「もっと主体的に“産む”を考えようよ」ー 卵子凍結をオススメしない卵子凍結保存バンクを経営する、生殖工学博士・香川則子さんが伝えたいこと。

「私は、仕事に生涯をかけよう」、「自由に生きることが私らしい生き方だ」、「無理に結婚をする必要はない。独身を貫こう」― 働き方や考え方が多様化してきた今の時代、「自分らしい生き方」のひとつとして、結婚して子どもを産むという選択を取らない女性が、増えつつあります。しかし、その一方で、「子どもがほしいけど、パートナーとタイミングが合わない」、「仕事を頑張っているうちに、出産適齢期を過ぎてしまった」、「そもそもパートナーができない」など『産みたいけれど、産めない』と、悩む女性も多く、現在カップルの5.5組に1組が不妊で苦しんでいる、と言われています。一人ひとりが、もっと自分らしい生き方や産むことを選択できるようになるには、どうすればいいのでしょうか。不妊治療をする女性や、未婚女性の卵子凍結保存をサポートし、女性の人生創りを複合的に支援するプリンセスバンク株式会社を2015年に立ち上げた生殖工学博士・香川則子さんに、「卵子凍結保存」という選択肢について、お話を伺いました。

香川則子 / Noriko Kagawa 京都大学で博士号を取得、世界最大の不妊治療専門施設の付属研究所で主任研究員として7年間の生殖補助医療の研究キャリアを積む。卵子、卵子組織の凍結保存技術開発や臓器移植技術開発など不妊症患者やがん患者を救う数々の世界初の研究成果を生み出しながら臨床応用を実現。研究者、教育者として大学にも席を置きつつ、後輩研究者の育成と共に「がん患者の卵巣保存プロジェクト」など国内外の臨床研究にも積極的に参加。哺乳類の生殖補助技術開発研究17年のキャリアと国内外の共同研究先との世界最高基準の科学と医療ネットワークを活かし、女性の人生創りを複合的にサポートすることを目指す。プリンセスバンク株式会社代表。

 


   研究で終わらせず、必要としている人に“きちんと”届けたい

― 「プリンセスバンク」をはじめとした活動をされようと思った経緯をお聞かせいただけますか?

私は大学時代から、ヒトをはじめとするいろんな生物の生殖に興味を持ち、卵子を保存し、受精させたり、培養したりする、生殖学とか繁殖工学と呼ばれる研究をしてきました。

卵子という1個の細胞が、60兆個に分裂して生き物になる。すべての命の源である卵子を見ているだけで愛おしい気持ちになるんです。だから、研究のために部屋にこもって、卵を観て実験するというだけでも、楽しく、やりがいもありました。

でも、そうやってできた研究成果を「世界初の技術を開発しました」と、学会で発表して終わりにしていたら、必要な人にその技術を届けることはできないのではないか、と思ったんです。

― どういうことでしょうか?

例えば、卵子凍結の技術にしても、こんな技術があるよといくら伝えたところで、その人自身がいつ子どもを産みたいのか、何人ほしいのかという妊娠プランや家族プランを考えていなかったり、月経や妊娠に関する正しい知識がなかったりすると、そもそもその技術がその人にとって必要なものか、判断できないですよね。

実際、「いつがあなたにとって、妊娠しやすいタイミングかわかりますか?」と聞くと分からないと答える人がかなりいます。28日の月経周期の方が日本人には多いので、月経から14日目っていうのが排卵日だって教科書には書いてあるんですよね。でも30日周期の人とか35日周期の人がそうかというと、そうじゃないんですよ。

ではいつなのかというと、周期的に月経が来てる人は、次の月経の予想日から数えて14日前なんです。そして、きっかりその日というよりは、その前後に排卵をしているという感覚でピンポイントではないので、そのあたり前後3日ぐらい、つまり1週間くらいの幅がそのタイミングと、言われているんです。

2012年にNHKで放送された「産みたいのに産めない〜卵子老化の衝撃〜」によって、現在、日本における不妊の主な原因が、晩婚化・高齢出産増加による「卵子の老化」だということが認知されました。それで、20年ほど前からあった「未受精卵子の凍結保存」という技術も少しずつ注目を集めるようになりました。

ただ卵子凍結保存はあくまでもなるべく若い状態の卵子を保存しておくことに過ぎません。この技術があるからといって、何歳でも、誰でも、子どもが産めるということではないんです。つまりある種の予防医療でしかないのに、そこに期待を抱き過ぎて、後々辛い思いをする人もいます。

「今のあなたに何ができて、何ができないのか。」

これはこういう技術で、こういう方たちの役に立ちますとか、その他、似たような治療を受けるならこんなアプローチがありますとか、このくらいコストがかかってこれくらいリスクがありますよ、こういうメリットがありますよというのを、情報を必要としている個人へきちんと届けるまでが、研究者の責任なのではないかと思ったんです。

 

  「知らなかった」ではなく、もっと主体的に「産む」を考える

― 私は今、28歳で未婚なのですが、恥ずかしながら、香川さんのお話を聞いて、私自身が漠然と「私は将来結婚し、妊娠、出産できるのだろうか」という不安を抱きながらも、妊娠や出産に関する正しい知識をきちんとは持てていない一人だと感じました。

年を重ね「私、いつまで産めるんだろう?」と不安になった時、「そういえば、ちゃんと知らなかった」と気付く方、とても多いと思います。

実際、20代という若さで卵子保存の相談に来る方は、もともと月経不順や、バセドウ病(*注1)、橋本病(*注2)などの内分泌系の病気といった健康不安があり、「私は子どもを産めるのか」ということを、自分の人生のテーマのひとつに置いている方たちがほとんどで。

弊社に卵子凍結を希望されていらっしゃるクライアントの方たちは30〜40代の方が圧倒的に多く、平均年齢は37歳です。その年齢に至るまで、ご自身のウミドキと向き合えなかった女性たちです。

でも、体外受精での妊娠率(自然妊娠は気付かずに流産している場合があるため統計がとれない)は、25歳で27.7%あったものが、30歳では18.2%、40歳では13.6%、45歳ではさらに2.2%まで下がります(*注3) また、例え妊娠できても、30歳~34歳の自然流産率が10%程度に対し、40歳以上は41%程度といわれている。つまり、統計的には40歳で卵子を10個採卵できた場合1度妊娠できますが、そこから10人中4人が流産するというわけです。

体外受精は確率論なんです。数字は噓をつきません。

だからこそ私は、義務教育の中で性教育をもっとしっかりするべきだと思うし、「大人になって性行為をすれば、誰でも子どもが産めるよ」ではなくて、「35歳以降は女性にも男性にも生物として、平等に年齢的な生殖の限界(精子と卵子の老化による不妊)がくるよ」ということや、「がんの治療によって赤ちゃんができなくなることもあるよ」ということなどを、小学生、中高生、その年齢に応じて分かる言葉で伝え、不妊教育をしていくことも、とても大事だと考えています。

女性の社会進出が進み、多くの女性が、20代はまずきちんと就職して、キャリアをどう積んでいくのかというキャリアプランに目を向けるようになってきました。

それは決して悪いことではないですが、そういう時期にこそ、将来どんなタイミングでどんな家族を築いていきたいのか、または築かないのかという家族プラン、ライフプランを考える必要があると思うんです。共働き世帯が半分以上の今、健康な状態で働きながら、さらに妊娠・出産のタイミングを自分のキャリアに合わせて考え、実行していくのは、容易なことではありませんから。

しかし、そんな社会課題や現状があるにも関わらず、「産みたい、産みたい」と言いながらも、何も備えていない女性たちにも、私は正直たくさん出会ってきました。

知らなかった、そもそも誰も教えてくれなかったことで、辛い思いをする人をこれ以上増やしたくない、と心から思います。

私は、「もっと主体的に“産む”を考えようよ」って、言いたいです。

(*注1) バセドゥ病:甲状腺ホルモンが過剰に作られる状態である甲状腺機能亢進症を起こす代表的な病気
(*注2) 橋本病:甲状腺に慢性の炎症が起きている病気であり、慢性甲状腺炎ともいう
(*注3) 書籍「私、いつまで産めますか?卵子のプロと考えるウミドキと冷凍保存」P71

 

  卵子凍結という技術

― 卵子凍結保存について、もう少し詳しく教えていただけますか。

先天的なものを除くと、そもそも不妊は2種類あります。

ひとつは、仕事やパートナーの都合で産む準備が整わないまま、卵子と共に年を重ねていき子どもを産みづらくなる「社会性不妊」。そしてもうひとつが、「医原性不妊」です。20〜30代で好発する女性特有のがんの治療によって妊娠する能力が低下する、といったものがそれにあたります。

このような「社会性不妊」や「医原性不妊」を回避・予防するために、出来る限り若く、流産しにくい卵子を体外に取り出して“凍結保存する”のが、「卵子凍結保存」です。

体外受精を“途中までひとりで済ませておくこと”だと考えてもらえると、分かりやすいかもしれませんね。

実施するクリニックによって、細かいところに違いはあるかと思いますが、卵子凍結保存をする場合は、このような流れで行ないます。

1.適性検査(カウンセリング)

2.提携先婦人科受診・検査

3.卵巣刺激開始

4.提携先婦人科にて採卵及び卵子凍結

5.弊社バンクにて卵子保管(1年ごとに更新)

将来、凍結した卵子を使用する場合は不妊治療施設へ卵子を輸送し、顕微授精を行うことになります。

カウンセリングを受けるまで、卵子凍結は簡単にできるものだと思っている方もいるのですが、卵子凍結は歴とした医療行為です。時間もお金もかかりますし、リスクだってあります。

それなのに、あまりにも漠然とした状態で、卵子の老化不安だけで相談に来られる方も多く、自分自身の悩みの本質やもやもやの本質がどこにあるのかということに、気付かれていない方もいらっしゃいます。

だからこそ、なぜ子どもがほしいのか、どのくらいほしいのか、仕事やパートナーの有無、それについてどう考えているかなどをヒアリングし、身体的にも精神的にも卵子凍結に向いているのか、まずはしっかり適性検査を行います。

 

  卵子凍結を必ずしもオススメしない理由

― 全ての女性に卵子凍結や体外受精をしてほしいというより、主体的に“産む”ことを考えた時のひとつの選択肢として持っていてほしい、ということなのでしょうか? 

そうですね。先ほども言いましたが、卵子凍結保存は、あくまでも予防医療です。「何もしないうちに卵子がどんどん老化していってしまうのではないか」、「わたしはもう産めないのではないか」という不安に対する保険のようなものだと捉えてもらえるといいかと思います。実際、卵子凍結をした人でも、その後、凍結した卵子を戻さずに、自然妊娠をしたという人も多く、第2子の妊活用に備える方も少なくありません。

そしてもし、卵子凍結するならば、その前には必ず、現年齢だとどのくらいの妊娠率が見込めるかなどの現状を正しく知った上で、自分たちでゴールを決めて開始できるように、サポートしています。「こんなはずじゃなかった」、という経験にしては、時間的・身体的・精神的・経済的リスクが大きすぎるので。

残念ながら、全ての方が体外受精に向いているわけではないので、体外受精をしても授からないこともあるんです。「だったらしなきゃよかった…」ということもあり、とても悲しいことですが、治療を機に離婚してしまうカップルだっています。

だから、残酷だと思われるかもしれませんが、チャレンジすると決めた方たちには、「体外受精で妊娠する方は、5回の治療の中で出産までいくので、統計的に6回目以降にチャレンジする意味はありません」、「タイミング療法は、体外受精の前のステップって言われているけど、特に40代の場合は回数をたくさん重ねれば、その方が体外受精よりも確率が高いし、費用もほとんどかからないので、治療を辛く感じたらいつでも自然妊娠にシフトしてくださいね」ということも伝えます。それを理解するまでには時間がかかるでしょうけど。

― どういうことですか?

以前、アラフォーの女性300人に「どういう方法で妊娠しましたか」というアンケートが実施され、6割が自然妊娠、3割が不妊治療で、1割がタイミング療法という回答結果だったんです。つまり、自然妊娠の方が不妊治療よりも妊娠する確率が高いということです。

それに費用だって、体外受精は1回に約70万円かかるのに対して、自然妊娠はタダですよ。もし仮に、気分を変えて取り組む為に、温泉に行ったとしても、70万円はかかりません。だから、1回のチャレンジに対するコストパフォーマンスも、妊娠率も、自然妊娠のほうが高いわけです。

体外受精は大金もかかってくるし、女性は心身ともに痛い思いをしているっていうハードさが、「こんなに頑張っているんだからどうにか報われるはず」という思いにつながってしまう。そしてヤメドキを見極められなくなるということが、起こりやすいものでもあるので。だからこそ、事実やデータをしっかり伝えることが重要だと思っています。

 

  新しい「家族のカタチ」のひとつに

― 香川さんご自身も、卵子凍結保存されているんですか?

34歳までに3回行なって、40個くらい採卵して保存していますよ。ただ幸いにも、37歳と39歳の時に自然妊娠で2人の子どもを産めたため、保存している凍結卵子を海外のがんサバイバーへ無償で提供した経験もあります。

― そんな活用の仕方もあるんですね。

はい。海外では一般的な不妊治療法のひとつとして、不妊治療に使用されなかった余剰の受精卵や卵子、精子などを、不妊患者間のドネーション「エッグシェアリング(卵子)」「エンブリオシェアリング(受精卵)」に利用しています。

しかし残念なことに、日本ではそのような活用の仕方は認められておらず、当然、法整備もされていません。体外受精施設で凍結保管されている受精卵や卵子、精子を、保管していた本人が使用しなかった場合は、基本的に全て廃棄処分されるという現状があります。(*注4)

でも、もしそういう活用の仕方が日本でも出来るようになれば、どこかで産みたいけど産めないという思いでいる誰かに、出産できる未来がやってくるかもしれない。

今後、養子縁組や里親制度に加え、日本でも”お腹の中からの養子縁組”として「エッグシェアリング」や「エンブリオシェアリング」が新しい家族のカタチとして普及してほしいと思っています。

(*注4)一部、手順を踏んで研究用などで研究機関に寄付されるケースがある

 

  人は、幸せになるために生まれてくる

― 産むことで悩んでいる女性に何かメッセージがあればお願いします。

もしあなたが、今、本能的に産むことに興味が出てきたり、産みたいと思っていたとしたら、それがあなたにとっての「ウミドキ」です。

だから、この人の子どもを産んでみたいと思う人がいれば、とりあえずその人との子どもをひとり作ることをシミュレーションしてみてほしいなと思います。あまり貯金がないからとか、まだ早いんじゃないかとかで、考えるのをやめてしまうのはもったいないです。出産してみたら私はどうなるだろうということを、まずは想像してみてください。

そして、私は「エア妊活」と呼んでいるのですが、もし実際に妊娠を試みるという行動に移らなかったり、そのタイミングにパートナーがいなかったりしても、まずはひとりでできる妊活を始めてみることをオススメします。

例えば、体外受精の対象となる可能性について卵管は潰れてないか、排卵はちゃんとしているかということや、卵巣機能を測る血液検査をしてみたり、妊娠初期に必要な葉酸サプリメントを飲み始めたり、風疹や子宮頸がんワクチンの接種などはひとりでもすぐにできます。他にも、妊娠をしたら薬を飲めなくなるので、日々の健康維持を薬に頼りすぎないこと、ストレスを溜めないことなども、立派なエア妊活のひとつとして、今からすぐにできることです。

でもここでお伝えしておきたいのは、万人が努力してそれが報われるというのが、「産むこと」の本質ではない、ということです。

なぜだかは分からないけど、産めちゃう人がいて、でも産めない人もいる。それは確率論であって、誰かの努力で決まるというものでは、決してありません。子どもがいる人生=幸せ、子どもがいないこと=不幸、でも決してありません。

だから、もしあなたが年齢や病気の防げる部分は防いで、主体的に“産む”を考えて自分で選択をしていってみた結果、それでも授からなかったとしたら、その時は、「私は養子を迎えるのかな」、「里親っていう人生なのかしら」、もしくは「子どもを持たない人生もありかしら」といったことも、あなたの生き方の選択肢にいれてみてほしいです。

人は何のために生まれてくるのかというと、幸せになるために生まれてくるのだと、私は思います。そこは絶対に揺るがないことだと信じていて。

だからこそ、私はこれからも、女性たちが「こういう未来はどうだろう?」ということを想像して、技術や知識で選択する材料を提供しつつ、自分で考えて選択していく手助けをし続けていきたい、と思っています。

取材・文 / 三輪 ひかり、写真 / 内田 英恵