「不妊治療をもっと身近な選択にしたい」—経験を糧に、不妊治療の世界を変えようと活動するブロガーカップルが夫婦で歩む、4年半とこれから。<後編>

9年純愛からの結婚。<前編>では、「子どもはすぐできるだろう」と当たり前に信じていたこだま夫妻が、「まだ不妊ではない」との思いを抱いたまま踏み込んだ不妊治療の世界に、翻弄されていく道筋。そして、そんなふたりの大きな転機となる「ブログ」との出会いについてなど、伺いました。この<後編>では、そこから出産までの道のりと、4年半の不妊治療経験を経て本格的に立ち上げたさまざまな活動を、語っていただきます。当事者目線で、不妊治療の「あったらいいな」を生み出し続けるおふたりの原動力となる思いと、現在の心境とはー。

こだまたくろう/Takuro Kodama(夫)1981年宮崎県生まれ。大学卒業後、財閥系化学品商社に勤務。現在フリーランス。

こだまわかこ/Wakako Kodama(妻)1983年東京生まれ。大学卒業後、メーカーや証券会社に勤務する傍ら、プロダンサーとしても活動。2013年より始めた妊活・不妊治療の経験から、「不妊治療を身近な選択肢に」をビジョンに掲げ、不妊治療を取り巻く環境の改善に向けて活動。

 


妊娠・出産は、奇跡の連続

  人工授精から、体外受精へ

― <前編>の最後にブログのお話が出ました。当時、おふたりがブログを始めるきっかけの一つとなったのが、総合病院から不妊治療専門のクリニックへ転院されたことと伺いました。ここからまた少し、治療の話に戻りますが、転院を決意されたのが、2016年なんですよね。

わかこ はい。ふたりで話し合って、不妊治療専門のクリニックに移ることに決めました。でも、不妊治療専門のハードルは、正直すごく高かったです。

私は今でも「不妊」という言葉があまり好きではないんですけど、当時の気持ちとして不妊治療クリニックに通うことって、「自分は不妊だ」ということを認めていく作業だと、感じてしまっていたんですよね。

それが嫌だったし、怖かった。結果的には不妊治療専門に移ったほうが、安心感も信頼感もあって、「もっと早く移ってればよかった」と思うことになるんですけど。。

それで、最初に移ったクリニックではまた不妊検査とタイミング法を数周期、人工授精(AIH)を3回しました。でも、妊娠することはなくて。

たくろう ブログを書いたり、いろいろ調べたりする中で、医学的に正確ではないかもしれませんが、自分たちの理解では「タイミング法」も「人工授精」も妊娠する確率は大きくは変わらない、という認識を持ち始めて。

「じゃあ、タイミングでいいよね」と漢方・鍼灸もしながら、ステップダウンしてしばらく時間とお金をかけたこともあります。

わかこ 今思うと、時間もお金もちょっともったいなかったかな、とは思うんですけどね。。もちろん、人それぞれの考え方ですが。
そして、その後、高度不妊治療に進むことになりました。

― なるほど。統計的に知られていることとして、人工授精は「6回程度試みても結果がでないと、その後の成功率はあまり期待できない」と言われているので、そこを次のステップを考える分岐点にするカップルが多いと思うのですが、3回で次へ、と思った理由はあるのでしょうか?

たくろう 理由としては、これ以上は時間がもったいないな、と。人工授精の場合、授からないのは精子に問題があるのか、それとも他に問題があるのか、明確には分からないじゃないですか。でも、高度治療に移ったら、原因が明らかになるんじゃないかなと思ったんです。

それで、AIHやステップダウンの結果が出なかった心情的なものもあり、その時にもさらに情報収集して考えて、もう一度本当に納得できる病院を選ぼうと思い「このクリニックの説明会に行ってみないか」と、僕から妻に相談したんです。

― これも、たくろうさんから提案されたんですね。妊活を自分事にできていなかった、と仰っていた頃のたくろうさんからは、すごく大きな変化ですね。

たくろう もうこの頃には、book offに行って不妊治療に関わる本を5冊くらい買って、熟読したりしてました。

「子どもがほしい」という気持ちももちろんあったんですけど、高度治療になると薬もより多く使うようになるじゃないですか。「妻に何かあったら…」と、本当に大丈夫なのか心配なのもあって。

 

  今でもたまに「現実なのかな」と思う

わかこ いよいよ次の治療に進むと決めてはみたものの、その時は、体外受精のステップに進んだ方はみなさん思うと思うんですけど、「まさか、自分が体外受精するなんて」と、本当にそう思いました。

でも、ブログやSNSで繋がっている当事者の方々が高度治療に挑戦していく姿を日々見る中で、自分もやってみよう、挑戦してみようという気持ちが徐々に強くなっていきました。

たくろう そうして高度治療にチャレンジし、妊娠に至りました。高度治療で妊娠がわかった時も、その頃は高度治療の厳しさも感じ始めていたので、今度は「まさか、妊娠するなんて」という感じだったんです。

わかこ 移植の時に融解した卵がすごく形が悪くて。結果的にそれが出産に繋がった卵だったんですけど、医師からすると、難しいかもという感じのニュアンスだったんです。

だから、着床しているか確認をする移植後の診察の日も、待ち時間に「インド旅行」って検索をしてたくらいで。毎回期待と落胆を繰り返すのが辛いので、「今回もダメかも」と、予め覚悟しながらいかないと自分を守れない、というのもあったと思うんですけど。

たくろう だから、妻が診察室から出てきて「陽性反応出てる」と教えてくれた時は、「え、でてるの?」と逆に驚きだったのを覚えています。

― 4年半、待ち続けた瞬間だったと思います。妊娠していると分かった時のお気持ち、もう少し聞かせていただけますか?

わかこ 正直、喜びよりも不安のほうが大きかったです。前回の流産の経験もありましたし、「次、経過診察に行く時には心拍が止まっているかも」とか常に覚悟しておかないと、という気持ちでした。

たくろう お互い、手放しでは喜べなかったよね。「よかったね」とは言うんだけど、ずっと不安な気持ちがどこかにあるというか。

わかこ 普通の産院に移ってからも、その恐怖はずっとありましたね。

実は1回目の妊娠の時、不妊治療で通っていた婦人科から産科に移った初めての診察で「赤ちゃんの心拍が止まっている」と聞かされたんです。それがトラウマとして、自分のなかに残っていたんだと思います。

また、親友が死産を経験していたこともあり、「妊娠だけでなく出産するまでもが奇跡の連続」ということを心から感じていたので、もう傷つかないように、というか、エコー見る時も毎回うきうきしないようにしていました。

たくろう 実際、出産も大変だったよね。

わかこ 緊急帝王切開になりました。取り出すまではおそらく、緊急といえどスムーズな方だったと思うんですが、術後に大出血しちゃって。

そこから輸血となり、あわや大学病院に緊急搬送、もう少し出血が止まらなかったら子宮摘出、というところまでいってたみたいです。途中、血圧もガクッと下がって意識朦朧で、その前後の記憶があまりないんです。

もう本当、「出産までもが人それぞれなんだ」ということを体感しまくるお産でした。

― 出産までもが人それぞれ、本当にその通りだと思います。とても大変なお産だったかと思いますが、でも、ようやく待望のわが子と会えたわけですね。

わかこ とても不思議な気分でした。なんて表現すればいいんだろう。信じられない気持ち、というか、こうなるような気もしていたけれど、こうならない気もしていたというか。

高度不妊治療までいった中で、私たちはまだまだスムーズな方だと思うんです。でも自分にとっては、この4年半の不妊治療の経験はすごく、強烈だった。今でもたまに「私たち、子どもいるんだ」と思ってしまうこともあるくらいに。

― 夢なんじゃないか、みたいな感覚なのでしょうか?

わかこ そうですそうです。8ヶ月くらいまでは「これって現実なのかな」って、私言ってたよね。

たくろう 言ってたね。その経験が影響しているところもあるのか、現在の妻は子どもともいい距離感で、冷静に関係性を築いているなと思います。

 


「答えは一つじゃない」という世界をつくりたい

  不妊治療は、「選択」の連続

― 4年半に渡るヒストリー、聞かせていただきありがとうございました。ここから、今のおふたりの活動や事業のお話に移っていきたいのですが、やはりご自身の4年半の不妊治療の経験や思いが、一番のきっかけになっているのでしょうか?

わかこ そうですね。自分たちの原体験から、不妊治療に取り組んでいる方の役に立ちたい、という思いがありました。

このことを夫婦で話しあったのは治療中だったので、治療を卒業してもしなくてもどちらでも、絶対にやろうと決めていました。
そこで、不妊治療中から始めていたブログ「ぽころぐ」に加え、Twitterでの情報発信、東京の不妊治療クリニックが開催する説明会情報サイト「pocompass」の運営やオフ会の開催をするようになりました。

また最近では、日本の不妊・不育治療を取り巻く環境に課題感を持つ当事者・経験者の方々とともに、当事者の会を設立することに携わり、不妊治療の環境の改善に向け精力的に活動しています。

そして直近は、治療を卒業された方々の不妊治療レポートを、分かりやすく検索できるWebサービスもつくっています。

たくろう ブログを始めたきっかけのところでお話しましたが、一番苦労したのって情報がめちゃめちゃありすぎて、「今のステータスの自分たちは、どの情報を信頼し、取捨選択していけばいいのかが分からない」、ということでした。

実際に僕たち以外にも、「どう情報を取得すればいいのか」と悩んでいる方が結構多くいることが、Twitter上でアンケートを実施したり、毎月オフ会を開くなかでも分かったので、「好きな切り口から検索できて、自分たちにマッチするようなレポート=記録が出てくるというものを作ろう」と考えたんです。

自分たちが、欲しかったものでもあったので。

― なるほど。居住地や年齢、治療履歴などから検索ができて、より自分たちと状態や考え方などが近いカップルの情報や治療履歴を、追っていけるようなものになるのですね。

たくろう そうです。投稿してくれる人にとっては、自分たちの歩みが分かりやすい形でストックできて、情報が欲しい人にとっては、自分たちと状況が似ている治療レポートに出会えることで、クリニック選びなど次の一歩を選択しやすいサービスになるといいな、と思っています。

わかこ 治療を卒業した方々ともよくやりとりをさせて頂いているのですが、一度不妊治療を経験した方って、ずっと治療のこと忘れてないんですよね。そして、現当事者の方に何か情報を残したい、と強く思っている。

これは本当に日々感じます。そういったことも、このサービスを作りたい、大きなきっかけになっています。

初期段階では、妊娠〜出産された方たちに、卒業に至ったクリニックでの治療レポートを投稿していただくものになる予定ですが、ゆくゆくは妊娠〜出産だけではなく、治療をやめ夫婦ふたりの生活に進まれた方や養子縁組に進まれた方、卵子提供、精子提供…など、いろんな卒業までの治療歴やその決断に至った思いをレポートとして、載せられるものにしたいなと思っています。

不妊治療って、選択の連続だと思うんです。「不妊治療をしよう」と決めることから選択は始まっているし、その先も選択の連続。だから私は、「この次はどうしよう」と考える時に、知識ももちろん必要だと思ったけど、他のカップルたちはどうやってその選択をしたのか、その過程も知りたいと思っていました。

だから、私たちがこれからリリースする予定のサービスでは、多様なプロセスを載せることでその情報が、治療に挑戦する方へのエールになればと思っています。

 

  もっと、身近な選択肢に

― 不妊治療に限らずですが、卒業してそのステータスから自分自身が外れることで、その世界は(自分にとって)少なからず、過去になっていくと思うんです。でも、わかこさんとたくろうさんは、今もなおそこに居続けて、より良くしようとし続けている。誰にでもできることではないな、と感じています。

わかこ よく聞かれるんですけど、実は自分たちでは、留まっているという感覚もあまりなくて。不妊治療はもう「自分たちの一部」、という感覚に近いのかもしれません。

たくろう 僕たちは、「不妊治療も当たり前の選択のひとつになってほしい」と思っています。敷居の高いものでも特別なものでもなくて、すぐ身近にあるものとして。そしてそれは、僕たちにとっても、なんです。「二人目がほしい」と思った時に、また不妊になるかもしれないですし、別になにも終わってない。

わかこ でも正直、こうやってお話をさせていただくことや、情報を発信していくことに今でも、葛藤はあります。私たちには結果的に子どもがいて、でも中には、出産されずに卒業される方もたくさんいるはずなので。

もし誰も、自分さえも傷つけたくなかったら、何もしないのが一番だと思うんです。

でも何もやらなければ、現実は変わりません。誰かを傷つけるかもしれないという怖さで動けなくなるより、行動して、その時その時に必要な人にそれが届く、ということのほうが重要なんじゃないか、と思いながら活動を続けています。

たくろう 不妊治療=高齢というイメージから、「不妊になるのは自己責任」と思われる方もいると感じます。

でも、不妊は若くても起こるし、実はいろんな方が抱えていることでもある。そして様々な社会課題も複雑に絡み合っている。そういうことを当事者だけでなく、みんなが知ることができる社会になっていくといいなと思います。

わかこ 自分の隣にいる友人や家族が不妊治療をしている、身近に取り組んでる人がいる、と考える人ってまだまだ少ないんですよね。

社会全体にとって、いろんな意味で不妊治療が身近な選択肢になっていってほしい、と心から願っていますし、そのために私たちは、活動を続けていきたいと思います。

取材・文 / 三輪 ひかり、写真 / 望月 小夜加、会場提供 / RE:PUBLIC INC.


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