「不妊を経験したことは自分の大事な一部」 -夫婦でビジョンを語りながら見えてきた、“パートナーシップの理想像”<後編>

いつかは妊娠できる、そう信じて疑わなかった松本亜樹子さん。<前編>では、不妊治療を始めてから、やめると決意されるまでの経緯とともに、渦中に抱いていた想いにフォーカスしました。この<後編>では、日本初となる「現在・過去・未来の不妊体験者」支援団体のファウンダーとして走ってきた彼女が、治療の「やめ時」に苦しんだ当時、自身を解放してくれた“休憩中”という捉え方や、その後の気持ちの変遷。そして、このテーマを取り巻く社会課題や、治療経験を通して感じる“パートナーシップの理想像”について、お聞きしていきます。

<前編>はこちら!

松本 亜樹子 / Akiko Matsumoto  NPO法人Fine理事長、一般社団法人 日本支援対話学会理事
長崎市生まれ。不妊の経験を活かして友人と共著で本を出版。それをきっかけにNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げる。Fineは長年の功績を称えられ、「平成30年度内閣府女性チャレンジ支援賞」、「平成28年度東京都女性活躍大賞優秀賞」を受賞。活動としては、厚生労働省への各種要望書の提出⇒認可を多数実現しているほか、「不妊ピア・カウンセラー養成講座」や患者体験を踏まえた講演・講義、患者ニーズを広く集める調査を継続的に実施・広報するなど、不妊や妊活の啓発に努めている。
自身はNPO法人設立当初より理事長として従事しながら、人材育成トレーナー/コーチ(国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ、米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント)としても活動している。
著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)、『ひとりじゃないよ!不妊治療』(角川書店)など。

 


自分に「OK」を出せるようになるまで

  「いまは“休憩中”。また治療にいってもいいんだ」と、急に降りてきた

― 悲しいわけでもないのに、涙がとまらない夜が続いたとのこと。そこから回復するというか、変化するきっかけのようなものがあったのでしょうか。

1カ月弱こういう状態が続いて、あるときふと思ったんです。誰かに「治療をやめろ」といわれたわけではないなと。

そうか、また治療に行ってもいいんだ。明日でも明後日でも、病院に行こうと思えば行けばいい。そう思ったときに、ものすごくラクになって。治療をやめたと思うのではなく、「休憩中」ととらえればいいんだと。

きっと、それまでは自分で自分を縛り付けていたんですよね。「やめると決めたんだから、ぜったいにやめなくちゃいけない。もう病院には行っちゃいけない。あきらめなくちゃいけない」って。
それが、苦しくてつらくて、やるせなくてたまらなかった。

でも、冷静に考えてみたら、誰も私に「治療をやめなくちゃいけない」「病院にはもう二度と行っちゃいけない」と強要しているわけではない。単に自分が禁止しているだけなんですよね。

それに気が付いた時、「じゃあ、行きたくなったら行けばいいじゃん」って。「行きたくなったら行っていいよ」って、自分に言ってあげたんです。

そうすると、なんて言えばいいのか……うそのように楽になった。これは私にとって、本当に大きな出来事でした。「行きたくなったら行っていいよ」。こうして自分にOKを出すことで、前を向くことができるようになったと思います。

 

  不妊は、人のアイデンティティに根づいているもの

― そこから揺り戻しというか、不妊や不妊治療、子どもがほしいという感情がまたあふれ出してくるようなことはなかったのでしょうか。

そりゃもちろんありますよ!(笑)というか、今でも全然ありますよ~。
だって私は事実「不妊」で、これは終わりがないわけです。不妊治療はいつか終わりが来るけれども、私のように産んでいない人の不妊には、終わりがない。「不妊である」ことの思いは、薄らぐことはあっても、一生消えないと思います。

また、子どもを産んでも、不妊だったことへのつらさというか、思いをもち続けている人もいます。
不妊はそれくらい、人生にインパクトを与えるのだと思います。人のアイデンティティに根づいているものだからかもしれませんね。

念のために付け足すと、不妊のつらさがなくならないからと言って、私の人生が不幸一色なわけでもありません(笑)。だから、安心してください。もちろん、今の心境に至るまでには時間が必要だったわけですけれど。

不妊治療をしてきたこと自体にも後悔はありません。夫婦で何度も話をしてきたし、自分たちで選んできたという納得感がありますから。

けれども不妊への想いは、いっぱい残っています。私は2回流産を経験しましたが、もし生まれていたら、いまその子は何歳だったなと毎年数えますしね。

今後も一生、「本当は子どもがほしかった」と思い続ける気がします。でも、それが人生だなって思うし。子どもがほしかったけれど得られなかったということは、自分の大事な一部になっている、という感覚です。

― 「アイデンティティに根づいている」という感覚は、これまで松本さんが妊活コーチやFineの活動を通じて出会ってきた女性にも共通する面はあるのでしょうか。

人によって様々ですが両極端な傾向にあるように思います。一つには、私のように、妊娠しなかったけれど、不妊であることを自分の大事な一部としてとらえている方。あるいは、結果的に妊娠をしても、不妊だったことを大切な経験として受け止めている方です。

もう一方は、妊娠したから不妊治療の記憶を忘れたいと考える方。次の人生に進みたいという方もいれば、不妊治療の末に子どもが産まれた事実を子どもにも知られたくない、口にしたくないという方もいる。また、妊娠しなかった方で、「不妊の事実をなかったことにしたい」という場合もあります。

そのどちらが良い・悪いということではないと、私は思います。ただ、Fineで活動を続けている方は、治療の末に妊娠したかどうかにかかわらず、不妊の経験を、自身の物語の1つとして大事にしている方がほとんどですね。

 

  不妊を「特別ではないこと」と受け止めて

― なるほど。色々な向き合い方や思いがある中で、その人を取り巻く周囲の人はどう接したらいいのでしょう。ご自身のことも振り返って、どのように接して欲しかったですか。

私自身の思いも含めて、まず不妊治療の経験者に対しては、普通に接していただくのがいちばんだと思っています。
不妊を「センシティブなこと」として過剰に気を遣われすぎると、こちらも気を遣わせて申し訳ない、という気持ちになってしまうんですよね。これって、ひとえに「互いのやさしさから発生する残念な循環」だと思いませんか。

もちろん、治療の真っ只中で心身が傷ついているとか、精神力が回復できていない状態の相手と接するときは、ある程度の配慮が必要かもしれません。でもそれって、不妊に限らないですよね。また、不妊の経験についてある程度冷静に語れるようになっている人の場合は、そうしたもっともつらい時期は、たぶん越えているのではないかと思いますので。

たとえ話でよくさせていただくのが、離婚です。日本では3組に1組、2分に1組が離婚しているそうで、確かに近年ではさほど珍しくないですよね。なのでたとえば「私バツイチなんです」と自らいう人に対して、腫れ物にさわるように接する人っていないでしょう? 

それと同じようにとはいいませんが、つまり、そこまで特殊なことではない。不妊についてもありふれた事実として受け止めて、接してほしいなと私は思います。

 


Fine立ち上げから15年。いまも残る不妊を取り巻く課題とは?

  治療を始める際に、「二人のビジョン」を描いておく

― ご自身の経験や思いをたくさんお聞かせくださり、ありがとうございました。そんな松本さんが、支援者として不妊に悩む方々のサポートに携わって、15年以上が経っているかと思います。いまこの時代に、不妊に関して、依然として残っている課題は何でしょうか。

そうですね。様々な課題がまだまだ山積なのですが、近年特に顕著な課題として私が考えるのは二つで、「不妊治療と仕事の両立」そして「不妊治療のやめどき」だと思っています。

まず、両立については、職場での啓発がもっと必要ですね。これだけ不妊治療や妊活という言葉が認知されるようになり、不妊治療に関する情報にもアクセスしやすくなった現代でも、まだまだ正しい理解がなされていないケースが多いので。
実際にどんな治療内容なのか、どれくらいの頻度で病院に通う必要があるのかとか。そうしたことを知っておかないと周囲としても、配慮したくてもできないですよね。

そうした啓発とともに、国は「産みたい&働きたい」女性へのサポートの一つとして、不妊治療と仕事が両立しやすい環境整備をどんどん進めていく必要があると思います。そして当然これは、不妊治療の経済的負担の課題も大きく絡んできます。

また、不妊治療を始める方には、治療が進んでからではなく、始めるときに治療も含んだ二人のゴール・ビジョンについて描いておいてほしい、と講演などでは伝えています。
全般的に、不妊治療の開始時期が後ろに延びていますし、治療期間も長くなる一方。仕事との両立に悩むようになり、治療のやめどきを決めにくくなっています。こうした負のスパイラルに陥らないでほしい、と強く思っているからです。

さらに言うなら、できれば学生のうちから「妊孕性」など、生殖に関するリテラシーを身につけていく必要があります。そうすれば、40歳になって焦るということも、少なくなると思いますし。
男女ともにそういう知識をもつことが大事です。女性も仕事を続けていく時代だからなおさら、男性側の理解もいりますね。

「いま困っている不妊治療の当事者へのサポート」と、「若い人たちの啓発活動」。両方を並行して進めていくことが大事だと考えています。

 

  育児、介護、闘病、不妊治療。みんなが「お互い様」と支え合える社会に

― それらの課題が解決されていった先の、松本さんにとっての最終的なビジョンがあれば、教えてください。

理想としているのは、極端な話、「Fineが必要なくなる世の中」なんです。不妊治療を特別視せずに、誰かが「不妊なんです」といったら、支援団体がなくとも周囲は「そうなんだ」とごく自然に受け止めて応援できるような、そんな状態がいいなと。

育児中の人、介護中の人、長期間治療を受けている人、不妊治療中の人。そのほか多様な状況にある人が「お互い様」という気持ちで支え合っていく。人口減少が進む日本では、こうした方法をとらないと、社会全体が立ちいかなくなるのではないかと思うんです。
そのためにも小中学校の教育から、妊娠の仕組みだけでなく、不妊や不妊治療を含む、さまざまな家族の形があることが望ましい、と考えています。

こうした理想をすぐには実現できなくても、10年後までにはその足がかりをつくりたい。
2020年のオリンピックの影響で、日本のダイバーシティがいかに遅れてきたかが明らかになり、ダイバーシティ推進の動きに拍車がかかってきました。これを追い風にして風穴を開けられたらいいな、と考えています。

 

  夫婦としての「パートナーシップの理想像」とは?

― そんな世の中をつくろうとされている松本さんの、パーソナルな目標や夢についてもお伺いできますか。中でも、旦那さんと将来のビジョンを日頃から共有し合うなど、夫婦間のコミュニケーションを大事にして来られたのを感じます。夫婦としての最終的なパートナーシップに関して、理想の姿はどのようなものですか。

そうですね、さまざまな出来事や経験を経て、いま良い関係性をつくることができているので、この状態がずっと続くといいなと思っています。完成形はないかもしれないけれど、これからも少しずつお互い、進化し続けたらいいなと。

夫にも「オレ、けっこう進化してきたな」「オレには名コーチがついているからな」といわれています(笑)。

 


不妊治療は、「夫婦力」が試される

  治療を通じて「チームになれるかどうか」がカギ

― 振り返ってみて、色々な出来事の中でも、不妊治療はお二人の絆をさらに深める契機になったのでしょうか。

そう思います。不妊治療は夫婦がチームを組んで、一緒に課題に向き合っていくため、コミュニケーションとパートナーシップが磨かれる機会にもなるんですよね。

人生の想定外にぶつかったときは、否が応でも、自分の価値観があからさまになり、互いの価値観の違いに向き合うことになります。ここでうまくチームを組めるかどうかで、絆が深まるかどうかが変わってくると感じています。

夫婦といっても違う背景のもとに育ってきて、資質も価値観も違う人間。だから、お互いの生々しい面を見せ合うと、その違いが普段以上にはっきり現れる。相手のことをよく理解しようとせずに自分の価値観を押しつけてしまうと、決定的に深い溝ができてしまう可能性が高いのです。

よく、「不妊治療の末に子どもができなくて離婚した」という話を聞くことがあります。多くの方は「子どもができなかったから別れたんだな」と考えるでしょうが、実はそうでもありません。不妊治療の末、子どもができてから離婚するケースも決して少なくないのです。

つまり、不妊治療は、あくまできっかけにすぎず、離婚の本質的な原因は、互いの価値観を思い合った行動がとれず、溝が修復できなかったことではないかなと。

不妊治療は、チームとしての絆や夫婦力が試される機会になると、私は思っています。

― 治療を通じて、パートナーとの絆を深めていくには何が必要だと思いますか。

人間は一人一人違います。考え方や価値観に違いがあって当然なのだから、それを互いに大切にして、理解し合おうという姿勢が大事。片方だけが歩み寄ろうとしても疲れてしまって大変ですし、違いが多いと歩み寄るのも一苦労かもしれません。

けれども、たった1つでも共通項を見つけたらその接点をもとに、お互い歩み寄ってみる。そうすれば、互いに真の「人生のパートナー」になれるチャンスにもなります。

 

  夫婦で「30年後のビジョン」を話してみる

― ありがとうございました。UMUの読者の中にはいま現在妊活・治療中の人や、治療からの卒業を見据えている人がいらっしゃいますが、松本さんからぜひ、読者に向けてのメッセージをお願いできますか。

私は妊活中の方に向けたワークショップ「妊活みらい会議」を時折開催しているのですが、そこでも一番お伝えしたいこととして、いっぱいパートナーと話してみてほしいなと思っています。
遠慮なく、自分の思いを本音で話してみる。それで意見が食い違ったら、時には喧嘩になってもいいと思うんです。意見を言わないほうが、あとあとの関係性に響くと思うから。

今後もずっと一緒にやっていこうと思う相手ならば、二人の関係が次のフェーズに進んでいくための機会だと思って、たくさん話をしてみてほしいですね。

そして、「どんな人生を送りたいか」「30年後どんな二人でありたいのか」という、大きなビジョンを互いに共有しておく。すると、そのビジョンを実現するまでのプロセスについては、柔軟性が出てきやすいです。

たとえばやめどきに踏ん切りがつかず悩むカップルがいらっしゃるとして、二人のビジョンが「30年後引退したら長野県の山のほうに移住して、夫婦で有機野菜を自家栽培したり、採れた作物を使ったお料理やお菓子を作ってのんびり暮らしたいね」というものだとしたら、どうでしょう。
もしかしたら、「そもそも、私たちに子どもって絶対に必要?」となるかもしれない。

目先のことではなく、もう少し先に視点を向けると、違った未来が見えるかもしれない。そこから逆算して、いまどの選択肢を選べばいいかが見えてくるのではないでしょうか。

そして、そのプランは、一度決めたら「絶対」でもない。状況に合わせてその都度、見直しをすればいいと思うんです。一番大切なのは、二人のゴールとビジョン、二人のHappyを考えることなので。そこさえお互いに共有できていれば、お二人は、きっと“大丈夫”なのだと思います。

そのうえで、UMUの読者のみなさんには、「自分を責めるのはやめて、褒めてあげてください」と伝えたいです。
「夫の子どもを産まなきゃ」「親や義理の親に孫を見せなくては」。こんなふうに「ねばならない」にとらわれていると、苦しいですよね。

「ねばならない」は、実は「したくない」の裏返しともいわれています。自分を縛りつけているものをはずしてみて、「したい」と思えることをしてほしい。何より、自分にOKをいっぱい出してもらいたいなと。みなさんすでに充分がんばっていますから。

あとは「ひとりじゃない」という言葉も大切にしています。
著書の一冊目のタイトル『ひとりじゃないよ! 不妊治療―明るく乗り切るコツ、教えます!』には、そういう想いをこめていましたし、UMUを運営するライフサカス社が「独りでがんばらない」と打ち出しているのにもシンパシーを感じています。

 

― まさに、ご自身にOKを出せたことで、すごくラクになれたというご経験の通りですね。たくさんの方が勇気付けられるはずです。では、最後にこの質問をしてインタビューを終わりたいと思います。松本さんがもし当時のご自身にいま、言葉をかけられるとしたら、どんなことを伝えますか。

うーん、そうですね……。「あのね、赤ちゃんは、来なかったよ」かなぁ。 

私、治療をしている頃、数年後の自分が知りたくて知りたくてたまらなかったんですよね。こんなに頑張っているけど、うちにはちゃんと赤ちゃん来てくれるのかなって。毎日毎日そればかり考えて、がむしゃらに治療に突き進んで。
でも、願いが叶うのか叶わないのか、不安で不安で。

この努力っていつか報われるんだろうか。報われるのならどれだけだって頑張れるけれど、もしも報われないなら、これはすべて無駄になってしまうのかな。
だったら、早めにやめたほうがいいのかもしれないな。無駄な努力はしたくないって。それは悲しすぎるからって。

長年夢に描いていた、子どものいる未来が来ないかもしれないことが、怖くて不安でたまらなかったんですよね。だから、一番知りたかったことを、あの頃の自分に教えてあげたいかもしれないです。

そして、これも教えてあげたいです。「でも、得られたものもたくさんあるよ」って。

時間もお金も気持ちもいっぱい使って、仕事のチャンスもずいぶん失って、夫ともたくさんケンカをしたし、妊娠しても流産したりして、天国から地獄も味わって、たくさん泣いたりもしたけれど。でも、失くしたものだけじゃなくて、得られたものもあったよ、って。

夫との絆、仲間たちとの出会い、同じように不妊で悩む人たちが、ホッとして笑顔になる瞬間、たくさんの感動的な出来事。どれも私にとって、かけがえのないものです。

だから「得られたものもあるよ」って。「だから、大丈夫だよ」って。そう、言ってあげたいですね。

取材・文 / 松尾 美里、写真 / 根津 千尋

 


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