お腹のなかに宿った新しい命が突然、失われてしまった──。
「流産・死産」は決して稀なことではありません。「流産」は、全妊娠の10〜20%の確率で起きると言われています。その確率は、35歳で20%、40歳で40%と、年齢を重ねるほど高まるとも。
厚生労働省科学研究班の調査によれば、妊娠経験者のうち流産した回数が1回以上は約40%、2回以上は4.2%、3回以上は0.9%と、不育症や習慣性流産などを含め、繰り返すケースもあります。
また、厚生労働省令で「妊娠12週(4ヶ月)以降に亡くなった赤ちゃんの出産」と定義される「死産」は、赤ちゃん約50人に1人の確率で起きています(2016年厚生労働省人口動態統計より、出生数が97万6978件のうち死産2万934件)。
お腹の中でひとつの命が失われることは、深い喪失感や悲しみに心が奪われる精神的な負担に加え、子宮内から胎児を出す掻爬(そうは)手術など、身体的な苦痛を伴うこともあります。
例えば、初期流産の約8割は染色体異常によるものという統計もあり、「防ぎようのない仕方のないこと」だと言われはしますが、当事者にとってみれば簡単に気持ちを切り替えられるわけもなく、自分を責めてしまうことも多いもの。
仕事を持つ女性にとっては、安定期や産休を前に突如訪れた大きな「喪失体験」を、いつも通り職場で働く日常の中で、個人が乗り越えなければならない現実があるのです。
対して、「働く女性の4人に1人が流産を経験している」という調査結果(2016年全国労働組合総連合・女性部調査)もあるなか、組織や上司が流産・死産の当事者がたどるプロセスと、その後の職場復帰をどうサポートできるのか、職場ではどのようなコミュニケーションが望ましいのか、といった議論はほとんどなされていません。
そこでUMUでは、代表西部のTwitterなどのSNSから呼びかけ、アンケート取材を実施。
手を挙げてくださった32名の方のリアルな声から現状を知り、彼女たちが現場で抱えた葛藤や困難、組織や上司に対して望むこと、そこから、このテーマにおいて今日の会社や組織ができることについて、3回の連載形式で考えてみたいと思います。
流産・死産を経験した働く女性に起きる「リアル」
妊娠から流産・死産を経験するまでの、職場コミュニケーションの実態
はじめに、今回アンケート取材に答えてくれた方々の基本情報は、以下の通りとなります。
・年齢:30代を中心に20代〜40代
・お住まい:東京を中心に日本各地、海外在住が1人
・流産・死産を経験した時期:妊娠3ヶ月以内で流産を経験した人が全体の75%(24件)、産休が認められる妊娠4ヶ月以上で流産・死産を経験した人が全体の40%(13件)
*流死産の両方を経験された方を含み、重複ありの述べ人数
まず、妊娠判明から流産・死産を経験した時の、職場でのコミュニケーションの実態からご紹介していきたいと思います。
流産・死産が判明する前、職場に「妊娠」の事実を伝えていたか?という質問に対し、「伝えていた」人は、全体の約8割。心拍確認後、妊娠6〜8週頃につわりを考慮して、直属の上司に報告、広く周囲に知らせるのは安定期に入ってからと考える人が多いようです。
妊娠7週頃、つわりなどで勤務ができない時があると迷惑をかけると思ったので、上司に伝えた。「周りのスタッフにはまだ知らせないでほしい」という希望は聞き入れてくれた。
(看護師・助産師・40代・東京都・Marikaさん)
妊娠に関して上司からの配慮があったという声の一方で、理解されずつらさを感じていた人も。
つわりがひどかったので、8週目頃に上司に伝えた。体調不良で遅刻や早退が続いたため「妊娠していることをみんなに伝えてもよいか」と呼び出されるなど、妊娠出産に対する配慮と知見がないに等しくつらかった。
(正社員・事務職・30代後半・東京都・あんみつさん)
その後、「妊娠3ヶ月以内(4ヶ月未満)の流産」が判明した方の中で、その事実について「伝えた」人が7割近くいる一方、反対に「伝えなかった」人も。その理由は?
2度目の流産で、流産が仕事のせいだと上司に曲解され、干されるのを恐れたため。また、周囲から過度の配慮や心配をされたくなかった。当時は、流産を繰り返すことは異常なんだ、と思っていたから(流産を繰り返す人が一定数いる事実を知らなかったため)。
(正社員・専門職・30代前半・兵庫県・ころさん)自分の気持ちの整理がつかなかったところに、当時は慰めの言葉も億劫だったから。
(看護師・助産師・40代・東京都・Marikaさん)
「有給を使って手術」ー何度も繰り返される苦しみ
妊娠3ヶ月以内(4ヶ月未満)の場合、一般的には「産休」取得が認められず、かつ初期流産のための特別休暇も現状存在しないため、有給を使って、掻爬手術・吸引手術などを日帰りで行い、職場へ復帰しなければならないケースも多くあります。
精神的にも体力的にも大きな負荷がかかることを、日常業務に追われながら、人知れず行う人も。流産をなんども繰り返している人もおり、その負担は計り知れません。
流産1回目:人工授精で妊娠。血腫もあり成長も遅く経過が順調でない中、8週で脈が遅くなり9週で停止し流産。手術を希望したがクリニックの勧めで自然排出を待つことになり、悲しみと恐怖で有休をとることに。その間、抜けられない商談があり2日ほど出社。自然排出したのちも数日休み、合計2週間弱有休を取った。
流産2回目:体外受精で妊娠。着床当初から出血があり5週で自然流産。完全流産となったため処置は不要。流産後の診察の1日のみ有休を取得。
流産3回目:体外受精で妊娠。6週で心拍を確認できず7週で徐脈を見せるも8週で心拍停止。吸引手術を受け、当日と翌日休んだだけで出社。
流産4回目:体外受精で妊娠。6週7週は週数相当に成長するも8週で心拍停止。在宅勤務を使ってこっそり吸引手術を受けた。
(正社員・営業職・30代後半・東京都・さやさん)1度目の流産:当時、単身赴任中の夫がいる関西に週末に帰る生活を送っていた。週末に出血し、月曜に体調不良のため半休を取り病院へ。流産の事実を伝えられ、LINEで部下に事情を説明し、数日間の仕事を指示。上司以外への口止めをお願いした。火曜に手術、水曜に経過観察、木曜より職場復帰。
2度目の流産:不正出血の翌日、流産発覚。4日後に有給を取得し掻爬手術。年度始めであったが、2度目の流産に仕事どころではなく、仕事熱心な新しい部下に対し、テンション低く接する、急に有給休暇申請をするなど、士気を下げるような対応をしてしまう。上司には知らせず(仕事のせいで流産したと思われて、仕事を軽くされるのを恐れたため)、手術翌日より職場復帰。
3度目の流産:2度目の流産等によるうつ状態で休職中に妊娠、流産。復職時期は延び延びに。
(正社員・専門職・30代前半・兵庫県・ころさん)
流産・死産で「産休」を取得するハードル
一方、労働基準法において、妊娠4ヶ月以上であれば、流産・死産も正当に産休を取得することができます。それでも、その制度自体が広く知られていないケースも多く、かつ当事者が抱えてしまう特有の自責の念や周囲への後ろめたさなどから、「産休」取得そのものへの心理的障壁や、葛藤も存在していました。
噂を立てられるのがいやで、妊娠も流産も直属の先輩のみに伝え、産休も取得しなかった。
(正社員・事務職・40代・愛知県・みくまゆたんさん)流産での産休は、上司だけでなくもう少し広く浸透して欲しい。休みを取ることで不思議がられたり、復帰後無事に産まれたと思っていた同僚との会話がつらかったので。
(正看護師・病棟勤務・30代後半・大阪府・Nさん)確かに出産はしたけど、元気な赤ちゃんがいるわけでもないのに産休を取る事実も苦しかった。
(正社員・研究開発職・30代前半・東京都・來さん)
職場との関係性。「つらかった」「難しかった」と感じたこと
流産・死産の苦しみから、職場復帰のプロセスで女性たちが感じたつらさ、難しさとは?
ここまで見てきたように、流産・死産そのものが当事者にとって大きな喪失体験であるばかりか、そのプロセスの渦中で生じる職場とのコミュニケーションの負荷や、実態に即していると言い切れない制度のもと、多くを「自己責任」で対処しなければいけない物理的・精神的苦痛など、様々な負担が本人にのしかかっている実態が浮き彫りになります。
ここからは、そんな彼女たちがお腹の生命とお別れし、職場復帰をしていく過程で感じたつらさ、難しさに迫っていきます。
32人の回答から、多かったものを上から順に見ていきたいと思います。
・第1位:復帰後の体調、感情のコントロールの難しさ(23件)
親や友だちにも話していなかったので、上司に報告した時に、初めて言葉にしただけで涙が溢れそうになり、傷ついているんだと再認識。その後もなんとか仕事をがんばっていましたが、次第に言葉に違和感が出るように。
言葉が出てこない、いつも話している営業トークが流暢に話せない、吃音のような症状が出る、錯語(「てがみ」と言いたいのに「てがね」と一文字だけ変わってしまう等)、言い間違え(ABがあってAと言いたいのにBが声に出てしまう)など。頭が真っ白になる感覚でした。
夜眠れない日が増え、毎日立ちくらみ・目眩がして、頭痛の日が増えました。夫にも少し話す程度で、誰にも相談できずつらい日々。心療内科を受診するか迷いながらも、なんとかだましだまし仕事をしていました。
(正社員・営業職・30代後半・東京都・yumyum_gyozaさん)妊娠を周囲に報告、引き継ぎしていた時期だったので、急な子の死に心がついていかなかった。ずっと泣いている自分がいる一方で、天井から俯瞰して冷静に「葬儀、役所、人事のこの手続きをしなければ」と考えている自分もいて、2人の自分がいるようで感情の起伏がつらかった。
身近に育休中の人もいて、あの人は無事に産めたのになんで私は…!いや、そんなことを考えてはいけない…と、人を羨んだり恨んだり憎んだりする気持ちを持つ自分に嫌気が差した。
どんな顔をして復帰、仕事したら良いのかわからなくて、自分なりに平静を装った。だけど途中でお腹が空っぽなことを思い出すと涙が止まらず、トイレに駆け込むこともあった。
(正社員・研究開発職・30代前半・東京都・來さん)お腹が大きかったはずなのに、産後すぐに復帰していることを不思議に思われ、尋ねられることがつらかった。復帰後は不意にあふれてくる涙のコントロールができず。職業柄、急変対応や死後の処置といった業務があるが、感情のコントロールが困難で、一時的に業務に携われなくなった。
(正看護師・急性病院勤務・30代前半・愛媛県・マッチさん)
・第2位:社内報告や説明の難しさ、心理的苦痛(19件)
早退して病院に行き、流産するだろうと言われた翌日の仕事中に早退の理由を聞かれても話す気力はなく、動揺してしまい涙目になる場面もありました。
職場に妊娠している職員がいましたが、流産後に生まれてくる子どもの話をされても相槌も打てず、会話に参加できませんでした。ストレスで、人生で初めて過呼吸になり、嘔吐。その後もボーッとしてしまい、それ以来仕事には行けませんでした。
(派遣社員・20代・東京都・ぱぴこさん)仕事復帰してから1週間毎日、「赤ちゃん生まれた?」「男の子?女の子?」など、妊娠は知っていても死産したことを知らない人に聞かれるのがつらかった。機械音や火をたく音が、火葬の時の音と重なったためフラッシュバックした。
(正社員・染色整理業務・20代・愛知県・おにぎりさん)自然排出を選んだ時はいつ出血が起こるかわからず、気持ちが落ちつかなかった。身体には優しいかもしれないが、精神衛生上、時間がかかった私の場合にはあまりよくなかった。もし、1ヶ月で排出されなければ感染のリスク等も考えて処置を受けなければならず、仕事の都合がつけられるか不安だった。
時期がわからないことで、同僚にも話しにくく付き合いづらかった。
(看護師・助産師・40代・東京都・Marikaさん)
・第3位:周囲の目や職場の人間関係(16件)
切迫流産で病休取得中に自然流産し、病休が終了した頃、心身ともに一番つらい時期に仕事復帰に。迷惑をかけただけで無事に出産することもできず、妊娠も流産もなかったようにこれまで通りの生活を求められることがつらかった。
(正看護師・病棟勤務・30代後半・大阪府・Nさん)1ヶ月近く休んでいたこともあり、朝礼時に流産の報告をした。きっと周りも気を遣うだろうと、何もなかったかのように仕事をするのがきつかった。
(正社員・コールセンター管理職・30代前半・福岡県・はむそらさん)1度目の流産の事実は、上司1名と部下1名、総務部職員にしか伝えておらず、口止めしたにもかかわらず、部署内に広まっていた(突然の病休に心配した優しい先輩が部下に聞くなど、周りの人間に悪気があったわけではない)。その後、職場の定期検診の婦人科検診を受けるだけで上司に心配されるなど、過度な心配をされた。
(正社員・専門職・30代前半・兵庫県・ころさん)
・第3位:身近に妊娠中の同僚などがいたこと(16件)
部下など、近しいところで妊娠の話を聞くとメンタルがつらかった。
(正社員・会計士・30代後半・神奈川県・momoさん)とにかく身近に妊婦がいるのがつらくて仕方なかったです。育休中に赤ちゃんを職場に連れて来られたりするのも苦痛でした。
(金融事務管理職・30代後半・大阪府・おまめさん)復職してすぐ部下の妊娠報告があり、その人が体調が悪く全く出勤できなくなってしまったので、自分の休みを変更したり、残業したりするのは精神的苦痛となった。
(正社員・福祉職・30代後半・東京都・きじむなーさん)私が初めて流産をして1〜3ヶ月後、同僚2人が立て続けに妊娠を報告。仲良しだったので、ランチに行ってつわりの悩みを聞いたり、妊婦健診での欠勤連絡を取り次いだりすることがつらかった。
おめでたムードの中、自分の流産のことなんて話せず、しばらく我慢したが、徐々に話すのがつらくなり、2人の大きくなっていくお腹が視界に入るのも苦痛に感じるようになり、適応障害を発症。仕事中、涙や手の震えが止まらなくなり、上司に頼み込んで休職依頼をし、その後半年ほど在宅で働かせてもらった(2人が産休に入るまで、職場に戻れるメンタルではなかったので)。
(正社員・クリエイティブ・30代前半・東京都・ASCAさん)
・第5位:業務調整や同僚などへの引き継ぎの問題、罪悪感(11件)
他のメンバーに私が遅刻早退をすることに理由を求められ、私は黙っておいてほしかったが、上司が伝えてしまっていた。業務に関しては、私が担当していた業務内容を上司が理解しておらず、入院中も電話やメールがやってくるなど配慮に欠けていた。
(正社員・事務職・30代後半・東京都・あんみつさん)部署への新規異動者が多く、長く欠勤することができなかった。また突然の欠勤・自宅勤務となったため、新メンバーのトレーニングなどに工夫が必要で苦労した。
(正社員・専門職事務職・30代後半・東京都・あんなさん)突然の出来事で、同僚にまともな引継ぎができず迷惑をかけた。染色体異常のため出産まで至らなかった可能性が高かったが、見越して自ら中絶したので周囲へ説明しづらかった。手術後8週間休んだことで同僚の業務が増え、深夜まで残業していたことがのちにわかり、申し訳ない気持ちだった。
(フルタイム勤務・30代後半・東京都・匿名希望さん)職場復帰後、何度も流産して休んでいるうしろめたさがあった。以前にも不妊治療で休みを取得することが多かったため、私生活のことで配慮してもらい申し訳なさがあった。だからこそ会社に貢献したい気持ちもあったが、しばらくは虚無感から立ち直れなかった。
(正社員・シフト勤務・30代後半・東京都・machannoieさん)
ここまでの<前編>では、働きながら流産・死産を経験した女性たちのリアルな声から、職場でのコミュニケーションの実態、産休も取得しづらく、場合によっては有給を使って処置をしている人もいるという現実。
そして、職場復帰後にも決して終わることのない、ボディーブローのように続く当事者たちの苦痛と困難を、知ることができました。
続く<中編>では、職場で傷ついた言葉や対応、逆に助かったこと、また、実体験を経て彼女たちに生じた価値観や働き方の変化から、流産・死産を経験した女性に会社組織、そして働く個人がどのように寄り添うことができるかを、考えていきます。
アンケート取材および編集・文 / 徳 瑠里香、UMU編集部
取材協力(Special Thanks) / ぐすぴちゃんさん、さやさん、anbabys2さん、おにぎりさん、きじむなーさん、Nさん、オオマミホさん、ぱぴこさん、ukkaさん、Ymamaさん、來さん、ころさん、マッチさん、まめちゃんさん、みくまゆたんさん、あんなさん、yumyum_gyozaさん、Iさん、はむそらさん、Marikaさん、momoさん、machannoieさん、だんでさん、おまめさん、ASCAさん、あんみつさん
他、全32名のみなさん
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