生理や排卵時期などに合わせて検査や治療のスケジュールが組まれる不妊治療は、働く女性にとって「仕事との両立」が大きな課題の一つであることはよく知られています。ただ、一口に課題といっても、地方と都心では治療施設の数一つとっても状況が異なり、抱える悩みは一律ではありません。
秋田県にあるNPO法人フォレシアの代表・佐藤高輝さんは、「施設数の少なさゆえに通院時間が長い」という地方特有の悩みに注目し、地方にいても不妊治療と仕事が両立できる社会の実現を目指し、動き出しています。秋田県発の先行事例が、不妊治療の地域格差解消のカギとなるか、期待が高まります。
佐藤 高輝 / Koki Sato NPO法人フォレシア代表理事
2013年造園会社を設立、同時に不妊治療を開始。2017年、自身の不妊治療経験から、不妊治療と仕事の両立を支援する当法人を設立。2020年、造園会社を仲間に委ね、自身は当法人での本格運営を開始。主に企業向けに福利厚生の一環として、不妊治療の相談窓口を提供。現在、全国の企業の実態調査を行うクラウドファンディングを実施中(2021/6/30まで)。子どもを望むすべての方が、納得できる選択がとれる社会を目指す。
通院時間に要する時間的ロスこそ、地方最大の悩み
ー 不妊治療施設の多くが大都市に多く偏在しているだけに、地方在住の方にとって、自分に合った施設が選択できるか以前に、まずは通えるかどうかが大きな課題です。これまで、不妊治療にまつわる地方特有の課題がクローズアップされることはあまりなかったと思いますが、改めて、佐藤さんが感じている地方ならではの悩みについて、お聞かせください。
まず、地方と都心で圧倒的に違うのが、助成金が受けられる認定病院の数です。東京都では2021年時点で100件あるのに対し、私が活動拠点を置いている秋田県では3件しかなく、うち2つが秋田市の同じ町内にあります。
つまり秋田県民の多くの方が、助成金を使って不妊治療をするとなると秋田市まで通うしかなく、他市から通院する場合、車で1時間半~2時間かけて移動せざるを得ません。
都心で働く女性が不妊治療に通う場合、朝一で病院に行って、午後に出社するのが可能なこともありますよね。でも地方では、移動時間を考えると、丸1日休まないと受診が難しい。なんとか半休でと思っても、午前中に仕事をして午後抜けるという形でないと、診療の待ち時間を考えると、午前中に受診してしまっては午後の仕事に到底間に合いません。
ー 単純に通院時間に伴う時間的なロスは、地方在住の方のほうが圧倒的に大きいですね。通院によって仕事も丸一日休まざるを得ないとなると、より会社の理解や、同僚によるフォローが前提にないと厳しいですね。
はい。会社の理解がなければ、1か月に1回しかない採卵のチャンスを、仕事で諦めざるをえない。
都心のクリニックは「混雑していて待ち時間が長い」というネックがありますが、これは地方も同じで、施設数が少ないので人が集中し、それなりに待ち時間もかかります。加えて通院時間もかかるとなると、やはり両立のハードルは非常に高いです。
ー 施設数が限られていることへの選択肢の少なさや、都心と地方の技術格差についてはどのようにお感じですか?
まず、単純に生殖医療の専門医が圧倒的に少ないです。先ほど「秋田県では3つしか認定病院がない」とお伝えしましたが、そのうち生殖医療の専門医と胚培養士が在籍し、実質的に機能しているのは、2施設だけです。そもそも秋田県全体で生殖医療専門医は7名ほどしかおらず、施設数も限られているため、治療方針が合うところを選びたくても、そもそも選択肢がありません。
ですから、大切だと思っていることは選択肢を増やすだけでなく、選択肢が限られているからこそ「適切な知識と手段でフォローが出来るしくみを、社会に実装すること」だと思っています。
とはいえ、より高度な技術を求め、他県の著名な不妊治療クリニックに通う方も実際にいらっしゃいますので、そういった方がどれほどの割合でいらっしゃるか、今データを取って実態調査を行っている最中です。
自分自身が不妊治療当事者だったことが、原点
ー 現在、佐藤さんは、不妊治療と仕事の両立サポートが整った企業風土の形成に向け、秋田県を拠点にご活動されていらっしゃいます。詳しいご活動内容は追ってお伺いさせていだくとして、現在の活動の原動力として、佐藤さんご自身が不妊治療の当事者だったことが大きいと伺っています。当時の経緯をお話いただけますか?
はい。妻とは小学校からの同級生で、24歳で結婚しました。お互い子どもが欲しいと思っていたのですがなかなか妊娠に至らず、27歳になって不妊治療の病院を受診しました。そこで初めて精液検査を受けたところ「このままだと自然妊娠は難しい」と言われて。結果を聞いたときは、頭の中が真っ白になりました。えっ、そんなこともあるんだなって。
妻は保育士で子どもが大好きだったので、家庭に子どもがいない状況はどちらも考えられませんでした。だから、現実をつきつけられたときはとても驚き、ショックで、そこから不妊治療について真剣に勉強しはじめました。
結局、タイミング法や人工授精では結果が出ず、体外受精にステップアップしたところ1回目で妊娠しました。しかし、この時は22週で死産になってしまったんです。産声をあげない赤ちゃんを分娩室で産まなくてはならない辛さ、忘れられません。
その後は旅行に行くなどして、夫婦二人の時間を大切に過ごしました。そうして時間を置いてお互いの気持ちを確認したところ、もう1回納得できるまでやってみようとなり、また不妊治療を再開。2016年に、体外受精で第一子が誕生しました。
ー そうでしたか。ご夫婦でお辛い経験を乗り越えられてきたのですね。実際に不妊治療されている間は、やはり奥様も仕事との兼ね合いが難しかったのでしょうか?
幸い、うちから不妊治療施設には車で15分くらいでしたので、距離的な問題はありませんでした。ですが、不妊治療はホルモン値など、女性の身体のタイミングに合わせて通院しなくてはいけませんよね。
それが分かっていても、どうしても妻の仕事上、ぱっと抜けるわけにはいかない。何回か貴重なチャンスを見送らなくてはならないこともあって、不妊治療と仕事の両立がいかに大変かを痛感しました。
当時の私は建設関係の事業を経営していたのですが、そんな妻を近くで見ているうち、せっかく自分の時間を使うなら、社会問題の解決のため、つまり不妊治療の当事者の方の苦しみに寄り添い、ケアやサポートを行うために使いたいと次第に思うようになりました。そこから、2017年1月にNPO法人フォレシアを開業したんです。
ー なるほど。現在、フォレシアでは企業経営者や管理職などに向けた不妊治療研修や、提携企業の社員に向けたLINEによる不妊相談サービス、不妊治療に理解がある企業と求職者を無料でつなぐ就活サイトの運営など、まさに治療と仕事の両立支援に向けたサービスをご提供されています。立ち上げ当初から、こうした構想はあったのでしょうか。
仕事と不妊治療の両立のサポートという構想は最初からありましたが、まずは当事者の声を聞きたいと思い、無料の電話相談からはじめました。ホームページに連絡先を載せたところ、最初の1年間で10人ぐらいの相談がありました。
どの方も仕事との両立に悩んでいらっしゃいましたが、結局、私と当事者の間で悩みを共有しても、私が企業と直接話すわけではないので解決には至らなかったんですね。
だったら、企業側からも変えていかないといけない。企業の中で話せる雰囲気、気兼ねなく休める雰囲気を作らなくてはいけないということで、現在のように企業側に直接アプローチしていく方向に狙いを定めていきました。
ー ちなみに、不妊にまつわる事業をしていくうえで、ご自身が男性であることに難しさやデメリットを感じたことはありますか?
電話相談を始めた頃は、「なんで男性がやっているの?」と言われることはありました。なぜ男性が不妊治療の支援に関わっているのか、とか。
活動をはじめた4年前はまだ、不妊治療=女性が受ける医療という固定概念がありましたし、地方の特性でしょうか、余計に不妊治療は女性の領域というイメージが強いと感じたものです。でも、そう聞かれたときは、単純に「自分も経験者です」と言っていました。自分自身辛い思いをして、その経験があるので今こうして活動していますと。
現在は企業向けに活動していることもあり、まだまだ経営者や管理職は男性が多いので、そういう点では話しやすいです。不妊治療は男女でやるもの、という認識がだいぶ広まってきたおかげもあり、今は周囲からの違和感はまったくないですね。
「今やらなければならない理由がない」を、覆したい
ー 今まさに県内の企業を中心に、経営者や管理職の方々に不妊治療の研修をされていらっしゃいますが、反応はいかがですか?
企業側は、「不妊治療による離職者が多い」という現状をほとんど把握してないんですね。そもそも、不妊治療はじめ人工授精、体外受精の詳細は聞いたことがない、という状況です。
先日も、秋田商工会に加盟する大手25社のトップの方々に来ていただき研修を行ったんですが、最後のアンケート調査をみても、ほとんどの企業が不妊治療の詳細を初めて知ったようでした。不妊治療がどういうものか分からなければ、治療との両立が大変で、決して少なくない方が仕事を辞めていっているという事実も、知りようがないんですね。
それに、これだけ「両立が大変だから企業側のサポートが必要」、ということをお伝えしても、サポートがあればいいのはご理解いただけるのですが、じゃあ実際に取り組むかというと、そこで止まってしまう。「あればいいのは分かるけど、今やらなければいけない理由がまだない」というのが、企業側の本音ではないかと感じています。
ー まずは、その課題感を企業に持ってもらう働きかけが大事、ということですね。当事者としても不妊治療をしていることは言いにくいことですから、当事者側から社内で支援を訴えることもなかなか難しいですよね。
はい。そこで、企業側には、課題感を持ってもらう根拠になるデータが欲しいと思っていて、まさに今、秋田県庁にお願いして、約3300人の全職員を対象にアンケートを実施しているところです。秋田県に、「不妊治療領域の課題を地域医療の連携で解決する」という私の提言が採択され、県と共同事業をしているので、その一端として県庁へのアンケートが可能になったんです。
県庁では、不妊治療支援制度を考える上での先行例として「妊娠後の休暇制度」があるのですが、実際に職員がその制度を使えているのか、いないのか、また、不妊治療を経験したことがあるかや、今後検討予定かなども細かくデータを取るので、実態が浮き上がってくると思っています。
また今後同様のアンケートを、全国の自治体、企業でも実施していこうと計画中です。特に地方における不妊治療の通院の可否、業種による休みづらさなど、業種×地域×両立の度合いを重点的に知りたいと思っています。まずは秋田県庁からはじめ、次は岩手や仙台など、東北地方の横の繋がりで広めていく予定です。
課題解決のカギとなる「病診連携のシステム」構築へ
ー 実際に働きながら不妊治療をしている人の数やニーズが浮かび上がってくれば、何がサポートとして必要か具体的なイメージを持ってもらえますね。ところで、秋田県全体で見た場合、不妊治療をしている患者さんの数はどのぐらいいらっしゃるのでしょう?また、都心の患者さんと比べ、患者さんの特徴に違いがあるとお感じですか?
県に助成金を申請している数でいうと、年間800組ほどです。不妊治療を検討中の方や、体外受精の前段階にいらっしゃる方を含めると、今後もっと増えていくと考えています。特徴で言うと、治療を受ける方の年齢層は少し若いかもしれません。
実は秋田県は不妊治療の助成金制度が充実していて、通常は1子につき1回30万円の助成が6回まで受けられるところ、さらに3回多い9回まで助成金が受け取れるんです。また、自己負担額があった場合に上乗せで全額支給するという市も、秋田県では多いです。体外受精の費用も都心ほどは高くないため、お金がないから不妊治療が受けられないという悩みは、あまり浮かび上がってこないんですね。
あとは、キャリアがひと段落するまでは産めないというしばりが、都心よりも強くない印象も受けます。結婚したら退職する人もまだ多いです。
一方で、子どもを持つことについては、地方特有の強いプレッシャーがあるのも事実です。そのプレッシャー故、不妊治療をしていることを社内で簡単には打ち明けられないムードも、まだまだあります。あの人まだできないんだ、いつできるのかしら、って思われてしまうのが嫌だと。
ー 周りからの強いプレッシャーに加え、不妊治療患者はマイノリティで特殊な医療というイメージもまだ地方は根強いでしょうから、そういう点も、地方と都心の不妊治療患者が抱える悩みの違いとして考えられますね。ただ、意地悪な質問かもしれませんが、単純に800組と聞くと、それほど不妊治療施設の数もいらないし、両立で悩んでいる女性も思っているより多くないのではと、企業側から軽く考えられてしまうことはありませんか?
確かに人数的にはそうかもしれませんが、私としては人口と病院数の比の話ではなく、「面積あたりの病院の数」を比較することが大切だと思っています。先ほどお伝えしたように、地方では距離的に通えない、仕事と両立できないという人がとても多いんですね。
そんな地域において私たちが非常に大事にしているのが、「子どもを望むすべての人が、納得できる選択肢をたくさん持ってほしい。その選択肢がないなら、自分たちで作りたい」ということです。不妊治療のために仕事を辞めなくてはならない、そういう選択肢しかないのであれば、両立できる選択肢を作りたい。
そのために今まさに、東京を拠点に活動をしているvivola株式会社さんと一緒に試みているのが、地域における医療機関の横の連携事業です。近隣の医療機関でも可能な検査や治療であれば、遠くの不妊治療施設に毎回通わなくても、そこで受けられるようなシステムを構築したいと考えています。
ー なるほど。施設間連携は、患者情報の漏洩防止や不妊治療に対する他科の先生方の理解など、ハード面でもソフト面でもハードルは高そうですが、実現すれば、通院時間が大きなネックとなっている地方の患者さんにとっては、理想的なことです。
はい。秋田県は不妊治療患者がまだまだ少ない分、だからこそ実証実験がしやすい環境でもあると思っています。実際、私が県に提案した病診連携に関する研究事業が採択され、関心の高い計画と評価されています。
おっしゃるように、産婦人科医と生殖医療医の不妊治療への意識の差はとても大きいと感じますし、医師会の理解も得なくてはなりません。
そうした課題を一つひとつクリアしながらですが、採算的にも十分合うということが判り、この病診連携のシステムが整備されていけば、地方在住でも移住をしても、子どもを産みたいと願う方にとって、適切な医療が届くのではないかと思っています。
「フォレシアの存在意義がなくなる未来」を作りたい
ー 地域での不妊治療の課題解決方法として病診連携が進み、秋田モデルとして先駆的な成功事例となれば、他の地方でも取り入れたいとなるでしょうね。いろいろなアイディアをお持ちですが、ちなみにこうした佐藤さんのお取組みに対し、一番身近にいらっしゃる奥様はどのようにお感じなのでしょう?
私が建設関係の事業を立ち上げたときも、今回のNPO法人を立ち上げたときも、妻からの反対は一切ありませんでした。有難いことに2歳と5歳の二人の子どもに恵まれましたが、「この子たちが大きくなったときに同じ課題を残したくない」という気持ちもあり、この点も妻と共有しています。
夫婦で気持ちが同じ方向を向いているからこそ、多くの課題に立ち向かっていけるのかもしれませんね。小学校からの同級生とあって、一度考えたら動かずにはいられない私の性格をよく知っていますしね。
ー 素晴らしいですね。きっと、佐藤さんのご活動が自分たちだけのためじゃなく、多くの人のためになることが分かっているからこそ、奥様も応援してくださるのでしょうね。それでは、最後に、フォレシアの今後の展望についてお聞かせください。
「フォレシア」というネーミングは、森を意味する「フォレスト」と、「シアワセ」を掛け合わせた造語です。
森ができるのが100年かかるように、不妊治療と仕事の両立に関して、すべての企業が当たり前のように不妊治療をサポートしている未来の実現が、いつになるのか分かりません。自分が生きている間に解決できないかもしれない。でもだからこそ「最初の1本の木を植えていくような団体、組織になろう」と思い、名づけました。
アンケート調査などからニーズを浮き上がらせ、企業側に不妊治療のサポートを動機付ける働きかけはもちろん、同時に大学にもアプローチし、今後プレコンセプションケア(「妊娠前の健康管理」を指し、将来の妊娠に備え、若年男女が健康状態をより良くしていくこと)の知識をもった学生たちが、どういう目線で就職先を選ぶかなども明らかにしていく。
こうした活動を通し、「不妊治療と仕事の両立制度を整備しなくては」という社会的気運を、自分たちが作っていきたいと思っています。
そして将来的に、それが企業の当たり前となって、最終的にはフォレシアという組織の存在意義がなくなる――そうなることが、私たちの究極の目標です。
取材・文 / 内田 朋子、写真 / 本人提供
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