結婚する・しない、子どもを産む・産まない、養子縁組や里親、ステップファミリー、同性婚など、数え上げたらキリがないくらい世の中には様々な方がいて多種多様な家族の形があります。
どう生きるかは本当に人それぞれ。どんな選択をした場合でも、誰もが自分を主体にして、胸を張って生きられる世の中がいいなと思う一方、「女は子どもを産むもの」という風潮はまだ根強いと感じます。
私自身もなかなか子どもを授からなくて悩んでいた時期に「子どもを作らないの?」、「仕事もいいけどそろそろ子どものことも考えないとね」、などといった言葉に傷ついたこともありました。
*この記事では、編集部が選んだ「不妊・産む・産まない」にまつわる国内外のニュースやリサーチを、コラム形式でお届けします。
意外と知られていない妊娠や不妊のこと
私の周りにも、結婚後すぐに複数の子どもをもうけた人、仕事のために当面子どもはもうけない選択をした人、なかなか子どもを授からなくて悩んでいる人、本当にいろいろな人生を歩んでいる友人知人がいます。
最近特に多いのが妊活中の人たちです。体質改善やタイミング法を行なっていたり、体外受精といった不妊治療にチャレンジしている方まで様々。そして、彼女たちと話をしていてよく耳にするのが「もっと早く妊活をしていれば良かった」という声です。
「妊娠するのはもっと簡単なことだと思っていたし、芸能人の方の高齢出産のニュースを見るたびに、まだ自分は大丈夫なんだと思っていた」と言います。
私自身も結婚をする前は、妊娠や出産、不妊についての知識はほとんど無いに等しく、高齢出産のニュースを見るたびに、「まだ大丈夫、子どもは先でいいや」とのんびり構えていました。妊娠や不妊のことについて詳しく知るようになったのは、結婚をして子どもが欲しいと切実に願ったときでした。
日本人の妊娠に関する知識は世界基準を下回っている
妊娠の知識について調べた国際調査を見てみると、現在の日本の状況がよくわかります。
▼対象は、アメリカ、イギリス、スペイン、ポルトガル、ニュージーランド、日本、イタリア、ドイツ、フランス、デンマーク、カナダ、オーストラリアなど計14カ国を対象に調査
▼妊娠を望んでいるカップルに妊娠しやすさに関する13項目の知識を質問
▼結果、日本人カップルは男女共に正解率は36%で14カ国のうち最下位
この調査からは、世界と比較すると日本人の妊孕力(*注1)に対する知識の低さが見てとれます。
また、世界11カ国の性教育事情を紹介している『こんなに違う!世界の性教育』では、世界を基準にした場合、日本の性教育の現場はかなり遅れていることが指摘されています。
▼アメリカでは、州によって指導内容は異なるものの、外部から講師を招いたり、ゲーム的なものや映画などを通して性教育を行なっている。ある州では、43分の授業が年に45回組み込まれている
▼オランダでは、小学校1年生(5歳)から性教育を実施する学校もあり、全体的に見ても思春期に入る前から性教育を実施。また、家族の会話の中でも性の話をすることも多い環境にある
▼日本では、初潮や精通に関することを男女別もしくは一緒に指導する学校もある。中学校での性教育に費やされる時間は年間平均3時間ほどで内容も最低限の知識を扱うのみ
(参考:『こんなに違う!世界の性教育』著:橋本紀子 出版:メディアファクトリー)
さらに、2007年に内閣府で実施された「家庭で性教育を行なっているか」という調査では、約8割が「家庭では性教育を行なっていない」と回答しています。
このように日本では、教育の場でも家庭でも、妊娠や出産、不妊について知る機会が少ないという事実が浮き彫りになってきます。
(*注1)妊孕力:妊娠する力のこと
芸能人の高齢での妊娠・出産報道が、誤った知識を与える一因になっている?
一般的に女性は年齢を重ねるとともに、自然に妊娠する確率が下がります。そして、例外なく誰でも卵子は老化していきます。下記のグラフでも、加齢によって妊孕率が下がっていくこと、35歳を境にそれが顕著になることがわかります。
妊孕率は、女性1,000人あたりの出生数(17~20世紀のアメリカ、ヨーロッパ、イランなど10ヶ所のデータ:Henry, L. (1961). Some data on natural fertility. Eugenics Quarterly, 8(2), 81-91.)を元に、20~24歳を100%として計算した。年齢の増加に伴い(特に35歳以降)妊孕率の低下が認められる。データは平均±標準偏差で示した。
(出典:一般社団法人日本生殖医学会「女性の年齢による妊孕力の変化」)
こういった統計的な数値が出ているにもかかわらず、「自分はまだ大丈夫」と思ってしまう人が少なくないのはなぜでしょうか。先述の教育という課題に加えてその原因のひとつとして考えられるのがメディア報道の影響です。
名古屋市立大学医学部(発表当時)の古川由己さんは、「メディア報道が妊孕性認識に影響を与えていると言われるが、メディア報道の実態はどうなっているのだろうか」と疑問を持ち、東海産婦人科学会でこのような調査報告を発表しました。
-以下、第137回東海産婦人科学会, 名古屋, 2017. 古川さんの発表資料より抜粋
調査条件
▼Yahoo!ニュース「芸能人おめでた」のコーナーに分類された2015年~2016年の記事を対象に、母親の年齢が明らかで、記事の日付時の年齢、妊娠・出産のいずれも対象にして調査(両方あった場合は出産時の年齢からデータを集めて検証)
結果
▼芸能人のおめでた報道件数は125件。そのうち、41.2%が35歳以上での出産(2015年の日本における出産全体では35歳以上での出産は28%)
▼一般の出産時年齢と比較すると、芸能人の場合高齢での妊娠・出産になるほど不釣り合いに報道が多くなる傾向にあることが判明
発表でも引用されていた別の調査(*出典下記)では、生殖知識に関する独身女性の情報元についての質問で8割以上が「メディア」と答えたとの結果が出ています。
(出典:Sugiura-Ogasawara M,et al. Japanese single women have limited knowledge of age-‐related reproducEve Eme limits. Int J Gynecol Obstetrics (2009))
妊娠や出産、不妊についての知識が不十分な中、得られる情報の多くがメディアによるのであれば、高い比率での高齢出産報道によって誤った印象を持ってしまうことがあったとしても、それはある意味自然と言えるかも知れません。
「産む、産まないということについて、主体的な意思決定を可能にするための知識・情報提供のあり方が求められている」と、古川さんは言います。
日本における不妊治療の現状
国立社会保障・人口問題研究所の調査(2015年)によると、いま日本国内で不妊治療や検査を受ける夫婦は5.5組に1組。そしてその比率は、年々増加傾向にあります。
不妊の検査や治療を行う夫婦の増加に、一番影響があると言われているのは、晩婚・晩産化です。35歳以上で初めて出産をする人も増加しています。
(出典:厚生労働省「人口動態統計」第1-1-10図 平均初婚年齢と母親の平均出生時年齢の年次推移)
今後も晩婚化や晩産化が進めば、さらに不妊治療をする方の割合は増えていくでしょう。個々の事情もあるかと思いますが、時間は戻っても止まってもくれません。子どもを持ちたいと願ったとしても、気付いたときにはそれが叶わなくなっていた、ということは、誰にでも起こり得る未来です。
<参考>国立社会保障人口問題研究所「第 15 回出生動向基本調査」(2015年6月)
www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000138824.pdf
<参考> 厚生労働省「母の年齢(5歳階級)・ 出生順位別にみた出生数」
www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei15/dl/08_h4.pdf
<参考> 厚生労働省「不妊治療をめぐる現状」
www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000314vv-att/2r985200000314yg.pdf
自分で人生を選んでいくために
知識不足を後から悔やまないよう、幼い頃から学校教育や家庭で正しい知識を身につけることが望まれます。ただ、いまの日本の現実を考えると、そうした社会変化には時間がかかりそうであることもまた、事実です。
でも、いま考えておきたいこと、できることもあります。例えばそれは、もっと自分の体のことを能動的に知る、調べることです。婦人科の検診は敷居が高いと思う人も多いですが、少しでも気になることがあれば早めに受診・相談に行くことで、安心材料になったり、問題があった場合の早期発見につながったりします。
最近よく耳にするようになったブライダルチェック(*注3)を、男性向けに行なっているクリニックもあります。女性だけでなく、男性も早い段階で自分の体を知っておくことが、パートナーと共に家族について考えるとき、ますます大事になってくると思います。
納得できる人生、というのはもしかしたら振り返った時に初めて、自分なりにそう受け止められるものなのかもしれません。それでもなお、知らなかった、考えなかったという後悔を少なくしていくことは可能です。
キャリア、家族、命、そして自分はどう生きるか。そこに密接に関わることだからこそ、「子どもを産むべき」という画一的な価値観からではなく、「産む・産まない」について自分が望んでいることは何かという、その「心の声」に耳を澄まし、必要なアクションを取ること。
そしてどんな形であれ、選ぶ選択肢は人それぞれ違う、ということを認め合える社会になればいいと、心から思います。
(*注3)自分の体が妊娠出来る状態であるか検査すること
(文・大曽根桃子、構成/編集・瀬名波雅子、協力・古川由己)