不妊治療中、パートナーと理解し合うためにー『夫婦の妊コミBOOK』を生み出した鈴木早苗さんが伝えたい、カップルコミュニケーションの話。

不妊治療中、カップルや夫婦はさまざまな壁にぶつかります。思うようにいかない治療、仕事との両立、そして相手にうまく気持ちを伝えられないこと…。そんな中でも、会話を工夫することで、夫婦の信頼関係は取り戻せることを伝えた本があります。タイトルは『夫婦の妊コミBOOK』。著者であり、自らも不妊治療経験者である鈴木早苗さんにお話を聞きました。

鈴木 早苗 / Sanae Suzuki 妊活コミュニケーション協会代表。不妊カウンセラー、アサーティブ・コミュニケーション講師。不妊カウンセリング学会にて論文「不妊治療における医師や夫とのアサーティブ・コミュニケーションの重要性」を発表し、奨励賞受賞。自身の専門性と不妊治療の経験を活かして、ブログとツイッターで妊活でのメンタル面、コミュニケーション面に特化した情報を発信中。不妊治療中に必要な「思考法」についての本『夫婦の妊コミBOOK』を執筆。
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不妊治療中の夫婦の会話には「工夫」が必要

  不妊治療自粛が叫ばれていても、あなたは無力ではない

ー 新型コロナの影響で、4月1日、日本生殖医学会から不要不急の不妊治療延期を検討するよう呼びかけがありました。その後要請は緩和されたものの、ご自身も不妊治療を経験し、不妊治療中のカップルを支援する立場にいる鈴木さんはどう感じられましたか?

卵巣年齢の高い当事者の中には、「この周期が命取り」と、現在も不安を感じている方も多いかと思います。ただ、無力感に陥る必要はありません。

不可抗力でどうしようもないことは、いつの時代でもありえます。都度自分でコントロールできることとできないことを見極め、何をするか選んでいくことが大切と、私は考えています。

 

  夫婦関係を構築する、アサーティブ・コミュニケーション

ー 非常事態下では、カップルや夫婦が意思疎通する必要性もいつも以上に高まります。鈴木さんの専門であるアサーティブ・コミュニケーションとは、どのようなものなのでしょうか?

アサーティブとは、「自分も相手も尊重したコミュニケーション」のことで、他者と対等な関係を築くための自己主張法です。

今、私は大学で授業を受け持つのと同時に、不妊治療中のご夫婦や性的マイノリティ女性、薬物依存症の当事者などに、アサーティブを教える仕事をしています。

例えば性的マイノリティ女性には、「カミングアウトのためのアサーティブ講座」というものを実施しています。周囲にセクシャリティをカミングアウトする際、ありのままの自分を肯定しながらも、社会的に孤立しないように伝え方を工夫する必要があります。
相手に自分のことを知ってほしいとき、自分も相手も傷つけない対話を実践するための練習をしています。

私にとってアサーティブ・コミュニケーションは、相手と自分両方を大切にする「生き方」のことだと思っています。不妊治療前から仕事として続けている、私の専門分野です。

 

  妊活中の夫婦関係を再構築するために――『夫婦の妊コミBOOK』

ー そんな鈴木さんが、アサーティブ・コミュニケーションの知識を活かした『夫婦の妊コミBOOK』を作ろうと思ったきっかけは何ですか?

私は不妊治療経験者です。アサーティブの知識がありながらも、治療中はわたし自身、夫とのコミュニケーションや社会との関わりで困難を感じていました。

コミュニケーションの専門トレーニングを受けてきた私でさえこんなに苦しいのに、「アサーティブを知らない人は、どうやってこの辛い状況を生き抜いているのだろう?」と感じ、いろいろな人にアサーティブを知ってほしいと思ったことが、『夫婦の妊コミBOOK』を作ろうと思ったきっかけです。

ー 私(インタビュアー若林)は、『夫婦の妊コミBOOK』でアサーティブ・コミュニケーションのことを初めて知りました。とてもわかりやすく、自信を失っている女性たちが夫婦関係を再構築するうえで非常に役立つ内容だと感じました。

ありがとうございます。不妊治療を始めてもすぐ妊娠に至れるとは限らず、治療中は何段階にも渡ってつまずきを感じ、アイデンティティが崩壊することがあります。

人生の大変なときに、自分も身近な人も大切にしながら、どうやって自分を立て直し周囲と会話すれば良いのか。
『夫婦の妊コミBOOK』は自分の経験とアサーティブ・コミュニケーションの知識をもとに、「不妊治療中のカップルの会話には工夫が必要」であることを伝えたいと思い、書きました。

ただこの書籍は、私一人の力で仕上がったものではありません。TwitterなどのSNSでアンケートをとりつつ、不妊治療中の方々と共同作業のような形で完成させたものです。

 


40代で早発卵巣不全と診断され、不妊治療を開始

  40歳で子宮筋腫、早発卵巣不全に

ー 鈴木さんが不妊治療をすることになった経緯を教えてください。

昔から子どもが好きでした。いつか産みたいと思っていたのですが、当時の自分には知識もなく、かつ20代30代は仕事に夢中だったのと、周囲に40代で出産した人がたくさんいたので、年齢が理由で産めないことがあるとは思ってもいませんでした。

30代後半で母ががんになり、介護が始まりました。仕事と介護の両立で多忙をきわめ、過労から一度生理が止まってしまいました。
このときはまた生理が来るようになったのですが、40代に入ると母の病が重くなり、「母に孫を見せてあげたら、母の生きる気力に繋がるのではないか」と思い、妊娠したいと思って婦人科に行きました。ところが、そこで大きな子宮筋腫が見つかったんです。

「子宮筋腫があっても妊娠はできる」「子宮筋腫を取ったほうが良い」ー。
世の中にはいろいろな意見があり、迷った私は、筋腫を取るかどうかのリサーチに時間をかけてしまいました。
翌年ようやく筋腫を取ることを決めて、手術をした後、再び生理が来なくなったんです。突然の生理とのお別れに、私は大変動揺しました。

子宮筋腫が見つかった当初は、不妊治療専門のクリニックがあることすら知らなかったのですが、手術後初めて、専門クリニックへ行って検査をしました。
そこでドクターから、E2(エラストラジオール)とFSH(卵胞刺激ホルモン)が「閉経の数値だ」と言われ、子どもを持てるのかどうか不安になりました。

 

  「二回の採卵」が、私の不妊治療のメインイベント

ー 不妊治療は、具体的にはどのようなことから始めましたか?

最初は効果があるのかわからないと思いつつ、漢方を飲んだり整体に行ったりしていました。この頃はまだ、「いろいろやれば子どもはできるだろう」と前向きに考えていましたね。

途中から不妊専門のクリニックにも通いました。あるクリニックでは、早発卵巣不全に対するドクターのものの言い方に傷つき、大きな精神的ダメージを受けました。生理が来ないということもあり、女性としてのアイデンティティが崩壊して鬱状態になりました。
排卵誘発剤や卵胞を育てるための誘発剤を注射で打ってもらい、人工授精もしたのですが、いい結果は得られませんでした。

そんなときに、早発卵巣不全(POI)専門のクリニックがあることを知ったんです。
そのクリニックに通い始めてからは、ドクターが親身になって話を聞いてくださって、傷つかずに不妊治療を続けられました。もっと早くこのクリニックに出会っていたらと思いましたね。

しかし、その頃にはすでに、40代半ばにさしかかっていて、努力してきたものの「もう子どもはできないだろうな」と私自身も感じ始めていました。ただ、不妊治療をやれるところまでやりきってから終えたい、という思いもありました。

ー なるほど…。やめ時を感じながらも、治療を継続されたのですね。クリニックを変えたことで変化はありましたか?

はい。なんと私のような早発卵巣不全でも卵胞が育ち、採卵できたんです。嬉しくて、不妊治療をやめるタイミングを一度なくしました。

ただ、そのクリニックで二回採卵したのですが、一回目は卵が育たず、二回目は育ったものの妊娠には至りませんでした。結局、私の不妊治療におけるメインイベントは、この二回の採卵だったということですね。

そして「ここまでやったのだから」と自分の中で踏ん切りがついたことで、最終的に不妊治療を辞める決断をしました。

 


治療、仕事、夫との会話…各方面で苦しかった

  仕事と不妊治療を両立する難しさ

ー 不妊治療中、仕事は続けていましたか?

はい、続けていました。治療は連続してクリニックに行かなければならなかったり、スケジュールが直前までわからなかったりすることがあるので大変でしたね。
当時は組織に所属していたので、朝6時に出社して、途中でクリニックへ行き、診療が終わればまた仕事に戻るということをよくしていました。

ただどんなに工夫しても、出張の予定などが入ると通院とのバランスが取れません。
通院のタイミングは事前に予測できないので、どうしても仕事優先になり、せっかくの機会を逃してしまうこともありました。

そんな状況が続く中、自分の優先順位のつけ方に疑問を持つようになりました。

「今、不妊治療よりも仕事を優先すると、死ぬときに絶対後悔する」と思い、「不妊治療のために」と言うよりは自分が悔いのない人生を送るために、退職しました。治療のラストイヤーは、治療に専念していましたね。

次に仕事を再開したのは、不妊治療をやめてからです。

 

  「本当に子どもを持つのか?」言語化されない夫婦間の問い

ー 不妊治療前と治療中で、旦那さんとの関係性に変化はありましたか?

不妊治療前、私たちは仲の良い夫婦でした。話し合いもできていて、夫は「早苗が子どもが欲しいなら作ろう」というスタンスでした。

ところが不妊治療が進むにつれて、テーマが子どもの話になると、急に夫とのコミュニケーションが難しくなりました。私も夫も「本当に子どもを持つのか?」等の言語化されない重いテーマに、向き合わなければなりませんでした。

私は「こうだ」と思うと、まい進するタイプなんです。
夫にとって、不妊治療で心身ともに苦しい思いをしながら、ゾンビのように立ち上がり前へ進もうとする私は、正直人が変わったように感じられて、心配だったんじゃないかなと思います。

ー 鈴木さん自身の夫婦関係に対する当時の心情は、どのようなものでしたか?

その頃の私は、「もしかして子どもを持てないかも知れない」という恐怖から、女性としての自分の価値がわからなくなっていました。

子どもを持つという当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかった。価値観の土台が崩れ、人生の奈落に落ちたような気持ちでした。赤ちゃんを見て泣いてしまったり、他人の子どもの話に動揺してしまったりして、不妊治療中特有のメンタル崩壊を、私も経験しました。

夫も「そこまでして治療をするのか」という気持ちを、私に対してうまく言葉にできなかったようです。

そうして、いちばん大事な人である夫と、コミュニケーションが取りづらくなっていきました。アサーティブは自分も相手も大切にしたコミュニケーションのはずなのに、「私がだめなんじゃないか」と自分を責めたり、逆に「どうしてわかってくれないの」と攻撃の矛先が夫に向いたりもしました。

それが自分の中でも、ショックでしたね。答えが見つからず、どう振るまって良いかも分からない…不妊治療を始めてから、ずっともがいていました。
不妊治療の途中、なんとか苦しい気持ちを解明したくて、大学に編入し心理学を学んだこともありました。

 

  治療中の衝突を乗り越えたからこそ、お互いに素直になれた

ー 辛かったですよね…。治療中の夫婦関係へのもどかしさを抱えながら続けてこられた訳ですが、40代半ばで治療をやめてから、夫婦のコミュニケーションは変化しましたか?

そうですね。治療中は、お互いに罵り合うこともあるくらい辛かったのですが、今振り返ると、けんかするたびにお互い心にある鎧を脱いで、歩み寄れた時期でもあったように思います。

当時の衝突があったからこそ、不妊治療をやめた後は、言葉にすると言いにくい気持ちも含めて、素直に伝えることができるようになりました。
夫婦間で価値観の違いを感じても、今は話し合って対処ができています。

私がクリニックに行くたびに、落ち込んで帰ってくることやお金の心配がなくなったのも、大きいかも知れません。私自身の肩の荷がおりたので、夫は安心したようです。

今は、共に不妊治療を乗り越えた戦友のようになっていますね。

何かあっても、「ごめん、言い過ぎた」「ごめん、ちょっとイライラしてた」など、私か夫どちらかが素直になって、早めに謝るようになりました。おかげでけんかをしても長引かせず、夫婦間の問題も解決できているように思います。

 


自分の感情をごまかさず、そのまま受け止め相手に伝える

  ぶつかっても、気持ちを伝え合うことが大切

ー アサーティブ・コミュニケーションの講師として、不妊治療中、辛さを相手にぶつけることについてはどう思いますか?

喧嘩はしてもいいんですよ。みんな人間ですから、感情的に怒ってしまうときもあります。いつもいつもスマートに話し合う必要なんてないんです。

ただ、お互いに素直な気持ちを伝えようとする姿勢は大事ですね。
辛いときに誰かを攻撃してしまうのは、心配とか絶望とかネガティブな感情をもてあまして、向かい合っている相手にぶつけてしまうからなんです。

まずは、その感情を何のジャッジもせずに自分自身で受け止めて、それから誰のことも責めずに、感情を言葉にしていくことが大切だと思います。

ー 治療中に抱える辛さや苦しみは、アサーティブ・コミュニケーションの考え方を身につけることによって改善されるのでしょうか?

改善されると私は思っています。アサーティブは相手だけではなくて、自分と対話するコミュニケーション法でもあるんです。
辛いときも自分の感情を良し悪しで分けず、自分の状況を理解するための情報として受け止めることは、不妊治療中の閉塞感を克服し、夫婦のコミュニケーションを円滑にすることにも繋がります。

そうした受け止め方ができるようになるために、まず試してほしいことは、「等身大の自分を、そのまま見つめる」ということです。

「私は今、辛いんだな、絶望感があって悲しいんだな」と心の中で、淡々と実況中継してみてください。こんなふうに思う自分は弱い、ダメだと否定せずに、ただただ今の気持ちをそのまま受け取り、心の中で言葉にしてみてください。

自分と対話できるようになると、相手にも「私は今こんなことで辛く思っていて、あなたにはこうしてほしいんだ」と素直に伝えることができるようになります。

男性側も、「不妊治療中、妻は苦しそうだけど何をどうやって手助けして良いのかわからない」と内心思っているかも知れません。

「お互いに鎧を脱いで、辛い気持ちの奥に何があるのか自分自身と対話して知り、相手に素直な気持ちと自分のしてほしいことをまっすぐ伝える」
…これは、不妊治療のプロセスを分かち合いながら一緒に歩んでいくための、秘訣の一つです。

ー 不妊治療中に限らず、全てのカップルや夫婦に役立つスキルですね。

ええ、そう思っています。私が実現させたいのは、今後もアサーティブ・コミュニケーションを通して、話し合ったり助け合ったりできるカップルや夫婦を増やすことです。

コミュニケーションは身近な大人から学びます。
たとえば両親が建設的な話し合いをせず、不機嫌な雰囲気が支配する家庭で育った場合、自分が両親と同じように誰かと衝突しそうになったとき、黙り込む方法や態度で示す方法は練習しなくてもできるようになってしまいます。

そうしたコミュニケーションは連鎖していくものですが、大人がアサーティブを学ぶことによって、それを子どもに受け継がせず、自分の世代で終わりにすることができます。

両親がけんかしていても、ときに健全な話し合いや助け合う姿を見せることができれば子どもは安心感を得て、対話の方法を学んでいけます。アサーティブを家庭という小さな単位の中で実践していくことで、次世代への負の連鎖を断ち切ることができるんです。

個人的には、アサーティブ・コミュニケーションは「生き方」そのものだと思っています。
自分自身と相手…その両方と対話をすることができれば、「自分が今後どうしたいか」「自分たちはどんなふうに生きていきたいのか」が、浮かび上がってくるんです。

 


「人生という船」の舵取りは、自分でしよう

  経験とスキルをもとに、治療中の夫婦を支援し続けたい

ー 不妊治療を終えた後、鈴木さんはブログでの発信を始められましたね。

はい。強烈な表現かもしれませんが、私なりの不妊治療への「落とし前」の付け方が、アウトプットするということでした。

やれるところまでやって踏ん切りがついた、と前述しましたが、それでもやはり、自分の中に溜まった感情や蓄積されたノウハウをしっかり出し切り、精算するプロセスが必要でした。

ブログで文章を書くことは、治療中にどん底まで落ちた自己肯定感を取り戻し、もう一度自分自身の価値を高めていく時間でもありましたね。

その後『夫婦の妊コミBOOK』を執筆しました。現在は電子版という形ですが、いずれ紙の本として書籍化して、より多くの人に届けたいと思っています。

 

  誰かに批判されてもいい、自分の選択を信じて

ー 不妊治療だけではなく、たくさんの女性たちが産むこと、産まないこと、産みたいのに産めないことと向き合って生きています。中には、周囲の価値観が自分の価値観であるかのようにいつしかすり替わってしまい、思い悩んでいる人もいるような気がします。

社会の「こうあるべき」という価値観は、ものすごい圧力で私たちに迫ってきます。その価値観に同調できない自分を欠陥品のように感じ、苦しんでいる人も多いと思います。

現在私は、教えている学生たちに、「みんな、自分の人生の船長なんだよ」とよく言っています。

子どもを持つのか持たないのか、不妊治療を続けるのかやめるのか…人生という船の舵取りをするのは自分です。周りから何か言われ、思い悩んだとしても、最終的にはいつも、自分の選択に誇りを持つことが必要だと感じています。

「産む」「産まない」「産めない」という話に限らず、私たちは介護や転職など、ライフステージごとに訪れる人生のイベントで、揺れ動くものです。

そんなときに人生のたずなを自分の手から離さないで、「今、私は幸せになるために人生の舵取りをしているんだ」と自信を持って進んでほしい。
私は心から、そう願っています。

取材・文 / 若林 理央、写真 / 本人提供

 


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