【世界を知るコラム】子どもを持つ権利はどんな人にも保障されるべき─リベラルなデンマークの生殖補助医療の背景にあるもの

欧州連合(EU)としてつながるヨーロッパでは、各国で不妊治療が提供されているものの、どんな検査や治療を提供できるか、誰が対象になるのかなどのルールは国ごとに異なります。そのため、希望する治療が住む国で受けられない場合、それが可能な近隣国に越境して治療を受ける人もいます。

リベラルな生殖医療政策を持つ北欧のデンマークでは、46歳以下の女性であれば誰でも治療を受けられ、多様な治療が提供されています。同国はヨーロッパ中から患者を受け入れており、ドナーからの卵子提供を希望した筆者の駒林も同地を目指しました。

世界中から人々を惹きつけるデンマークの生殖補助医療の背景には何があるのか、首都コペンハーゲンで探りました。

※特例としてクリニックの具体名を掲載していますが、特定の医療方針や、その有効性・是非等を推奨する意図はありません。


*本記事は、【世界を知るコラム】と題して、海外の不妊治療事情や当事者の抱える悩み、もやもやのリアルを知り、日本との違い・共通点なども浮き彫りにするシリーズの第二弾です。


 

  卵子提供を求めて、周辺国に行く女性たち

2019年からドイツ西部に住み、3年ほど不妊治療に取り組んだ筆者の私・駒林は、ドイツのトップ医師の元に通ったものの、良い結果を得られませんでした。様々な検査の結果、不妊の原因は加齢による卵子の質の低下と分かり、それに有効な対策はないことから子どもを持つのを一度は諦めました。

それから数か月後、不妊治療当事者グループのグループチャットで、40歳前後の女性たちが、隣国での卵子提供を経て妊娠できたと話しているのを目にしました。卵子提供はドイツでは法的にできないものの、それが可能な近隣国のクリニックで治療を受けたというのです。外国での治療といっても、EUとして繋がる大陸ヨーロッパの国々の間の移動は、パスポートを見せることなく陸路でも気軽にできます。

身近な医師の後押しもあり、私はラストチャンスとして隣国での卵子提供治療への挑戦を検討するようになり、2022年の夏、複数の国のプライベートクリニックに問い合わせを始めました。

コペンハーゲンにある有名な人魚像

コペンハーゲンにある有名な人魚像

 

提供卵子による治療が可能といっても、国によってそれに関する規制は異なります。例えばスペインやチェコで運用されるのは、匿名形式の提供のみです。一方、デンマークやベルギーなどでは、提供卵子から生まれた子が成人後に提供者の身元を知ることができる、オープン形式の提供も存在します。

結局10近くの病院に問い合わせ、治療の進め方や費用、抱えるドナーの特徴などについて、電話やビデオ通話などで説明を受けました。日本人夫婦の私たちは、できれば東アジア系のドナーを希望しましたが、ヨーロッパでその数は非常に限られます。アジア人ドナーを抱えるクリニックも順番待ちで、何か月も待たなくてはいけないとのことでした。

そこで人種については選択肢を広げ、代わりに将来身元を明らかにしてもらえるオープン・ドナーであることを条件としました。違う人種の卵子を得ると、外見が親と異なる子が生まれることになります。だからこそ、その生い立ちに関してできる限りの情報を提供できるようにすべきだと考え、それが可能なデンマークでの治療にしようと決めました。

その結果、東アジア系のオープン・ドナーを抱えていた、デンマークの首都コペンハーゲンの「TFPストーク・ファーティリティ」というクリニックで治療を受けることに決めました。一般にはビジネスライクなクリニックも多々あるなか、ここはスタッフがより真摯に向き合ってくれるという印象も持っていました。

ストーククリニックの受付と待合室

ストーククリニックの受付と待合室。病院という雰囲気は感じられず、リラックスできるようなデンマークデザインのおしゃれな施設になっている

 

  リベラルなデンマークの生殖医療政策

デンマークは人口約580万人、面積は北海道の半分くらいの小さな国です。この国で生まれる新生児の10%は体外受精によって生まれるといわれ、世界最大の精子バンク「クリオバンク・インターナショナル」や「ヨーロピアン・スパームバンク」があることでも知られています。

福祉国家のデンマークは不妊治療に対する保障も手厚く、同国の健康保険を持つ41歳未満の女性は、同じ男性との間に子どもがいない場合、不妊治療に保険が適用されます。異性婚だけでなく、同性婚カップルや独身女性も人工授精は6回まで、体外受精も3回まですべて無料でできます。自費治療の場合も、ドイツより3割ほど物価は高く、付加価値税も25%と高税率にもかかわらず、治療費はドイツと同じか少し安いくらいの価格設定でした。

比較的リーズナブルに高度な治療が受けられる仕組みが整っているということで、小国デンマークのクリニックには、ヨーロッパ中からたくさんの患者がやってきます。

クリニックにあった患者の出身地を示す地図。欧州外出身者は枠外に記載するようになっている

TFPストーククリニックも世界中から患者を受け入れているため、患者側は遠隔で受診の準備が整えられる体制が整っていました。最初に医師などによるコンサルテーションをビデオ通話で受けた後は、すべてメールと電話で対応でき、クリニックに行くのは精子提出と胚移植の際だけですみます。頻繁な通院の必要がないので、負担はそれほどありませんでした。

そうして、2022年秋、卵子提供を受けられる日に合わせて私たちは初めてクリニックを訪れました。そこで私たちを暖かく迎えてくれたのは、卵子提供コーディネータで看護師のアネ・ドーテ・ビビャーグ・プラストマークさんでした。

それまで遠隔でやり取りをしていた彼女はこちらの細かな希望なども覚えていて、都度丁寧な対応をしてくれていました。それゆえ、自分の仕事に情熱を持つ人だという印象を事前から持っていましたが、彼女は患者を助けられる今の仕事が大好きだと語ってくれました。

クリニックの「ストーク」という名前は、英語で赤ちゃんを運ぶ「コウノトリ」を指す言葉ですが、創設者の名字でもあります。一方、アネ・ドーテさんによると、同クリニックの成り立ちにはデンマークの不妊治療政策が色濃く反映されているそうです。

「ここは、デンマークでレズビアンやシングルマザーの女性に対する不妊治療が禁止されていた2000年に、レズビアンの助産師ニナ・ストークによって設立されました。当時、医師による治療は許されなかったものの、助産師による診療や精子の注入は法的に禁止されていませんでした。このクリニックは、その法律の抜け穴を突いて設立されました」

その後、2007年にデンマークでは法律が改正され、婚姻の有無にかかわらず、どんなセクシャリティの女性でも生殖医療が受けられるようになりました。それから同クリニックには医師が加わり、体外受精や卵子提供も行うようになったそうです。

ストーク(コウノトリ)のモチーフ

クリニックには、ストーク(コウノトリ)のモチーフがたくさんあった

 

  民主的で平等重視のデンマーク社会

なぜデンマークでは、これほどまでにリベラルな政策が取られているのか、長年不妊治療に携わってきたアネ・ドーテさんに聞いてみました。

「デンマークの生殖医療政策は、人々の「平等」が重視されているからこそのものだと思います。ここではLGBTQに対する偏見はなく、セクシャリティの違いのために、子どもを持つ権利が奪われてしまうのは不当だと考えます。もちろん私たちはそれぞれ違っていて、他者のことをすべて理解できるわけではありません。でも各人がその人らしく生きられる権利は保障されるべきです」 

デンマークでは、世界でもいち早く1989年に同性カップルのパートナーシップを公認し、2012年には同姓同士の法的な結婚も認められました。特定のグループだけが、自分らしくあることを制限されるのは不平等だという考えが、デンマークでは広く共有されているようです。

©︎James A. Molnar/ Unsplash

 

私自身、実際にクリニックの待合室で何組かの女性同士のカップルとすれ違いました。そして同国はその進歩的な現状に甘んじず、その制度をさらに改善していこうともしているようです。

「最近では、男性同士のカップルが子どもを持てないのは公平でないということで、「代理母出産」の議論も進んでいます。実は今も代理母出産は禁止されていないのですが、出産した女性が「母親」になると法的に定められ、現状では男性カップル二人が親となれないため、やる人は誰もいません。当事者が実際に使える形に法律を整えるべきだとLGBTQのグループから政界に提言があり、すでに広く議論が起きています。そのうち法律が改正されて、代理母出産も広がるのではないかと思います」

こういった市民からの声を受け止め、政策に落とし込んでいくデンマークの社会は非常に民主的だと筆者は感じました。2022年の総選挙の投票率は83.70%で、市民の側も、自分たちの声が政治を変えるという意識を持っているようでした

2019年から2022年までデンマーク首相を務めたメッテ・フレデリクセン ©︎ News Oresund – Erik Ottosson / Wikimedia Commons

 

デンマークの政治家は日本より若く、2020年のOECD調査によると、日本の閣僚の平均年齢が62.4歳なのに対し、デンマークでは47.4歳です。想像するに、LGBTQや生殖医療に対しても理解があるのでしょう。2019年から2022年まで首相を務めたメッテ・フレデリクセンも41歳と、最年少で就任した史上二人目の女性首相です。私たちがコペンハーゲンを訪れた10月末は総選挙直前で、町中に候補者のポスターが見られたのですが、20〜30代くらいの若い候補者がとても多い印象を受けました。

「デンマークでは不妊治療に関してネガティブな印象はありません。特に50代以下の人は、卵子提供や精子提供に対しても恥ずべきことだとはまったく考えません。むしろ子どもたちには、積極的にその事実を話すことが勧められています」

普段から政治の動きを追っているデンマーク市民は、選挙でその評価をします。だからこそ政治家は、市民の期待に応えなければいけません。そんな民主社会だからこそ各人が平等に扱われ、それぞれの希望を実現しやすくする政策が実現しやすくなるのではないかと想像しました。

クリニックで販売されていた、精子提供から生まれたカーラという女の子が自分の出生について、母親との対話から学んでいくという絵本。ドイツ語にも訳されている

 

  子どもを持つプレッシャーがない社会で、子を望む理由とは

これほど個々の多様な選択の実現を重視する社会で、子どもを持つということは、どういった意味を持つのでしょうか。

「デンマークでは、子どもを持たなくてはいけないという社会的プレッシャーはないです。何世代も前には子沢山が良しとされていたので、もちろん世代間格差はあり、保守的な高齢者はいるでしょう。現代でも「お子さんはいますか?」と聞いてくる人もいますが、それが当たり前だからというわけでは決してありません。今の世代は子どもを持つのも持たないのも自由です。それでも多くの人が子どもを望むことの理由はもっと深いところにあり、人生に意味を見出したいのでしょうね」

それが当然ではないからこそ、子どもを持つというのは、あくまで各人の選択の結果で、自己実現のためということになるのでしょう。また、高負担高福祉の国だからこそ、それぞれに合ったタイミングで子どもを持つことも選択しやすい社会設計になっているのだそうです。

「最近は年を重ねると子どもができにくいという知識も広まってきて、若くして親になる人たちも出てきています。私の息子の一人は学生で父親になったのですが、みんなでその実現をサポートしました。彼のパートナーも同じく学生でしたが、もともと大学の学費はかかりませんし、学生には国から勉学に励めるようにお金が支給されます。政府が託児費用も支払ってくれるので、若くして子どもを持っても勉学を継続できています」

©︎ Jonathan Borba / Unsplash

 

  「幸せの国」の秘訣

また、デンマークは世界幸福度ランキングで常に上位3位に入り、「幸せの国」とも言われます。同国の幸福度の高さは、経済的な格差が少なく、共助の精神が高いことが関係していると一般的に言われています。同国の税金と社会保障費の高さは所得の半分と世界トップクラスで、所得の再分配も積極的に行われています。所得格差を示すジニ係数も日本の0.34程度に対して0.26程度と低く抑えられているのです。みんなで社会全体の福祉を支えるだけでなく、社会参画や共助の精神は個人レベルまで浸透していて、個人でも進んで人助けをする人が多いようです。

「私たちは人を助けるのが好きです。そうすることで自分も幸せに感じられるからです。クリニックのスタッフは、子どもを持つための支援をできて嬉しいと感じています。また、ドナーに関しても、お金のためでなく人助けをしたくて卵子提供をしている人が大半だと思います。クリニックの訪問などで時間が拘束される分、交通費も含めて多少のお支払いはしますが、本当にわずかな金額ですから」

さらに、デンマーク社会では「信頼」が非常に重視され、それも幸福度の高さに寄与しているそうです。個人や政府に対する信頼度の高さは、どのセクターかを問わず、多様な人々の丁寧なコミュニケーションに秘訣があるように感じられました。クリニックとのやり取りのなかでも、必ず丁寧に確認をとって一歩ずつ進めてくれるのです。

「私たちはみんなが信頼し合い、気持ちよく進められるようにしたいと思っています。たとえば卵子提供にしても、あくまでドナーの合意、受け取る人の合意が両方あることが大前提です。私たちは、まず提供を受けたい人の希望に沿って合いそうなドナーを選定し、こちらからそのドナーに声をかけます。そしてその女性が提供に合意したときにのみ、彼女の匿名プロフィールを患者に案内します。提供者の都合が悪ければ合意を得られませんし、こちらからご紹介するドナーを好まれない患者さんもいらっしゃいます。こちらがマッチングを強制することは決してありません」

親身になって相談に乗ってくれ、質問には丁寧に答えてくれ、こちらの意思を強く尊重している姿勢が伝わってきたからこそ、クリニックには信頼感を抱けました。

胚移植や人工授精時に使われるベッド

胚移植や人工授精時に使われるベッド。角がなく、柔らかな特注品だそうだ。診療室でもリビングにいるような雰囲気づくりを大切にしている

 

肝心の私自身についてはまだ治療継続中ですが、クリニックを一度訪問し、デンマークという国、間違いのない場を選んだという確信を持ちました。今後、どんな結果が出ても、納得して受け入れられるように思っています。

 

インタビュイー:アンネ・ドーテ・ビビャーグ・プラストマーク
約30年の経験を持つ看護師。そのキャリアを通して主に婦人科に従事。2007年より不妊治療に携わり、2018年からコペンハーゲンのTFPストーク・ファーティリティに勤務。2020年からは同クリニックの卵子提供コーディネータとなり、患者とドナーのマッチングをしている。

 

 

インタビュー取材・執筆:駒林 歩美
ドイツ在住リサーチャー・ライター。東京で外資系企業や教育ベンチャー企業に勤務した後、東南アジアで国際協力の仕事に従事し、現在は欧州事情等を日本に伝えている。
www.linkedin.com/in/ayumi-komabayashi/

 


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