【スタートアップ経営者対談】「不妊・産む・産まない」に向き合う人たちに、伝えたいこと~vivola角田夕香里さん✕ヘルスアンドライツ吉川雄司さん~<後編>

不妊治療や生殖にまつわる課題解決の最前線にいるプレイヤーたちと、現在治療中の当事者やこれから「産む・産まない」に向き合う人たちに必要なこと、今だから考えたいことを探求していく新企画。
<前編>では、vivola株式会社角田夕香里さんと株式会社ヘルスアンドライツ吉川雄司さんに、サービス立ち上げに至る原体験や、今の日本の不妊治療を取り巻く社会の課題などをお話いただきました。この<後編>では、みんなで手を携えて変えていきたい課題を皮切りに、患者さんやユーザーに対する思いなど、お二人のよりディープな心の内を語っていただきます。
(インタビューは2020年11月に実施。聞き手は、株式会社ライフサカス代表でUMUファウンダーの西部沙緒里です。)

 

【ゲスト】
角田夕香里/Yukari Tsunoda
vivola株式会社 CEO
不妊治療データ検索サービス「cocoromi」を提供。

不妊治療の経験から、客観的なデータが全く足りていないという課題を感じサービスの立ち上げを決意。治療中の患者さんに向けて、不妊治療に関するデータ(統計データと自分と似た人=参考になる同質データ)の提供を行っている。

 

吉川雄司/Yuji Yoshikawa
株式会社ヘルスアンドライツ 代表取締役
相談できる生理管理アプリ「ケアミー」、性をただしく知るメディア「Coyoli」「生理のトリセツ」の提供。著書「やさしく正しい妊活大事典」
日本の未来をより良くするために創業。正しい生殖知識を適切なタイミングで届けるアプリ&メディアを運営している。

 


自分ひとりでは変えられないけれど変えたい、変わってほしいこと

  患者も周囲も「誰にでも起こりうること」と捉えることが、タブー意識を変えていく

ー前編最後の質問では、お二人が提供されているサービスやプロダクトで変えていける、または変えられると信じていることについてお話いただきました。次の質問では、自社が提供するサービスの範疇を超えて、みんなで手を携えていかないと変えられないこと、この領域にとって大切で必要な変化にはどのようなものがあると思うかを、お伺いしたいと思います。

角田 一番は、タブー意識みたいなものでしょうか。患者自身もそうですし、周囲の方々も含めてですね。例えば、企業でプレゼンをしても、年代の高い男性の方々などは自分が経験していないと、「不妊=特異なこと」と捉える方もまだまだ多くいらっしゃるなと感じます。
でも「20~30代の部下を5~6人集めたら、1人は不妊治療をするというのが今の数字ですよ」とお話すると、「意外といるんだね」と気付いてくださるみたいです。

「不妊=特異なこと」という捉え方や、患者さん自身が産めないことに対して自己否定してしまう……その両方の意識を、ともに変えていかないといけないのかなと。手をつけられない、触れてはいけない領域という見方は簡単には変えられないだろうと思うので、私たち当事者も取り巻く環境の人たちも双方に、「当たり前に誰にでも起こりうること」という捉え方が必要なのかなと思いますね。

ータブー意識を払しょくするために、角田さんが取り組もうとしていることは何かありますか?

角田 まず私自身が不妊治療当事者であり、治療をしながら会社を起業しているということを、きちんとPRしていかなきゃいけないなと思います。「そういう人たちはたくさんいるんだよ」という一例として、実名で出していくことですね。

UMUさんのコンセプトとも合致しますが、 匿名ではなく当事者として実名で話をしていくというところで、「特殊な人の話ではなく、普通のことなんだね」と身近に感じてもらう必要があるのかなと思います。

あとは企業の上層部の方々にも、プレゼンなどを通じて日本でも20代から不妊治療をしている人たちは少なくないという現状について知ってもらいたいですね。

弊社のプロダクト「cocoromi」にも20代のユーザーさんは多くいらっしゃいます。 特に地方に住んでいる方は早めに治療を開始する方も多いので、都心部の先進的な企業だけが不妊治療に関する制度を福利厚生に入れるべきなのではなく、地方で働いている人たちにも制度を活用してもらえるようにしてほしい。そのために、大企業や都市部などに偏らず、広い範囲に正しい知識がいくようにしたいなと思います。

それは1社だけでは絶対にできないことです。いまちょうど保険適用に関する話題などで不妊治療に関して注目度が高まっているので、ミスリードな情報も増えるかもしれないですが、ベースとして不妊治療のことがたくさん報道されるというのは、いいことだと思います。

ー不妊は一部のマイノリティのことではないということを、数の力で伝えていくというのは大切なことですよね。
角田さんは、サービス立ち上げ当初は「できるだけ自分の原体験を紐づけたくない」とおっしゃっていたと思うのですが、なにか心境の変化はありましたか?

角田 はい。当初は私が治療中の患者であることをオープンにすることで、オープンにしていない患者さんは私との温度差を感じ、サービスから離れていってしまう気がしていたんです。

でも私も一人の不妊治療当事者であることを公にし、「治療仲間」であるユーザーさんとディスカッションすると、すごく応援していただいているなと感じました。なので、私自身が自分の経験をオープンにして事業を進めていってもいいのかな、と思ったという心境の変化はありますね。

 

  教育と働き方。そして、この業界をよくするためにも「稼げる業界」にすること

ーなるほど、そういう経緯があったんですね。では、吉川さんはいかがですか?

吉川 3つありまして、まず1つは教育だと思っています。学校教育を変えてほしい、変わってほしいです。僕たちのプロダクト「ケアミー」だけでは、日本全国の若い人たち全員に情報を届けられているわけではないですし、今後も全員に届けるのは無理だと思います。

平等に正しい知識を届けられる場というのは学校の教育なので、そういった意味で教育現場に変わってほしいと思っています。ただ学校の先生は先生で、伝えたいと思っていることも指導要領上伝えられないという問題を抱えていらっしゃるので、最近の性教育周りの動きとしては、外部講師の活用がとても進んでいるんです。
産婦人科の先生を呼んだり、性教育の講師をしている思春期保健相談士の方を呼んだりとか。学校と外部がコラボするというのは一つの手かなと思います。

2つ目は、社会の問題、会社・企業・働き方についてですね。不妊治療をしながら働き続けるのはとても大変だと思います。でも、コロナが流行して遠隔で仕事をし始めるようになって、病院に通いやすくなった人もいるかもしれない。
これは不妊治療に限らず、皆さんそれぞれ、何かしらの病気や家庭の都合などを抱えながら生きているわけです。どんな人でも、柔軟に働きやすい社会にすべきだなと思います。

この点も僕個人の力で変えられることではなく、社会全体の問題です。不妊治療を頑張っている人もいますし、他のさまざまな都合で今の朝9時から18時までデスクに座って働くというスタイルが合わない人、都合が悪い人はたくさんいるはずです。
もう少し日本の働き方が変わっていくといいなと。それは、不妊治療のしやすさにも繋がってくると思います。

3つ目は、この領域で事業を継続できるよう、稼げる業界にすることです。僕はこの不妊治療や妊活とかフェムテックと呼ばれる領域に携わる人々が、ちゃんと稼ぐことはすごく大事だと思っています。

志がある人は、妊活・不妊治療の領域を変えたいとずっと言い続けていると思うんです。でも、不安を煽って稼ぐようなビジネスではなく、正しい課題解決の仕方で稼ぐというのが難しい。
これからは稼げる人たちがどんどん生まれて、お金が集まってくるようにしないと、優秀な人も集まらないし、いいプロダクトもできていかないと思っているので、この領域にもっとお金を集めないといけないなと思っています。

僕自身は物欲が全くない人間なので、買い物はほとんどしません。たくさんのお金がなくても幸せに生きていける人間なので、個人的な欲望のために稼ぎたいという感覚はそんなにないんです。とはいえ、業界をよくするために儲けないといけないと思っている側面があります。

たぶん僕を昔から知っている人は、「あいつ今ボランティアみたいな活動をやってるよ」と思っているはずです。まぁ近しいんですけどね、現状は(笑)。

ただもし僕がすごく儲けていたら、「え?その領域ってそんなに伸びてるの?」という風になってくるんじゃないかなと。そういう意味で、稼ぎたいな、ちゃんと稼がないといけないな、と思っています。

ー大事ですね。いままでは、医療そのもの、もしくは全てではないものの不安を煽って搾取するようなビジネスにしか、お金が流れていなかったということだと思います。
そのお金の流れを、うまく変えられたらいいですよね。ちゃんと稼げるし、社会のためにもなるし患者のためにもなると。三方よしのビジネスが実現できたらいいなと思いますし、そういう業界に私たちの力で変えていきたいですよね。

吉川 はい。Webプロダクトのいいところは、僕が死んでもプロダクトは残ることだと思うんです。でも、ずっと続くためには、ビジネスモデルとして成り立ってないといけないので、ちゃんと事業として成り立つようにしてから僕は死なないと、と思ってるんですよね。

ーそういう意味では、お二人ともプロダクトという形あるソリューションを提供されているので、共通することかもしれませんね。
二、三世代後ぐらいは、この領域自体がいまのかたちでは存在していない可能性もありますが(笑)。でも、未来を見ながらサービス開発をしているというのがすごく伝わりました。

 


事業立ち上げの壁、またそれをどうやって乗り越えたか

  応援してくださる方の期待をきちんと形に変えていく。社会課題として立ち向かう

ーそんなお二人が、事業をローンチしてから継続する上で大変だったこと、心が折れそうだったこと。また、それをどのように乗り越えてきたのかを教えてください。

角田 創業して半年、ここまでは大きな挫折があったというよりも、やりたいことをやって突っ走っているという感じですね。

いま一緒に事業をしているメンバーは、私以外は不妊治療の経験がないんです。それでも「やっぱりこの不妊治療の課題を解決するって、すごく大事だよね」という風に、理解して協力してくれています。私が当事者なので、辛さを伝えているというのもあるかもしれませんが。

それは社内に限らず、社外の方々からも同様で、ソーシャルビジネスという視点で弊社を見ていただけることも多く、応援してくださる方が多いと感じています。
いい意味でプレッシャーになりつつありますが、「この人たちの期待をきちんと形に変えて行かなければいけない」と強く思っているので、アドレナリンが出ていますね。

もちろん、ユーザー数が現状あまり増やせていないことや開発関連などの課題もありますが、期待していただいている間は、それに見合うアウトプットをできるだけ早い段階で出さないといけないというところで、いま頑張っています。

また、お仕事関係の方が「実はうちも不妊治療しているんだ」「我が家も不妊治療をして授かったんです」など、個人的に連絡をくださる機会も少なくありません。多くの方が原体験をもってサポートしてくださっていると思うと、これは社会課題としてみんなで立ち向かっていかなければいけない課題だな、と強く感じますね。

 

  不妊治療領域の人脈ゼロから、ユーザーヒアリングをするための環境作り

吉川 創業当初にすごく大変だったのは、当時進めていた不妊治療の通院記録アプリ(※現在はクローズ)を作るためのヒアリングですね。というのも、僕らはプロダクトにしっかりと向き合いたいチームでして、プロダクトを作るときはユーザーの声を聞きまくることを大切にしています。

当初は不妊治療に関するサービスから始めようと考えていたので、まず不妊治療中の方に課題を聞きたいと思ったのですが、簡単にはヒアリングできないなと。どうやってヒアリングしたらいいんだろうと思って出した答えが、僕の場合は「Twitterを始める」でした。

Twitterを始めて、僕らがこの不妊治療の領域がどうなればいいと思っているのかを発信し続けてファンがついてくれたら、その人たちはきっと不妊治療をしている人たちだから、そこでヒアリングしようという考えでした。
戦略として、毎日8時間ぐらいずっとTwitterをしていましたね。フォロワーが2〜3000人ぐらいになると、一気に応援してくださる方が増えて、ヒアリングもできるようになりました。

僕らのバックグラウンドには、不妊治療や産婦人科の領域になにもコネクションがなかったので、ゼロからヒアリングできる環境を作りあげるというのはやはり大変でしたね。

他にもあるとすれば、「ミッションとの一貫性を保つ」というのは大事だなと、今になって強く思います。弊社は創業時から、「正しい情報を適切なタイミングで得られるようにする」というミッションに合致することしかやらない、と決めているんです。

事業をそれなりにやっていると、甘い蜜がいっぱい出てきます。でも、僕らのチームはアイデアが出た時に、「それはミッションと合致しているかどうか」という問いをすごく大事にしています。もし合致していなければ、それを考えることはやめようと。
なので、軸を決めていた分、一貫性がすごく大事だということを改めて強く思いながら進めてこれたのは、良かったと思っています。

さらに一貫性に関して言うと、僕らは「ユーザーの声、ユーザーの課題を解決する」ということも決めています。ユーザーに刺さるサービスを作りたい、そう思っています。
もちろん、産婦人科医の先生方の意見も聞きます。その他にもさまざまな意見、声は聞きますが、あくまでもユーザーの課題を最優先に解決すると決めているというのも、事業作りをしていく上で1つ大切にしていることですね。

 


SNSの活発な動きや政治的なムーブメントに対して思うこと

  怒りも大切だけど、自分が進むべき道が見えるようなサービス・サポートがますます大事になってくる

ー少し話題を変えます。最近、政治的にもすごく動いているし、SNSでもホットトピックの1つである不妊治療の領域ですが、その社会の動きや環境改善ムーブメントを含めたこの在りようについては、お二人はどのような意見を持っていらっしゃいますか?

吉川 僕は、今だからこそ、角田さんがされているようなサービスがすごく大事になってくると思っています。というのも、SNSの特徴として怒りコンテンツはバズるんですよね。僕も今までツイートしてバズったのは、怒り型なんです。今もきっとバズっているのは、この不妊治療の現状に対する怒りだと思います。

それは、みんなが思っていることだから共感を生みやすいですし、怒りのパワーが実際に社会を動かすこともあるので大切だと思います。でも、どこか疲れちゃうんですよね、怒ってばかりだと。
その時に、ちょっと冷静になって「本当に自分に必要な物って何だっけ?」と。データベースでちゃんと情報が見られるとか、優しいコミュニティとか、優しく誰かと話せる場所があるとか……そういったものの重要性は、このSNSの盛り上がりと比例して、高まっていく気がしています。

怒りは怒りですごく大事なんですけれども、それと両輪で怒りながらも自分が進むべき道が見えるようなサービス、サポートが必要ですし、自分の治療をちゃんと前に進めるために、データベースに基づいて提案してくれる誰かがいる、しんどい時に頼れる人がいるというのは、ますます大事になると思うんです。

その時に、道筋を示してあげられるプロダクトがあるといいなと思っているので、角田さん応援しています!という話ですね(笑)。

角田 ありがとうございます(笑)。

 

  都市部だけでなく、世の中全体が最適化していくような動きが、このムーブメントで加速してほしい

ーその応援のバトン、いい流れですよね。では角田さんお願いします。

角田 若干雑談になりますけれども、今の話で言うと、確かにちょっと患者としては疲れてしまうなと思うところはあります。最近は保険適用の話もあって不妊治療が話題になることが多いので、知らなかった人が知れることの価値は、先ほども申し上げた通りあるとは思います。ただ、患者側からすると、より不妊治療の話題に触れる毎日になってきたというのがあります。吉川さんがおっしゃった通り、疲れてしまう……。

「cocoromi」を使っている方でも、「保険適用になるまで2年?なんて待てない」という患者さんは多いです。「これまで何百万円を支払っているのに今更?」「助成金で枠を増やしたり、世帯年収の枠を外すなどもう少し手前で施策は取れないの?」など、怒りに変わっていくようなご意見も耳にしますね。
なのでそういう意味で言うと、社会的な追い風はありがたいと思う部分もありつつ、患者はより多くの不確定な情報にさらされて感情が揺さぶられていると思います。

SNSという観点から考えると、先ほどもお話したように、地方の患者さんも等しく救ってあげなければいけない、と思っています。オンラインであれば居住地域に限らず情報を受発信できるので、都市部の中心の人たちだけではなく、地方の人たちの情報にも目を向けてもらいたい、メディアにも取り上げてもらいたいですね。

例えば、菅首相のお膝元である秋田県のNPOにヒアリングした時に聞いたのは、病院に行くまでに片道3時間、車を運転して通っている方もいらっしゃるそうです。採卵の前に週3回通うとすると、往復だけで18時間かかっています。もう仕事と両立できるレベルではないですよね。

さらに地方では、「不妊治療をするなんてすごく恵まれた環境の人のことで、田舎に住んでいるとできません」ということを、話す方々もいらっしゃいます。すごく地域差があるなと思います。都心部の方が不妊治療をしている人数が多いと思うかもしれないですが、そんなことはないはずなんですね。

全国の病院密度指数を調べたところ、高度生殖医療を受けられるクリニックが県内に1~2か所ほどしかないところもあり、そういうところでは通院自体が本当に大変です。また、「2人目不妊なんて贅沢過ぎて治療できません」という声も耳にします。

今せっかく話題になっているので、メディアの方々も同じようなところを取り上げるのではなく、新しい地方の課題にも目を向けて発信してもらいたいなと思います。また、地方議員の方にも声を挙げていただけるとありがたいですね。都市部だけではない世の中全体が最適化していくような動きが、このムーブメントで加速するといいなと思います。

地方でのヒアリングを通じて、首都圏で治療している私はとても恵まれた環境だと知りました。「病院はどこを選ぼうかな」とか「ダメだったら次はどこの病院に行こうかな」と、いわゆる転院の旅に出ているのですが、それはすごく贅沢なことなんだなと。

首都圏以外では、体外受精や顕微授精の症例数が年間300件を超える医療機関は少なく、それでも最新の設備などを導入していくのは経営上無理があるのも仕方がないと思います。なので、そういった部分は国が補助するとか、地方での医療技術も担保できるような施策を打ってほしいと思います。

ー確かに、今さまざまな動きが起きていますが、そういう動きに関わっている人たちも、ほぼ首都圏の人、都内の人ですよね。

角田 そうですね。ただ、地方のNPO法人でしっかり活動されている方もいますし、地方の人も合わせれば人数としては多いはずなので、ぜひ目を向けてほしいなと思います。

ー本当にそうですね。また、吉川さんがお話してくれた怒りの話もすごく刺さりましたし、興味があります。怒りがガソリンになってしまうことってありますよね、SNSは特に。

吉川 はい。ただ実際には、保険適用にするべきだという話も、Twitterでの発言などがそれなりに後押しになったと思うんです。皆さんがずっと言ってきたからこそ動き始めた。そういった意味でも怒りは大事なんですが、ただしそれを、自分自身の現状に対して直接向けないようにした方がいいなと思いますね。

というのも、さっき角田さんもおっしゃっていましたけれども、もし保険適用になるとしても、すぐになるわけじゃないはずです。今治療中の人たちは、2年後まで待てないという気持ちになってしまうと思います。なので、怒りは怒りで発信しつつも、今の目の前の自分の治療に向き合える環境を、より推進できたらいいなと思います。

 


患者さんやユーザーに対する思い

  「もっと早く知りたかった」と言わせたくない

ーお二人それぞれに、サービス開発を通じて当事者の声をとことん聞き、彼女らと社会にとって何が大切かを考え続けているからこそ、語れる視点という気がしました。そんなお二人のサービスを現在使ってくれているユーザーさんや、ユーザー予備軍である妊活・不妊治療を見据えている方、もしくは治療中の方に対して、どんな思いで向き合っていらっしゃいますか?メッセージもあればお願いします。

吉川 僕は「もっと早く知りたかった」って、もう言わせたくないんです。今の自分に合った知識、これからのために必要な知識が、ちゃんと届けられるようなプロダクトにしていきたい。それにつきますね。

ー今まさに不妊治療中の方やこれから不妊治療をはじめようとしている方に対しては、どうでしょうか?

吉川 角田さんが提供されているサービスの同質データ、すごく大事だなと思っています。不妊治療を始めると、最初は何も分からずとりあえず先生の話を聞くフェーズがあって、ある程度分かってきたら今度は、ブログやTwitterを見まくるフェーズが来ると思うんです。
その時に、あの人はこうしてる、この人はああしているという風に、大量の情報が入ってくると思いますが、人の体ってそれぞれ違いますよね。それこそ、女性側の要因、男性側の要因という違いもあります。

一人ひとりに合った知るべきこと、やるべきことは違うはずなので、自分には適していない情報に惑わされないようにしたほうがいいと思います。なので、角田さん頑張ってください!という、またこのバトンになります(笑)。

 

  情報を知っていることは武器、辛い治療にきっと光が射してくる

ーいいですね(笑)。角田さん、いかがでしょうか?

角田 私はまだプロダクトのベータ版ではありますが、会社を立ち上げてから6ヶ月間走り続けてきました。患者さんやユーザーさんに伝えたいことは、正しい情報を得ることで、辛い治療に少し光が射すということです。

不妊治療をしていると、暗闇で暗中模索みたいな状況になっている方が多いと思うんです。その自分が戦っている場所や、戦う武器、戦い方といった情報を少しでも得ることで、真っ暗闇がちょっと薄暗がりになる、ちょっと光が差してくる部分がきっとあると思うんですね、気持ちがふわっと楽になるような部分が。

例えば、体外受精の成功率を知っているのと知らないのでは、気持ちが違うと思うんです。1回やれば成功すると思って臨むのと、1回の成功率は20%から人によっては10%以下というデータを知って、3回やって1回成功すれば良いというくらいの心構えで向かうのと、きっと治療している時の精神的な安定具合が全く違うと思うんですね。

情報を知っているということは、武器です。まずは自分に必要な情報を身につけた上でどう戦うか、1年戦うのか2年戦うのかなどをパートナーの方と話し合ってもらうためのエビデンスの提供は、すごく重要だと思っています。

「cocoromi」で情報をグラフやデータで示しているのは、不妊治療中の女性に自分1人で見てほしくない、という意図もあるからなんです。
パートナーと一緒にエビデンスをきちんと見て、どうお互い考えていくか、いつ治療を卒業するかなど、そういうところも一緒に考えていただける材料になればいいなと思っています。

 


幸せに不妊治療と向き合える未来とは

  一人ひとりの状態に合わせた治療が受けられる

ーお二人がそうして描いておられる構想の姿に、いま現実の世界も少しずつ近づいている感じはしますよね、期待を込めて。そのまさに、変わっている最中だとは思うのですが、患者さんやユーザーさんが幸せに不妊治療と向き合える未来がこの先実現するとしたら、それはどんな未来だと想像しますか?現状がどう変わっていけば、当事者が幸せに不妊治療と向き合える未来がつくれるでしょうか?

吉川 一人ひとりの状態に合わせて、カスタマイズされた治療が受けられるのが良いと僕は思います。アメリカなどは、もうそういったサービスがあったと思います。

不妊の基本検査を受けると、あなたの原因はこれです、年齢やパートナーの精子の状況などから、妊娠の確率は何パーセントで予算として最大いくらぐらいかかりそうです、期間としてもこのぐらいはかかるかもしれません。そして、治療法としては高刺激のこのような方法が確率論的に妊娠の可能性が高いです…といった形で示されるんですね。

その情報に基づいて治療の意思決定をしていければ、たぶん皆さんがブログなどで情報収集をする時間は必要なくなります。そういうことができるようになればいいなと思いますね。

ー医療行為にも踏み込むサービスになると考えられるので、法律上の壁がすごく難しくなってくるとは思いますが、そういうサービスは必要ですよね。

吉川 そうですね。ぜひ日本でもできるようなればいいな、と思いますね。

 

  不妊治療卒業後のネクストステップも見えているようにしたい

ー角田さんのサービスはそういうことも意図していますか?

角田 はい。視野に入れていると言いますか、本格的にその領域に入っていこうと思っていますし、医学的な意味でも、もう少し解明されるべき領域だと思っています。

不明なことが多いということは、裏を返せば、ある程度データで示唆できることもあるので、データ分析の価値がある領域だと思っています。医学とデータ分析、両方のアプローチで、もう少し不妊治療の道筋が明らかになっていくといいなと思っています。

ただ、それでも希望を叶えられない人たちは、どうしてもいらっしゃると思うんですね。その時に、「自分で産む」以外にも、養子縁組や夫婦で生きていくなど複数の選択肢や手段があることを伝えたい。そのネクストステップの選択肢も、ちゃんと見えているようにしたいですね。「もし不妊治療がだめだったら、もうどうやって生きていっていいかわからない……」という気持ちにならないようにしたいです。

そのためには、UMUさんがされているように具体的なモデル事例を提示して「私はこうやって不妊治療を卒業しました」や、卒業後どのように暮らしているのかなど、共感ストーリーといったところも、すごく必要になってくるとは思いますね。

私も時々、養子縁組を考えるのですが、「いつ子どもに言うんだろう」「家を買っちゃったけれど、周りの人にはいつどうやって伝えればいいんだろう、ご近所付き合いはどうしよう」など、ちょっとしたことのステップが、不妊治療をはじめる段階と同じで分からないことだらけなんですね。

なので、そういった情報整理やロールモデルみたいな人たちが、たくさんオープンにでてくるといいなと思います。アメリカだと里子を迎えることも、もっとオープンだと聞いています。日本でも、そういうものが不妊治療の先の選択肢として、治療中の患者さんに地続きで見えるような世界になるといいですよね。

 


「あなたにとって、不妊治療とは?」

  「思い描く幸せな未来への一つの道であり、手段」

ーお二人とも、ありがとうございました。聞きたいことや話したいことがありすぎて、壮大なロングインタビューになってしまいましたが、そろそろ最後のご質問とします。ユーザーや当事者の幸せと、このテーマの未来を日々考え抜いているお二人に、あえてこのシンプルな問いを投げたいと思います。
お二人にとって、不妊治療とは何ですか?例えるならそれは、どんな存在でしょうか?

角田 私にとって不妊治療は、目的でもないしゴールでもなくて。言葉にするなら、「自分が描いている幸せな未来への一つの道、手段」のような存在なのかなと思います。
もし、それがダメだったとしても、人生が終わるわけではない。今が一つの通過点というところで、その道をできるだけ歩きやすくする、ほかの道(選択肢)も見つけやすくするー。
それが私にとっての不妊治療であり、不妊治療の事業でもあるんだろうなと。そんな風に思っています 。

 

  「壁の向こう側のもの“じゃない”もの」

吉川 難しいですが、僕は不妊治療を、みんなが「壁の向こう側にあるもの」だと思わないでほしいなと思っています。

いわゆる自然妊娠派と不妊治療派の間の壁みたいなものを、Twitter上でも直接話をしていても感じました。それは、不妊治療が医療の力を使うもので、自然妊娠とは違うという考え方によるものだと思います。

でも実際には、排卵検査薬や妊娠検査薬も医薬品ですし、婦人体温計も医療機器です。産むのは基本的に病院ですし、妊娠・出産は誰にとっても、何かしら医療の力を借りないと成立しないもの。結局はその「程度」が違うだけ、グラデーションだと僕は思うんです。

本来はそこに分断があるわけではない。だとするならば、もし自分が妊娠しづらいなと思った時、不妊治療を始めるという時に、「壁の向こう側に行かないといけない」というように、心理的に敷居を高く感じてほしくないな、と思います。
もちろん、お金の問題や実際にハードルが高い部分もあるかもしれません。でも、不妊治療は、妊娠するためにサポートしてもらえるツール、手段でしかないんです。

と、話していて気づきましたが、これは僕にとって不妊治療とは、に対する回答とは微妙に逸れてしまいましたね(笑)。
ですが、お伝えしたかったことは、一言でいうと「壁の向こう側のもの“じゃない”もの」という感じですかね。

角田 なんか、かっこいい……!

ーかっこいいですね!
あらためまして、角田さん、吉川さん、ありがとうございました。それぞれのお立場からのお話で、想像以上に濃厚な内容を聞かせていただきました。
たくさんの問題提起と、何よりそれらを言いっぱなしで終わらせない実行力。未曾有の変革期だからこそ、お二人が成し遂げていく未来が本当に楽しみです。かつ、一社では実現し得ないことも、手を携えればもっとできることがあるという話もまさに出ましたね。

UMU編集部としても、社会のよい変化を加速する担い手として、お二人を含むさまざまなプレイヤーの皆さんとコラボレーションしながら、当事者のために、社会全体のために、役立っていきたいという思いを新たにする取材でした。
本日は本当にありがとうございました。

(取材・文/中山萌、写真/本人提供、協力/内田英恵)


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