気象予報士として、情報・報道番組でキャスターを務めてきた千種ゆり子さん。早発閉経であることを公表してから、飾らない言葉で、自分の身体に目を向けることの大切さを発信するゆり子さんは現在、映画製作に取り組んでいます。
<前編>では、26歳で診断された早発閉経の診断から約3年に及ぶ治療、パートナーに出会うまでのゆり子さんの物語を辿りました。
続くこの<後編>では、早発閉経であることを公表した背景にある想い、生理不順に気づいた頃の自分に伝えたいメッセージ、伝える手段として「映画」を選んだ理由に迫ります。
千種 ゆり子 / Yuriko Chikusa 埼玉県富士見市出身。2013年に気象予報士資格を取得し、NHK青森を経て、テレビ朝日「スーパーJチャンネル(土日)」や、TBS「THE TIME,」に出演。2021年に東京大学大学院修士課程に在学、気候変動コミュニケーションについて研究中。2022年には、26歳の時に早発閉経と診断されたことを公表。自分の身体に目を向けることの大切さを伝えるため、映画製作にも取り組んでいる。公式ホームページ
「いつか子どもを産みたい」と思っているあなたへ
後悔のない人生を送ってほしい
―結婚して2年が経った頃、国際ガールズデーにご自身の体のことを公表されました。そこにはどんな想いがあったのでしょう?
私が治療をしていたとき、不妊治療など、ご自身の体の事情を発信していた方々に励まされてきました。けれどそのときは「早発閉経」の方の話には辿りつけなかったんです。
でも、早発閉経の患者は100人に1人はいると言われています。メディアに出る仕事をしていることもあるし、私が公表することで、同じ病気の方への理解を促進することができたらと。
あとはやっぱり「いつか子どもを産みたい」と思っている方に、後悔のない人生を送ってほしい、という気持ちが強いです。
私自身、最初に受診した24歳のときに「早発閉経」と診断されていたら、まだ卵胞が残っていて子どもを産める可能性はあったはずなんです。当時のカルテを取り寄せて見たら、当時は卵胞がエコーで確認できていた記録が残っていましたから。
早発閉経の方の妊娠は、時間が経てば経つほど難しくなると言われています。私の場合も、生理が来なくなってから早発閉経と診断されるまでの間に、原始卵胞がほとんどなくなってしまった。
もしあのとき、自分に知識があったら、別の病院を受診していたら、結果が違っていたかもしれないという後悔があるんです。
―もし時間が巻き戻せるとして、24歳の頃の自分にどんなことを伝えたいですか?
一つは、セカンドオピニオンを受けて、適切な病院を選ぶこと。24歳〜26歳の私は、たまたま初診でかかった病院任せで、自主的に動くことができていませんでした。
病院選びは難しいですが、お産をメインとした、いわゆる町の産婦人科ではなく、不妊治療の専門医を選ぶこと、その中でも得意分野や治療方針などをHPで確認するのがいいと思います。
そして、病院にかかってからも、気になったことは遠慮せずに聞いてみる。様子を見て変化がないのなら、検査をしてもらうなど次のステップがないかを相談してもいい。おかしいな、合わないなと思ったら病院を変えてもいいと思うんです。
あとは、もっと身近な人に相談すればよかったです。具体的には、子どもがいない叔母と伯母に話せばよかったなと思っています。
私が公表をする前に叔母と伯母には個別に身体のことを報告したところ、1人は子宮筋腫でカテーテル手術をしていたことを、もう1人は不妊治療をしていたことを打ち明けてくれました。以来、よく電話して相談にも乗ってくれています。
昔から人につらさを語ったり弱さを見せるのが苦手で、治療中は特に身内には話せていなかった。でも、2人に相談できていれば、もっと心が軽くなってたかも、と思いますね。
──自分の事情をオープンにしたことで、身近な人が「実は私も…」と話してくれることはありますよね。やっぱりどうしても、不妊治療や生殖にまつわることはどこかタブー感があるというか、受け入れてもらえるかどうか、誰かを傷つけないか、怖さもある気がします。公表することに躊躇いはなかったですか?
ありました。なので、夫をはじめ、信頼できる人たちに相談をして、背中を押してもらいました。公表してから想像以上の反響をいただいて。
友人たちに「知らずに接していて、傷つけてしまっていたらごめんね」と気遣ってもらったり、「実は私も不妊治療をしてて」と打ち明けてもらったり。
公表をしたことで「子どもは?」とはあまり聞かれなくなりました。中には「こうすれば妊娠できるよ」と何かを紹介されることもまだありますが、その方には私のためというより自分がお勧めしたいものがあるのかなと考え、適度に距離を置きあまり気にしないようにしています。
いずれにしても、多くの人がそれぞれに受け止めて考えてくれているようなので、伝えてよかったと思っています。もっと伝えていきたいという気持ちが生まれましたね。
映画をきっかけに、自分の体への関心や会話を生むことができたら
―もっと広く伝えていくために、映画の製作にも取り掛かっているんですよね。
はい、映画監督の野本梢さんと、映画プロデューサーの稲村久美子さんとタッグを組んで、映画を製作しています。
私が伝えたいのは、もっと自分の体に目を向けようよ、ということ。私自身、24歳のあのとき、病院任せにしないで、もっと自分の体に興味を持っていれば、という後悔があるので。特に若い人たちには、子どもをいつか産みたいと思っているのなら、自分の体のことを知る機会を早めに持って、後悔のない人生を送ってほしい。
たとえば、生理が不順だな、止まっているなと思ったら放っておかずに、病院を受診してAMH検査(卵巣の中に卵子がどれくらい残っているかを調べるための検査)をしてみる。もし問題があったとして、そのときはつらくても、そこから人生の方向修正ができるはずだから。
若いうちに自分の体に目を向けて、妊娠の可能性を知ることができれば、たとえ妊娠ができなかったとしても、他の分野でのチャレンジもしやすいし、子どもを持たない人生の可能性も広がっていくんじゃないかと思うんです。
そうしたことを伝える手段として、映画の可能性にかけたい。意識を向けて行動を起こすきっかけになる力を持っているのは、身近な人の体験談だと思うんです。友だちが病院に行っているから自分も行って検査をしてみるとか。
政府やマスコミ、上から大多数に向けて伝えられるより、近くにいる人との会話から意識が発展していきますよね。なのでこの映画を通して、身近な人との身体についての会話や自分の体に目を向けるきっかけをつくることができたらと思っています。
自分とは違う人の多様性を受け止めて、「私たち」の声を届ける
「子どもがいる母」ではなく「その人」と付き合う
―たしかに「早発閉経」も言葉や記事だけではあまりピンとこないけれど、ゆり子さんが自身の言葉で体験を語ってくれるとグッと近づいてくる感じがします。自分の体に興味を持って、その先の選択肢を知る。そのきっかけとして、身近な人、そうでなくても「その人」の体験に基づく物語、エンタメの影響力は大きいですよね。
そうですね。中には、身近な人だからこそ自分の体については打ち明けにくいという人もいると思うんです。だからこそ、映画の登場人物という架空の存在の体験を届けることに意味があると思っていて、映画という手段を選択しています。
最近、乳がんの方にじっくり話を聞く機会があったのですが、自分とは別の体験をした人の話を聞くことは、他者、その先にある多様性を理解する一歩になるのかなと思っていて。そのハードルを下げたいと思っています。
今は自分の経験から「I(私)」を主語に伝えていますが、映画では私一人の視点ではなく別の経験をした人たちの視点も入れて、「We(私たち)」を主語に広く伝えていきたいんです。
映画をつくるにあたって、自分と同じ境遇にある人や身近な人たちに届けるだけでは、その先に広がっていかないと感じています。
早発閉経だけではなく、不妊や病気などは、誰もがその当事者になる可能性がある。もっと自分の体に目を向けようよ、というメッセージをより多くの人に届けるためには、私自身がまず、自分以外の視点を持たなきゃいけないと思うんです。
─自分以外の視点を持つ。そのために意識してされていることはありますか?
たとえばそれまで少子化のニュースは、自分は貢献できないし心がひりっとするのでシャットダウンしていたんですが、自分以外の誰かも含むWe(私たち)に目線を広げて、社会に向けて、今は意識して見るようにしています。
子どもを持たない人生を一度は思い描いたけれど、たとえば養子縁組などの可能性もあるし、100%決め切らなくても、いろんな選択肢に目を向けていたいと思っています。
─でも自分とは違う立場の人に目を向けることって実は難しいですよね。妊娠・出産、不妊、生殖にまつわること、子どもを持つ・持たないは、それぞれ個別に体験があってそのときどきで状況も違う。だからこそ語り合いにくく、分断されやすいところもあるように感じます。
そうですよね。私もやっぱり、子ども連れの方を見るのがつらくて人混みを避けるようになった時期もありました。妊娠や出産のおめでたいことに心がチクッとすることも。
ただ子どもがいる友人とは、「子どもがいる母としての彼女」ではなく「彼女」と付き合うようにしているので、遠ざかることはありませんでした。そうやって「子どもを産んだ母」という立場ではなく、「その人」を見て垣根を超えていくことはできるんじゃないかと思っています。
自分とは違う立場に立ってみる
―主語が大きくなると“記号”のような見え方になっちゃうところがありますが、同じ立場にあっても、その人それぞれ、悩みや喜び、感じることもあり方も違いますもんね。
私は大学院で気候変動をめぐるコミュニケーションの研究をしているのですが、対策を進めたい人は対策を進めたくない人の話に耳を傾けないことが多いんです。
どちらも交わることはなく議論が平行線になってしまう。私はコミュニケーターをしているので、中立の立場で、どちらの意見にも耳を傾けることを大切にしています。
同じように私は、早発閉経の経験、子どもを持たない立場からものを語るだけでなく、別の経験をした方や子どもがいる人の立場にも目を向けたい。
子どもを産まない人生もありだし、子どもを育てる人生もあり、こういう生き方もある。自分とは違う立場や考え方を持つ人たちの多様性を受け止めながら、「私たち」の声を届けていきたいんです。
─自分の経験、立場から声高に叫ぶのではなく、少し引いた目線で、他の人たちの視点にも立ちながら伝えていく。ゆり子さんは視点がマクロというか、自分だけではなく、社会に向いている感じがします。
もし子どもが産めていたら、こうはなっていなかったかもしれません。もともと目の前のことに集中するタイプではあるので。でも今は、映画を通じて、広く伝えることに目線が向いているので、意識して視野を広げています。
たとえば天気や気候に関する情報を伝えること、自分の体に目を向けることの大切さを発信すること。
自分の子どもを産み育てられなくても、そうやって「伝えていく」ことを軸に、社会全体で子どもを育てることには貢献できるかもしれない。そういう生き方も私らしいなって思うんです。
─ゆり子さんだからできることでもありますよね。「私たち」の声を届ける映画も今から楽しみです。ありがとうございました!
取材・文 / 徳 瑠里香、写真 / アイキャッチ Photo by 中村洋太、その他 本人提供、協力 / 中山 萌
\お知らせ/
千種さんが企画・プロデュースする長編映画の製作に向けた、クラウドファンディングがスタート!
26歳の時に早発閉経と診断された経験から、婦人科受診の大切さを伝えるために、千種さんが発起人として製作される長編映画『わたしかもしれない(仮)』。
8月31日〜10月14日までクラウドファンディングが実施されます。クラウドファンディングでは、若者に試写会参加チケットをプレゼントできるリターンの提供も。
camp-fire.jp/projects/view/693334
脚本・監督は野本梢、エグゼクティブプロデューサーに稲村久美子。11月から撮影開始。
\あなたのSTORYを募集!/
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