将来何歳で結婚し、子どもを何人持ちたいかーー10代、20代でぼんやりと理想を思い浮かべる人もいれば、子どもを持つイメージがつかないという人もいるでしょう。
いずれにせよ、漠然と思い描く未来が、やがてリアルで現実的な”もやもや”となって目の前に浮かび上がってくることがあります。
パートナーとの関係性やキャリアとのバランス、心身への影響や生活の変化……妊娠・出産など生殖にまつわる選択は、一人ひとりが決断を迫られる課題でありながら、同時に社会を支える大きなテーマでもあります。
そんな個人の”もやもや”を公共の課題として捉え直そうという一般社団法人「公共とデザイン」。
共同代表の石塚理華さん、川地真史さん、富樫重太さんはそれぞれ30代に入ったばかり。3人に共通していたのは、「産む」ことに対してそれぞれがもやもやした気持ちを持っていたことでした。
最初はごくごく個人的な課題が、いつしか、「産む」にまつわるソーシャルデザイン・プロジェクトに発展。このプロジェクトは、3人の意識を、またこのプロジェクトに参加する人たちの意識をどう変えていくのでしょうか。
石塚 理華/Rika Ishitsuka 千葉大学工学部デザイン学科・同大学院卒業。在学中にグラスゴー美術大学・ケルン応用科学大学に留学、国内外の大学でサービスデザインを学ぶ。大手人材サービス企業でのデザインディレクション業務、共同創業した受託開発ITスタートアップで多分野の体験設計やデザイン開発を経て2021年に公共とデザインを設立。
川地 真史/Masafumi Kawachi デザインコンサルティングを経て独立後、フィンランドAalto大学修士課程に進学。行政との共同プロジェクトや、市民が自発的に行う民主的なデザイン論を研究。現在は他者への想像力とケア、生きる実感を軸に実践と探求。2021年に公共とデザインを設立。
富樫 重太/Shigeta Togashi デザイン会社、メディア会社などに勤務後、株式会社Periodsを創業し、複数のスタートアップ企業のデザイン、プロトタイピング、立ち上げに従事。2018年株式会社issuesを共同創業。住民の困りごとを自治体に届け、政策で解決するサービス「issues」を開発。2021年に公共とデザインを設立。
結婚や出産の”理想”。その裏にある社会イメージの影響に気づいて
30代男女に共通する”もやもや”が「産む」だった
―「公共とデザイン」のみなさんは、今年度、公益財団法人日本財団の助成金を受けて「地域とそこに暮らす市民と共に行う持続可能な都市づくり」事業に関わっていらっしゃいます。その中のプロジェクトとして「産む」をテーマにしたプロジェクトを推進されているとか。今回「産む」に焦点を当てたのはなぜですか?
富樫 そもそも僕たちは、それぞれが事業を立ち上げたり活動を行う中で、一人ひとりが抱える小さな疑問や理想を、個々人の活動や社会のシステムにどうつなげていけるかを考えようということで「公共とデザイン」を創設しました。
今回、その実践のためにプロジェクトをやってみようとなり、アイディアを出し合っていると、それぞれが「産む/産まない」ということについて何かしらの“もやもや”を持っていることがわかったんです。これは、僕ら自身が30代になったばかりであるという背景も影響しているのかもしれません。
―「もやもや」ですか。
川地 例えば、僕には付き合って2年になる台湾人のパートナーがいます。結婚を前提に交際していますが、子どもを望むかどうかは二人の間で意見が分かれています。僕自身は子どもを持つことを強く望んでいて、一方、彼女は「絶対欲しいわけじゃない」という考えです。
日本において「外国人」である彼女にとっては、言葉の壁もあるし、仕事や経済的な心配もあるだろうし、出産する際の身体的負担は女性である彼女が被ることになるし……と負担が大きいのはわかります。
こうした背景や環境の違いは、ただ話し合いをするだけでは簡単に解決できることじゃない、という”もやもや”が僕にはありました。
石塚 私は女性なので、わかりやすく「産む性」であると言えます。ただ私はこの先も仕事を続けたいし、なかなか出産のタイミングが掴めないでいる。
だけど、周りの女友だちは、30歳前後での「結婚・妊娠・出産」が当たり前という子が多くて、「子どもはいつ頃?」と聞いてくることも。
そもそも、私は仕事が好きで、子育ては苦手な気もしていて……本当にこんな私に産み育てられるのか、不安もあるんです。でもなかなか正直な気持ちを言うことはできないんですよね。それが私の“もやもや”です。
富樫 僕自身は、2年前、29歳の時に結婚しました。妻は結婚前から「27歳で結婚して、30歳で一人目の子を産みたい」という明確なイメージを持っていました。
彼女は祖父母と両親、兄弟がいるような、いわゆる「サザエさん」のような構成の家庭で育っていて、そういう家庭のイメージが持ちやすかったのかもしれないなと思います。
一方、僕は片親で育った一人っ子で、結婚して子どもを持つことが当たり前と思えない部分もありました。
彼女とは将来についてたくさん話しますが、そもそも育った環境や持っている物語の違いも大きい中で、どう折り合いをつけるかは難しいものがあることに気づきました。こんなふうに僕ら3人の間だけでも、それぞれに切実な課題があるんです。
家族を持つことや、産むことに関しては、それぞれが育ってきた環境によっても抱くイメージが異なるのだと思います。
本音を友人と真剣に語り合える場所が少ない
―なるほど、そうした、メンバー皆さんの”もやもや”の中から、「産む」については社会的にいくつもある漠然としたイメージが付きまとい、対話をしようと思っても、個人の本音との間に差異があると気づかれたんですね。
富樫 はい、でもその前に、そもそも、「将来子どもを持ちたいのか、持ちたくないのか」といったことを真剣に友人たちと話せる機会なんて、今まで全然なかったということに気づいたんですよね。
それで、今回のプロジェクトでは、対話をしたりアートを使ったワークショップを開いたりしながら、「産む」ということについて考えようということになったんです。
川地 もっといえば、「産む」ということ以前に、高校や大学の友人たちと深い問題について話し合ったり、疑問を共有できたりする場がなかったんですよね。僕は以前フィンランドに留学していたのですが、フィンランドでは学生でも、生殖のことを始め、政治、環境問題についても話し合う場が普通にあったんです。
同世代の子たちと話した時も、「子どもを持つと趣味を楽しめないから子どもを作らない」という人が多かったり、他にも「気候変動を考えると危ういこの世の中に、子どもを産むのは無責任だ」という意見も出てきました。
そうした考え方には驚いたものの、友人同士の普段の会話にこうしたテーマがあがることは、いいことだと思いました。
富樫 日本だと、特に考え方の違う人と話す機会があまりないですよね。
昔付き合っていた人が、厳しい家庭環境で育った人でした。彼女は、「自分は子どもを産んでも絶対に幸せになれないから、産まない」とはっきり言っていました。
彼女に限らず、「この世の中で、こんな私が産んでも、子どもを不幸にしてしまうのでは」といった文脈で、産むことをためらう人の声を、僕は結構聞いたことがあります。
ただ、似た考えを持つ人同士では打ち明けられても、なかなかこういうセンシティブな話題をオープンにして、異なる考えを持つ人と意見を交わす機会はないですよね。
石塚 日本では、女性同士でも、「本当は産みたいかどうか、わからない」などという本音は言いづらいです。「子どもはいつか欲しいけど、まだかなぁ」なんてお茶を濁すことばかり。仕事が忙しいといえばある程度理解してくれる人もいるけれど、具体的な深い悩みを打ち明けられる友人は多くはないですね……。
固定観念を問い直すために必要なのは「対話」
―確かに、「産むか産まないか、産むならいつにするのか」などという個人的なことは、親しい間柄であっても、話しづらい話題かもしれませんね。おっしゃったように、それぞれの育ってきた環境もあるし、産みたくても産めない、という方もたくさんいらっしゃいますし。
川地 そうなんです。そこで、まず、僕たちも色々勉強しようと、プレコンセプションケア(Preconception care:将来の妊娠を考えながら、女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)の考え方を学んだり、「UMU」の記事もたくさん読んだりして、「生殖物語」という概念があるということも初めて知ったんです。
調べていくと、不妊治療をしているカップルは約5組に1組いる事実や、特別養子縁組でお子さんを育てている家族も増えているということもわかってきました。
こういうことを知らず僕自身が無意識かつ漠然と「30歳を過ぎて子どもを持ちたい」などと思っていたことの怖さや、パートナーとお互いに考えて話をする機会がなかったことへの違和感が生まれて。改めてイメージを問い直したいと思うようになりました。
―だからこそ、今回のプロジェクトで「産む」について話し合う機会を作ったんですね。
石塚 プロジェクト内でも、ワークショップを通じて何度も対話を試みました。
産むにまつわるさまざまな経験をしてきた当事者の方たちーー例えば、産まない選択をされた人、不妊治療を経験された方、特別養子縁組でお子さんを迎えられた方、第三者の配偶子の提供を受けた方など、それぞれの体験を聞かせてもらって、参加者と共に話し合う場を作りたいと思ったんです。
ただ、やはり、異なる立場の人や、考えが違う方と対話をするということは、なかなか簡単にはいかないものですね。対話をしたからといって、すぐにお互いの気持ちを理解し合えるというものでもない、ということを、ワークショップを開催したことで実感した部分もありました。
(取材・文/玉居子泰子、写真/本人提供、編集/青木 佑)
「20代後半で結婚して30代で子どもを持つのが、普通」そんな固定概念のような“家庭”のイメージが、セクシャリティやライフスタイルが多様化する社会においても、いまだに根強く残っています。
しかし、実情は、経済的なこと、パートナーとの関係性、仕事とのバランス、不妊の問題など、個人個人が向き合う課題は残ります。
そもそも、生殖にまつわる情報や経験談を得る機会が限られている中で、「産む」というテーマにどう向き合い、決断をすればいいのか。「公共とデザイン」の3人は、そんなそれぞれの“もやもや”をソーシャルイノベーションのためのプロジェクトに変えていこうとしています。
<後編>では、「産む」といった極個人的で繊細な事柄を対話していくことの難しさや、言葉を超えた表現を通じて、個人的な問いを”公共”の課題に変えていくことの可能性について、より深く聞いていきたいと思います。
\お知らせ/
一般社団法人公共とデザイン主催、「産む」をめぐる価値観や選択肢を問い直すプロジェクトから生まれたアートイベントが開催されます。
「産まみ(む)めも」展
会期 2023年3月18日-23日 12:00-20:00
会場 oz studio 渋谷東
詳細 publicanddesign.studio/umamimumemo
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