【世界を知るコラム】「不妊治療中の女性たちは、互いに話すことで救われる」当事者グループを率いるドイツの女性と考える、カップルへの支援のあり方

「不妊治療をしている当事者女性たちは、互いに話すことで救われることがたくさんあります。苦しんでいるのは自分一人でないと気づくことができるからです」

そう語るのはドイツ西部のゾースト市という歴史豊かな街で、不妊治療をする女性の当事者グループを率いるカタリーナ・トゥッシュさん(40)です。カタリーナさんは長年子宝に恵まれず、長期にわたる多くの治療と困難を乗り越えてきた女性です。そのカタリーナさんたちの活動に、ドイツで不妊治療を2年以上続けてきたドイツ在住の筆者・駒林も実際に参加し、現地女性たちと話をしたことで非常に励まされました。

そんなカタリーナさんにドイツでの不妊治療や当事者組織について伺い、駒林自身の体験や感じたことなども織り交ぜながら、治療する人を取り巻くドイツ特有の事情や課題をレポートするとともに、ドイツであれ、日本であれ、普遍的に必要な当事者支援のあるべき姿についても考えていきたいと思います。


*本記事は、【世界を知るコラム】と題した新シリーズの第一弾です。海外の不妊治療事情や当事者の抱える悩み、もやもやのリアルを知り、日本との違い・共通点なども浮き彫りにしながら不定期のコラム形式でお届けしていきます。


カタリーナ・トゥッシュ/Katharina Tusch  1981年西ドイツのゾースト市生まれ。ゾースト地区の公務員を15年間勤め、現在は休職中。3歳の息子の世話をしながら、所有する不動産の管理をしている。趣味はトランペットの演奏で、夫と一緒にバンドに属して演奏している。また、スカートというドイツのカードゲームが好きで、中高時代に国内チャンピオンになったこともある。犬猫が好き。

 


  治療の行き詰まりから感じた孤独感

夫の仕事のため、日本人の夫と2019年夏にドイツ西部の小都市に移り住んだ私・駒林は、ドイツに来てすぐ不妊治療クリニックのドアを叩きました。まだドイツ語をまったく話せなかったものの、当時結婚3年目で、以前に一度受けた不妊検査の結果、自然妊娠は期待できないとわかっていたのです。

その後、数々の検査を経て、コロナ禍に4度にわたる顕微授精を行ったものの、一度も着床にすら至らず、私は疲れ切っていました。医師にも不成功の原因がわからないと言われ、ドイツの著名医の診療を受けるようアドバイスを受けました。

そして半年ほど先に予約が取れた医師がいるのは、自宅から片道4時間のクリニックでした。手配が済んだところで、今後それに続く通院の大変さや金銭的な負担を重圧に感じ、それほど難患者になってしまった自分の状況に、鬱々とした気持ちになっていました。

比較的高福祉のドイツでは、その分税金も健康保険も日本と比べて非常に高額です。不妊治療についても診療や検査自体には保険が適用され、助成金もあるものの、体外受精については最大3回まで半額を保険負担(妻が40歳、夫が50歳未満の場合のみ)と、回数や年齢制限が厳しく、すでに4回も不成功に終わった私たちが受けられる支援はなくなっていました。

子育て支援が財政的にも地域にもたくさん用意されているのに対し、子どもを持ちたくても持てない私たち夫婦には、高い税金と健康保険とを払っても支援は薄い。そんな厳しさや苦しい現状に私は行き詰まり、ドイツを離れようとまで考えるようになりました。

夫には申し訳ないけれど、日本に戻れば不妊治療にもドイツより広範に保険が適用されるようになったというし、病院スタッフももっと丁寧で優しいだろうから、日本に帰ったらいいことばかりのはずだ──ドイツの暗く寒い冬の中で鬱々とした世界に閉じ込められ、孤独感を感じていた私はとにかく助けを求めていました。

そんなときに相談した地域のソーシャルワーカーの知人が、不妊治療の自助グループが自宅から少し離れた地域にあると教えてくれました。ドイツ人女性のドイツ語会話にはついていけないとはわかっていたものの、何かのきっかけになれば十分と、2022年1月に私はそのドアを叩きました。

当事者グループが開催されているゾースト市の中心部

 

  患者女性たちは似た悩みを抱えている

そして、そんな私をグループに温かく迎え入れてくれたのが、2021年5月の活動立ち上げ以降、運営しているカタリーナさんでした。カタリーナさんは子どもを持とうとしてから13年後、7回目の顕微授精を経てようやく現在3歳になる息子さんを授かりました。現在も二人目のお子さんを持つために不妊治療を続けています。

「私がグループをリードしているのは、長く治療を続けて一通りの問題を経験し、たくさんの悩みを理解できるからです。私の経験が他の女性たちの役に立つかもしれないと思っています」

とカタリーナさんは言います。

カタリーナさんがグループに関わったきっかけは、通っていた不妊専門の代替医療クリニックを運営していた自然療法士サンドラ・レンズさんに誘われたことです。

あまり知られていないものの、ドイツでは代替治療も盛んで、西洋医学とは異なる自然療法のクリニックも多くあります。サンドラさんは、不妊治療をする多くの女性たちを支援するなか、似たような悩みを抱える患者が多いにも関わらず、当事者同士がそれを安心して分かち合える場所はほとんどないことに気づいていました。

そんな女性たちが互いに話しあえるよう、カタリーナさんを含む、サンドラさんの女性患者5〜6名が2021年5月に集まったのです。自分たちの経験や思い、悩みなどがぶつけられました。

「私自身を含め、女性たちは、互いに話をすることで、自分が一人でないということに気づきました」

とカタリーナさんは言います。

この場は非常に有意義だ、そう確信したサンドラさんとカタリーナさんは、この場を継続的に開催していくことに決めました。当時はコロナのパンデミックの真っ最中で、多くの会合がオンラインに移行していましたが、カタリーナさんたちは実際に顔を合わせて話をすることでより深い話ができるとして、直接会う場を毎月持つことにこだわりました。

そしてグループとして立ち上がったこの活動には、市の支援を受けて活動のパンフレットも作られ、メンバーの手配で市の施設も無料で使えるようになりました。認知も徐々に高まり、参加する女性の輪も少しずつ広がっていきました。

「私は、新しい女性をこのグループに迎え入れるのが大好きです。そうすれば気づきを与えられるし、お互いに助け合えるからです。みんな毎回来るわけではないけれど、それでも得られるものがあればいい。大事なのは、自分は一人でないと感じることです。治療に成功して妊娠した女性は活動から去っていきますが、それは素晴らしいことです」

笑顔が素敵なカタリーナさんはそう語ります。

ドイツ各地には、このように自発的に作られた、子どもを持てない人々の当事者団体が存在します。そんな全国各地の人々を緩やかに繋ぎ、情報提供や政策提言をしたりしている「ウンシュ・キンド」という組織がドイツにあり、カタリーナさんのグループもこの全国組織のウェブサイトに登録されています。

初めてボートに乗ったカタリーナさんの息子さん

 

  当事者同士で語り合うことで自分を相対化でき、仲間を得られる

そして、結果の出ない治療やドイツ生活そのものに孤独感を抱えていた私も、10人ほどの女性たちが集まる1月の会に参加したことで、自分が一人ではないことを知りました。

そこに集っていた女性の多くは現在38歳の私よりも若く、ほとんどが30歳前後の女性たちでした。20代半ばでも卵巣に障害があったり、精神疾患を抱えていたりと、私よりも困難そうな立場の女性たちもいました。

20代半ばという若さで子どもができないという問題に直面し、周囲からはあまり深刻に受けとめてもらえないという、私とは異なる悩みを抱えている女性も少なくないようでした。年齢も経験もある程度重ねた私よりも、若い女性たちのほうがよっぽど苦しいのかもしれない、そんなふうにも思いました。

また、悩みをシェアするだけでなく、治療や病院、支援制度などに関する情報もその場で交換するなど、治療に役立つ情報もその場で得ることができました。私自身もそれまで2年以上、ドイツ語を使ってさまざまな制度を調べてきたものの、知り合いが少なかったために、そういう口コミ情報のようなものは限られていたのです。

さらに、片言のドイツ語しか話せない外国人の私を、似た悩みを抱える者同士として温かく迎え入れてくれたその女性たちが、一度会っただけでも仲間のように思えました。

そうやって私は、当事者同士で話し合うことの重要性について、身を持って感じることができました。もっと早くこういう場に来たかったとも思いました。

そして長い冬の暗さに滅入っていた私の沈んだ心も少しずつ落ち着きを取り戻し、まずはドイツの著名医の下での治療に専念しようと決めました。

 

  不妊への理解が徐々に進むドイツ社会

ドイツでは、7組に1組のカップルが、子どもを持つことに困難を抱えていると推測されています。

「女性たちはまず学校、大学を卒業後、キャリアを持ってから結婚し、その後に子どもが欲しいと思っても、あっという間に33歳くらいですよね。その年になったら妊娠出産におけるリスクは高まっていて、子どもを持つのが難しくなっているというのもわからなくない話です」

とカタリーナさんは言います。

不妊に悩むカップルが増える現在、さまざまなニーズが明らかになり、問題がドイツ政府や企業などにも徐々に理解されるようになりました。支援制度や周囲の理解も徐々に進展しているそうです。

カタリーナさんのもっと上の世代では、子どもを持てないという悩みは、日本のそれと同様、人に話せることではなかったと言います。そしてカタリーナさんが治療を始めた15年ほど前でも、今よりも話しにくかったそうです。

「子どもが欲しいという思いが叶わないことを、以前は人に話しにくかったのですが、ここ10年ほどで社会の理解が進んできて、よりオープンに話せるようになりました」

また、日本以上に労働者の権利が広く守られているドイツでは、不妊治療のために仕事を休むのも容易で、そのために有給を使う必要もありません。

「不妊治療においても、体調が悪い時などに婦人科医師にそう伝え、休息を取るよう書類をもらえば、仕事を休むのは可能です。なので、働いていても両立はできると思います。また、その際に休む理由を言わなくていいので、不妊治療をしていると伝える必要すらないです」

と、カタリーナさんは言います。

一般的に、ドイツでは医師から休息が必要と判断されると、その日数は会社を休めるという仕組みになっています。医師の作成した書類を勤務先に提出することで、その分の給与を保険会社が払う仕組みになっており、労働者は安心して会社を休めるようになります。

ドイツでは、標準的に有給が年に30日以上ありますが、この傷病休暇はそれに上乗せされます。あまり休みすぎると、問題になる可能性もあるかもしれませんが、特に傷病休暇に日数制限はありません。

また、職場にもよりますが、短時間の通院の場合など、きちんと仕事ができていれば、病院に行くと伝え、その間勤務を離れることもできるようです。もちろん調整が難しい職種もあるようですが。

私個人の経験では、体外受精の採卵時は麻酔をかけ、その後も休息が必要になるので、その当日と翌日は休息すべき日として医師から書類を発行してもらえました。(フリーランスで働いている私には、書類提出先も代わってくれる人もいないので、結局その期間も働いてしまいましたが)

ドイツは労働生産性が世界でもトップクラスに高い国で、労働者の残業についても厳しく法律で制限され、決められた勤務時間に多くの量の仕事をこなすことが求められます。

だからこそ、体調が悪い時はしっかり休み、また力を発揮できるようになってから集中してきちんと働くという、メリハリのあるスタイルになるのだと思います。

 

  子どもを持たない人生も尊重される

なお、「お子さんはいらっしゃらないのですか?」という質問は、ドイツでもよく受けます。子どもを持てない私には、そういう質問が時々胸にささります。

しかし、かといって、ドイツでは子どもがいないことがマイナスの視点で捉えられているわけでもないようです。

カタリーナさんによると、個人の自由が尊重され、個々人が自分の選択に従って生きることが奨励されているドイツにおいては、子どもがいないことも選択として社会に尊重されています。

私の周囲にいる同世代の知人にも、パートナーはいても、「子どもは欲しくない」と明言して、自分の生き方を貫いている人は少なくありません。

「それぞれの生き方にそれぞれの価値があります。特にパンデミックを通じて、自分は一体何をしたいのか、どんな生き方をしたいのかとみんなが追求するようになりました。もし子どもができなかったら、他の道や楽しみを見つけて、情熱を捧げるという人生も素敵なのではないでしょうか。
私たちは、かつて治療が行き詰まった際に一旦治療を休み、夫と一緒に不動産投資をしました。不動産を購入して、それをリフォームして…と、子どもとは違うけれど、それだって二人で手間暇かけて生み出すものですからね。子どもだけが人生ではないということはみんな心に留めておいていいと思います」

そして、カタリーナさんは、不妊治療においては夫婦関係が本当に大切だと言います。

「辛い不妊治療のなかでは、夫婦関係が悪化することもあるかもしれません。でも元々何でも話し合え、協力し合える夫婦だったら、二人で問題に向き合って乗り越えられるでしょう。もしそれで壊れてしまう関係は、元々の考え方などに違いがあり、話し合いが難しいのかもしれませんね」

 

  子どもを持つための手段も自分たちに合ったものを

なお、ドイツは西ヨーロッパにおいては比較的保守的といわれる国家で、倫理的な観点から議論のある不妊治療の手段については、制限も少なくありません。そのため、近隣国で治療を受けるカップルもいます。

たとえば、卵子提供を受けたいカップルは、ベルギーやデンマーク、スペインなど、住んでいる地域からアクセスのいい隣国のクリニックに通うようです。筆者が通院する不妊治療クリニックのある、ドイツ北部のハンブルグで不妊治療を続けていたある女性は、デンマークのクリニックに通院して卵子提供を受け、妊娠できたと語ってくれました。

また、ドイツから、現在戦争中のウクライナで代理母に出産を委託するカップルも決して少なくなかったようです。カタリーナさんの近所にも、ウクライナでの代理出産を通じて女の子を得たカップルもいたそうです。

しかし、カタリーナさん自身は、なかなか体外受精に成功しなくても、これらの手段を取ろうとは思わなかったと言います。

「外国に何度も行って特別な治療をするというのは、たくさんの時間もお金もかかります。それほど大変な手段を取ろうとは思えませんでした。代理出産で子どもを得た近所の夫婦も、あくまで『最後の手段』だったと言っていました。私たちが住むのは郊外の村で、ある日突然子どもを持った夫婦というのはその地域では目立ちましたし。
養子縁組をした知り合いもいますが、それも私たちに合った手段には思えませんでした。養子や里子の対象となるのは、新生児、健康というわけでは必ずしもないですが、あくまで私たち夫婦の個人的感覚としては、それを進んで受け入れられるとは思えませんでした」

子どもを持つための手段は増えていますが、それぞれに伴うものは異なります。あくまで、「自分たちに合った選択肢」を取るというのが大事なのかもしれません。

 

  不妊治療をもっとオープンに語ろう

ドイツで長く治療を続けてきたカタリーナさんは、ここ10年で不妊治療を取り巻く環境は本当に大きく変わったと言います。

「ロビイングの成果やメディアの影響で不妊の問題が認識されるようになり、以前より保険適用も助成金も増えました。不妊治療専門の代替治療やセラピーも増えてきて、支援体制がどんどん強化されていると感じます。この傾向が続いて、当事者カップルのサポートがもっと増えていくといいと思います。
でも、男性がこの話題について話せるようになるには、まだ時間がかかると思っています。私たちのグループに参加する女性のパートナーも交え、一度みんなで集まってバーベキューなどをしつつ、一緒に楽しい時間を過ごしながら、お互いのことを知り合えたらいいと思っています」

やはりドイツも日本も同様、当事者同士でオープンに悩みを共有し合う環境や、そこにパートナーをうまく巻き込んでいくことが大事なようです。

 

日本でも、体外受精に対する助成金が数年前から拡充され、2022年から保険適用も正式に施行されました。子どもを持てないカップルを支援する手段は徐々に増えていると感じます。

とはいえ、労働時間が長かったり、ドイツのように柔軟な傷病休暇がなかったり、有給休暇が取りにくい日本では、ドイツほど不妊治療と仕事の両立は容易ではないかもしれません。

でも、だからこそコロナ禍でさらに孤立しがちな不妊治療において、当事者同士で繋がり合うことが鍵を握っていると、筆者は感じました。

ドイツか日本かには関わらず、互いに悩みを共有し合い、アドバイスや励ましを得ることで、孤独感は薄れ、ヒントを得て新たな道も切り開かれるかもしれないと、改めて実感するインタビュー取材となりました。

 

インタビュー取材・執筆:駒林 歩美
ドイツ在住リサーチャー・ライター。東京で外資系企業や教育ベンチャー企業に勤務した後、東南アジアで国際協力の仕事に従事し、現在は欧州事情等を日本に伝えている。
www.linkedin.com/in/ayumi-komabayashi/

 


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