルがいらっしゃるので、絶対にこう、というものはありません。
ご主人の関わりが客観的には不十分と思ってしまうようなものでも、その人なりの精一杯かもしれない。こちらの伝えたいことを一方的にお伝えすることが常に最善とは限りません。

それに今までは、パートナーの方へのアプローチ、情報提供が医療者側も手薄だった面があると思っています。

そうした背景から、私たちはまず女性の話をよく聞いて、パートナーの方への働きかけやタイミングなど、推しはかりながらコミュニケーションをとっています。

情報に接する機会が少ない男性には、まずは「知ってもらうこと」が大事です。
パートナーの女性が大変な思いをしている、たくさん通院しているということが理解できれば、自ずと協力的になると思いますし、それが女性の心理的負担を減らすことにもつながります。

大前提として、不妊治療は男女一緒に始めるもの、カップルで来るのが当たり前となることが、理想ですね。

ー 女性の体のサイクルや、妊娠しやすいタイミングや加齢の影響について、十分に知らない方も多いのでしょうか。

そうですね。というのも、保健体育の授業で避妊については勉強するけども、どうやったら妊娠するのかということや、不妊の定義については詳しく習わない場合がほとんどですよね。

男性に対して、いつ性交すると妊娠しやすいのか、精液の正常値や、「こういうことをすると精子に悪い」ということを広めることも、情報提供側がすべきことかなと思います。女性は、治療の過程でそうした知識を得ていくわけですから。

正しい情報を知らないことが、カップル間のすれ違いや効果的な治療方針を立てる際のハードルになります。それが結果的に治療を長引かせ、お互いの、特に女性の負担を大きくしてしまうので、女性も男性も、正しい情報に多く接する機会を作ることが必要だと考えています。

不妊治療は年齢を重ねれば重ねるほど、成功率が低くなるものです。治療が長期化すれば、そのぶん精神的・肉体的・金銭的な負担も大きくなります。

まずは不妊原因を知ること、最短で授かれるように方針を立てること、その上で、二人の役割分担を決めて治療に取りかかることが、不妊治療を行う上では一番合理的な進め方です。

ですので、最短コースでゴールへ向かうためには、少しでも「不妊かもしれない」と思ったら、女性だけでなく男性もなるべく早く受診していただいた方が良いのです。女性のみに受診していただいても、男性に原因がある場合は治療の方針が立てられません。治療のスタートラインに立つまでの時間は、短いに越したことはありません。

そして、どうしても女性の負担が大きい治療だということを、男性にも理解してほしいです。

そのコミュニケーションのお手伝いを、私たち医療者もさせていただければと思っています。

(取材・文/瀬名波 雅子、協力/上田 佳世子)