ドイツ・ベルリン在住で、「夫婦間コミュニケーション・コーチ」として活躍中の木村グロースようこさん。<前編>では再婚後に経験した二度の流産を通し、夫婦それぞれの悲しみとの向き合い方や、変化した二人の関係性について語っていただきました。
婦人科クリニックでの検査結果を受け、「不妊治療はしない」と二人で決断。現在、このまま子どもをもつことは叶わないかもしれない、というステージにいます。揺れ動く気持ちを語ることは決して簡単ではない今、なぜ話そうと思ったのか。この<後編>で、まっすぐにその胸のうちを話してくださいました。
木村グロース暢子/Yoko Kimura-Gross 夫婦間コミュニケーション・コーチ。1978年 鳥取県生まれ。大学でのロシア語専攻を生かし、ロシアでの日本語教育、帰国後は外資系企業で貿易業務、通訳翻訳にたずさわる。2011年の東日本大震災をきっかけに、ドイツ人の夫の故郷ベルリンに、ドイツ語力ゼロで移住。地元企業で働きながらベルリンでコーチング資格を取得。2021年から、国際結婚でコミュニケーションにつまずく女性、海外暮らしで自信を喪失している女性をサポートするため、コーチング活動を開始。
自身の長年の不妊、二度の流産、国際離婚&再婚、海外暮らしでのアイデンティティ危機、「不妊治療をしない選択」などの経験を経て、音声メディア「Stand FM」にて「今日の1℃を動かすチャンネル」も始動。悩みに向き合う一人の女性として、そして自分と同じような試練に足取りが止まってしまった女性の支えになれればと、聴く人の心に声で寄り添う番組を届けている。UMUコミュニティのメンバー。
コーチングは「人生の作戦会議」
自分自身のコミュニケーション能力を信じる
―それまでの長年の紆余曲折があり、いざ婦人科クリニックでの検査結果を受け止めて決断を下すことは、お二人の中で様々な葛藤があったことと想像します。後ほどまたその時のお気持ちと、現在のお気持ちを伺いたいと思いますが、ここからは、ようこさんが様々な経験の渦中に本業のお仕事とされた、「夫婦間コミュニケーション・コーチ」について聞かせてください。
私自身が初めてコーチングというものを受けたのは、最初の結婚生活に悩んでいた時です。
その時「あなたはどうしたいんですか?」と聞かれました。それまで「私」はどうしたいのか、ということについて真剣に考えたことがなかったことに気づいたんです。ずっと、夫のため、二人の生活のため、といった自分以外のことを中心に物事を考えていました。
だからその時にもらった「私はどうしたのか」という問いは、大きな衝撃と変化を私にもたらしたんです。そこからコーチングの力に感銘を受け、私自身がコーチングを習得するコースを受けました。
そこで学んだことは、「自分自身のコミュニケーション能力を信じる」ということです。つまり、人と対話する時に相手の話を真剣に聞いていると、聞きたいことはおのずと生まれてくる、ということ。言い換えればそれは、相手を信じることでもあるんです。
真剣に聞いて、自分の中に生まれた質問を投げて、そして相手もそれを受け止める。相手を信じ自分も信じると、コミュニケーションは深まる、ということを学びました。
コーチングって、人生の作戦会議のようだと最近実感しています。その会議をすることで、自分は本当はどうしたいかに気づき、気づいたらそれを優先する行動を取れるようになる。そんな変化を起こしていくきっかけが、私にとってのコーチングだと感じています。
対話を重ね続けることで、自分の感情を言語化できるようになる
―対話の中から生まれる化学反応を信じる、ということですね。ようこさんは特にパートナーシップを専門にコーチングされていらっしゃるので伺いたいのですが、相手との価値観の違いや意見の相違は、どう折り合いをつけていけば良いとお考えでしょうか。
具体的な例でいえば、自分は不妊治療を続けたいが、パートナーは治療に見切りをつけ別の選択肢を検討したい、というようなケース。あるいはそもそも子どもを持つ・持たないで意見が割れるときなど。ライフイベントの重要なシーンは、二人の関係性に大きな課題をつきつけてくることがあるかと思いますが。
自分と相手は別の人間で、価値観も違えば異なる意見を持ったり、主張をしたりするものです。でも、相違の深層にふれる対話を重ねることで、その解決の糸口が見えてくるはずと私は考えているんです。
どういうことかというと、「こう思っていると思う」「こう考えているはず」といったように、相手に確認をしないまま思い込んだり、先読みしたりしないことが、まずはポイントになると自身の経験上も感じています。自分でも自分の感情をいつも100%わかっているわけではないですよね。
そしてその感情を必死で説明する時にも、その説明の言葉の奥には、もっとたくさんの感情や理由や希望などがあるはず。それらを全部1から10まで伝えることや理解してもらうことが無理だとしても、可能な限り話をすることは大切だと思います。
相手に質問を投げかけて答えが返ってくる、そしてまたこちらもそれに対して返す、というやりとりを繰り返す中で、お互いが自分の奥にある感情に気がついていく。そのプロセスが非常に大事だと、私は思うんです。
わかったつもりにならないで、少しずつ理解しようとする。もっと深く双方の真意、感情を理解するための対話の中から、徐々にその相違の理由が見えてくる。そうすると、現実にどう折り合いをつけたら良いのか掴めてくることもあるのではないでしょうか。
私自身、最初の流産の時は、自分の感情を表現する言葉を持っていなかったので対話ができなかった。だからその後は本や記事を読んだり、例えばポッドキャストを聞いたりして、私の気持ちを代弁してくれているものをまずは探しました。
色々な方のインタビューを読んだり聞いたりするうちに、私が経験している悲しみや言葉にできなかった感情を、少しずつ言語化しながら相手に伝えられるようになりました。
―安易に相手の考えをわかろうとしてしまうことこそ、本質的な理解から遠ざかってしまう。対話を重ねながら丁寧に解決の道を探る。これらは、相手との違いに直面した時に共通する、重要な考え方ですね。
まさに、自身の実体験を生かしながらコーチとして活躍されることとなったようこさんですが、今後の活動の計画やチャレンジしてみたいことはありますか?
現在提供している3ヶ月継続のコーチングセッションに加えて、新たに音声による発信を始めました。私自身、つらかった時に誰かのインタビューやトークを聞くことが支えになってきました。耳から入る情報ってすごく感情に直結する気がします。だから私も相手の心に届くような音声での発信も、積極的にしていきたいと思っています。
さらには新たな企画として、自分を見つめる、相手のことを知る、二人の向き合い方についての音声講座を準備中です!
子どもをあきらめたわけではないーグラデーションのままでいい
私たちが今を幸せに暮らすための選択とは
―新たな企画も次々と計画され、とても精力的で素敵です。
では、話を夫婦お二人のパートナーシップの話題に戻し、今一度伺いたいと思います。初期検査の結果を受けて「不妊治療はしない」と決め、その時から現在にいたるまでのお気持ちの変遷はどのようなものだったでしょうか。
振り返ってみれば、もともと私たち二人の間では、「不妊治療をしない」という選択をしていたわけです。言い換えるならば、それ以外の選択肢はない、ということでもありました。
だから妊娠できる確率を物理的に知ったことで、その確率の低さは残念ではありましたが、不妊治療という選択肢が自分たちのものではないことを改めて確認した、という気持ちでした。
同時に、その時の私たちにはもう養子縁組という選択肢も無くなっていました。というのも、現実問題として、何年待つかわからないことのために膨大な申請資料を揃えることやそれにかかる莫大な費用、さらにはコロナ禍での外国からの縁組という事情。そういったことを考慮すると、もうこれ以上はしたくない、という思いに至ったというのが正直な気持ちです。
私たち二人の関係、お互いの幸せのためにコミットしたい、と。
―そうなると、お二人にとって「子どもを持つ」ということに対する思いは、今どういうところにありますか。
言葉にするのが難しい、というところでしょうか。子どもを望む気持ちは消えていない。もしかしたらまた妊娠できるかもしれない、という期待はまだどこかにあります。
私個人のことを言えば、生理がくるたびに落ち込むことはもうないけれど、同時に「ああ、そうか」と自分の中で確認しているプロセスにいるのかもしれません。
定期的に生理が来ることで、「まだ閉経じゃないな」という安心感と、「妊娠しなかった」という事実に揺れる気持ちと、そんな自分に葛藤する気持ちと。何か心が完全に定まった状態にあるわけではない、というのを自分で感じます。
「子どもはあきらめましたか?」と聞かれたら、あきらめた、とは答えられない。まだゼロではない可能性から手を離していない、そんな過渡期にいる気がします。
―可能性に期待する思いを持ちながら、同時に子どものいない人生も想定していく、まさにそのプロセスにいらっしゃるんですね。揺れ動く真っ只中に、その気持ちをこうして公に語ることも、なかなか大きな決断だったのではないかと思いながらお聞きしていました。
確かに気持ちは行ったり来たりしています。グラデーションのような感じです。ただ私たち夫婦は、「二人の関係を一番大事にしよう」というところからスタートしています。だから、もし子どもができれば本当に嬉しいだろうけど、できない人生も幸せ、と思えるんです。
今私たちはグラデーションの中にいて、この先もはっきりした色に定まることはないでしょう。それはどこかにたどり着くためのプロセスではなく、死ぬまで、いろんな時期、いろんなグラデーションを渡っていくのだろうと理解しています。
ありのままにいろいろな感情が湧いてきていい。湧いては消えていく、という状態を繰り返していいんだ、と思っています。
それから、私は自分が本当につらかった時、不妊治療をしないことを決めた人の話や情報をとても知りたかったのですが、なかなか見つけられなかったんですよね。治療中の方や、治療を経て妊娠した方々の情報はあったのですが。
でも、本当はどんな選択も、それぞれ選んだ人がいるはずで、誰しも自分と同じような状況や選択をした人の話を聞きたいですよね。ひとりひとりのストーリーってものすごい大きな力を持っているから。だからもしこの私のストーリーを知ることで、その人が道を歩む何かのきっかけになったらすごく嬉しいです。
自分が選んだ世界を生きていく
―率直なお気持ちを言葉にしてくださってありがとうございます。人の気持ちも状態も変化し続けるからこそ、ようこさんにとって、今のこの気持ちは切り取って残しておきたいものだと感じられたのかもしれませんね。
そうかもしれません。それこそ今はどこにも行き着いてないし、この先も行き着くということはないかもしれない。いわゆる中途半端な状態ではあるけど、でもこの状態もすごく大事だと思っているんです。こうして取材を受けることで、今この時点の私を記録しておきたかったんだと思います。
そして、揺れ動きながら生きていくけれど、人生の重要な岐路で自分が下した決断は、後悔しない覚悟を持ちながら生きていきたい、と思っています。その決断を下すために自分が注いだたくさんのエネルギー、そのものを大切に慈しんであげたい。
目の前に広がる世界は、自分が選んだ世界だから、よそ見せずに、その道の前を見て一歩一歩進んでいく。そうすれば、道はちゃんと踏み固められていく。それが「自分の選択を正解にしていく生き方」だと、私は思います。
最終ゴールというものはきっとないし、ひとつの色に決まることもないけれど、その時その時の自分が決めたことに敬意を払いながら、これからもグラデーションの中を彼と共に歩んでいきたいです。
取材・文 / タカセニナ、写真 / 本人提供、編集 / 青木 佑、協力 / 高山美穂
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