誰もが立場を超え、子どもの幸せを見守る社会を作りたいー世界の子どもに映画を届ける私が、出産までの苦悩を経た今願う「美しい世の中」のこと。<後編>

NPO団体「World Theater Project」の代表を務める教来石小織さん。映画を見る機会が少ない発展途上国の子どもたちに移動映画館を届ける活動を始めた最初の動機は、「子どもを持つことへの憧れ」からだったといいます。

前編>では不妊治療、子宮外妊娠、病気、手術、そしてコロナ禍での念願の妊娠、さらに切迫流産で絶対安静の長期入院生活という、次々に起きた想定外の試練について語っていただきました。この<後編>では、一筋縄ではいかない出産までの道のりを経たからこそ、ひとつひとつの命が奇跡の積み重ねだと語る教来石さんが、やっと手にした命を育てる今、何を思い、何を願うのか。波乱に満ちた経験談をお聞かせいただきながら、彼女の現在地を探りました。

教来石 小織/Saori Kyoraiseki  NPO法人World Theater Project代表。1981年生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。派遣の事務員をしていた2012年、「途上国の子ども達に映画を届けたい」と思い立ちカンボジアの子どもたちへの移動映画館活動を開始。その後団体として世界15カ国、延べ8万人の子ども達に映画を届ける。

 


妊娠後、苛まれた「胎児の健康」に対する不安―その解消の糸口とは

  妊婦さんの不安を減らすために。正しい知識を得て、それを後押しする社会のサポート体制の充実を

―待望の妊娠をして以後も、度重なる困難に翻弄される中、教来石さんがたどり着いた心境「お腹の命が一番大切」、これは本当にそのとおりですよね。では切迫流産の診断による入院期間中は、旦那さんが団体のマネージメントをされたのでしょうか? 先ほどおっしゃいましたが「ハッピーマタニティライフ」とは程遠い妊婦時代でしたね……。

ほんとにそうでした……。私の不在の間は、夫とメンバーが団体を守り管理してくれました。今でも心から感謝しています。

切迫流産というのは一般に、病院でほぼ完全に寝たきりになってしまい、身動きが取れなくなる状態なんですよね。それはとてもつらくて不安でたまらないものでした。もし今切迫流産や切迫早産で寝たきりになってしまっている妊婦さんがいたら、「必ず寝たきりから卒業できる日が来るから、がんばって」と伝えたいです。

ただ、そんな身動きも取れない入院生活の中で、ある思いを整理することができました。私は妊娠中とにかくずっと不安で、この子を無事に産めなかったらどうしよう、とか、障がいが残ったらどうしようと考えてばかりいました。

でも、ふと、私はどうして障がいがあることについてこんなに不安になっているんだろう、と疑問を持ったんです。ただなにも知らないから、漠然と不安を感じているだけなんじゃないか、って。

もし障がいがあれば、一般的な子育てとの違いはあるかもしれない。でも障がいがある子どもやその子育てについて正しく知っていけば、その心配や不安が解消されるかもしれない、と考えるようになりました。

と同時に、社会の受け入れ体制やサポート体制が整っていれば、妊婦さんが胎児の障がいの有無に不安になりすぎずにすむのではないか、とも考えるようになったんです。妊婦さんが不安にならなくていい世の中って、ひとつの理想的な社会の形ではないでしょうか。

さまざまな社会制度はありますが、妊婦さんの不安が減るような制度やサポートの充実がさらに必要だと感じます。だからそこにつながる活動をされている方々を、私個人として今後支援していこうと決めました。


―本当にその通りですよね。すべての妊婦さんが少しでも安心して我が子を産める社会。そうなりたいですね。ちなみに教来石さん、大変な妊婦生活を送っていた時、何か心の支えにしていたものはありましたか?

ninaru(になる)」という妊婦さん向けのアプリがあるんですが、毎日それを見ていました。妊娠日数に合わせてアプリが教えてくれるんです。「今日は皮膚が完成しました」とか「今週は肺機能が完成しました」とか。日々それを見ることを心の支えに、お腹の中でちゃんと育ってくれている、と信じることができました。

―それだけの苦しい妊娠期間を経て、無事にご出産されて、赤ちゃんに初めて会えた時はいかがでしたか。

……「かわいい」という言葉が自然と漏れ出てくるんだな、って。コロナにも罹患せずにやっとお腹から出せた喜びと、安堵があふれました。母子同室の部屋で、幸せが毎日更新されていくんです。産後の体の痛みさえ、毎日幸せだと感じました。本当にかわいかった。これまでの経緯があったので、個人的にも余計に感極まっていたのかと思いますが、やっと会えた、という気持ちでした。

 


「子どもの可能性」は社会全体で守る

  我が子を産んだことで、命ひとつひとつには固有の価値があると深く知る

―お子さんが産まれてからの変化についても伺いたいのですが、夫婦関係や活動への影響、そして教来石さんご自身に起きた変化などがあれば聞かせてください。

まずは夫婦関係ですが、お互い、大切なものを共に守っていく同志のような存在になりました。絆は強くなったと思います。

この活動は、もともと子どもを持つことへの憧れが根底にあって始まったものでもありました。子どもが産まれる前は、私にとって子どもたちというのは、触れてはいけないようなとても神聖な存在でした。でも自分で子どもを産んだことで、みんなこうやって産まれてきたんだ、みんな同じ人間なんだ、とより実感できるようになった気がします。

命がこの世に誕生することは奇跡の積み重ねの結果。だから例えばカンボジアの子どもたち一人一人も、みんなその奇跡の中で産まれて、今、生きている。ひとりひとりにそれぞれの時間があって、物語があって、家族があって、未来がある、ということを深くかみしめています。

団体のビジョンは「生まれ育った環境に関係なく、子どもたちが夢を描き、人生を切り拓ける世界を作る」ですが、子どもを産んでからそのビジョンを実現したい思いが一層強くなりました。

―お子さんを産む前も産んでからも、教来石さんは「子ども」に対して特別な思いをお持ちの印象を受けます。教来石さんを突き動かす「子ども」とは、どういう存在なのでしょうか。

難しい質問ですね……。「子ども」の存在……。子どもたちの可能性ほど大事なものはないんじゃないかな、と思える存在でしょうか。子どもたちが持っている可能性を育むことで、世界が少しでも良い場所に変わるんじゃないかと思わせてくれる、そんな存在。

私たちは誰もがそれぞれの場所で、それぞれの役割を持って、社会や世界を少しでも良い場所に変えていきたい、と願い生きているものかもしれません。そして私には、その役割が、自分の子かどうかに限らず、より広い意味での子どもの可能性を守り、少しでもそれを広げるお手伝いをすることなんだと思います。

―確かに、かつて子どもだった私たちが今の社会でなんらかの役割を担っているように、今の子どもたちがまた少し先の未来の社会を作っていくんですもんね。おっしゃるように、子どもの可能性を守ることの意義を再認識しました。
活動を通して多くの子どもたちを見守ってこられた教来石さんだからこそ、我が子に対して特に願うことはありますか?

児童精神科医の佐々木正美先生が書かれた「子どもの心の育て方」という本の中に、「子どもにとってもっとも大切なものは、どこででも根を張り、花を咲かせることができる、あたたかくて強い心」という言葉があります。どうなっていくかわからないこれからの世の中を生き抜くためにも、この言葉のとおり、どんな場所でも根を張ることができ、そしてどんな場所でも花を咲かせることができるようになってほしい、と心から願います。

そしてこれは自分の子どもに対してだけではなく、すべての子どもたちに対して思っています。だから、特別に我が子に対してだけ願うこと、というものではないかもしれませんね。我が子には、私より長生きしてほしい、というのは願いますけどね。

―素敵な言葉です。親として子どもに願う大切なエッセンスが詰まっていますね。では、今後の団体の活動についての予定や展望もお聞かせいただけますか。

コロナで中止していた移動映画館ですが、今年(2022年)の9月に再開予定で、色々と準備をしています。正直、体力的にはきついのですが、色々な方々に支えていただいたり、ご縁があったりしながら、なんとかやっています。

やがては映画のWFP(国連World Food Project)のような団体になって、映画を通して、たくさんの子どもたちの心に夢の種をまき続けたい、というのが私の夢です。

カンボジアの学校で上映会(2015年9月撮影)

 

  自分の子でも人の子でも、等しくあたたかいまなざしを向けられる世の中を目指して

―活動の再開、応援しています。最後に、UMUの読者の方におすすめの映画と、何かメッセージをいただけたら嬉しいです。UMUの読者の多くは、不妊治療経験のある人、子どもを諦めざるを得なかった人、死産・流産を経験した人、子どもを持つことに迷いを感じている人など、さまざまなストーリーをお持ちですが、共通しているのは「命」について一度立ち止まり考えたことがある点かと思います。

まず、おすすめの映画ですが、私は子どもの可能性を広げていくストーリーが好きなので、この3本を紹介させてください。ひとつは、河瀬直美監督の特別養子縁組を扱った「朝が来る」。それから「リトルダンサー」というイギリス映画と「エール!」というフランス映画です。後ろの2本は共に、ある子どもが生まれ育った環境に夢を阻まれながらも、彼ら/彼女らの可能性を見出しそれを守る大人がいるストーリーです。ぜひ観ていただきたいです。

UMU読者へのメッセージは……、少し抽象的な言い方になってしまうかもしれませんが、自身の活動や経験を通じて一番思うのは、様々な立場の方がいる中で、自分の子どもじゃなくてももしそこに寂しそうな子がいたら、誰もが優しく声をかけてあげられる社会って素敵だな、ということなんです。子どもたちに私たち大人が等しく、あたたかいまなざしを向けられる社会を私は想像しています。

違う言い方をすれば、子どもがいる人も自分達だけで育てていくことは難しいわけです。だから子どもがいる人は安心して外に助けを求められて、子どものいない人もお互いにできることで助け合い、力を分かち合いながら、子どもたちを守って幸せにしていける世の中って素晴らしいと。私はそう思っているんです。

「社会の子どもを守る。幸せにする」ということを、今大人である私たちが、立場を超えて共に作っていくことができたら、きっと10年後20年後の世の中はもっともっと美しい場所になっていると信じています。

 

取材・文 / タカセニナ、写真 / 内田英恵、NPO法人World Theater Project提供(撮影者:黒澤真帆、川畑嘉文)、協力 / 高山美穂


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