「日本のリプロダクティブ・ヘルス/ライツを改善したい。」4回流産、3回化学流産の絶望を希望に変えて、不妊・不育治療の環境改善に挑みつづける<後編>

不育症で4度の流産、3度の化学流産を経験し、一児の母となったmihoさん。<前編>では、妊娠を望む中で立ちはだかった幾つもの壁や感じた思い、その過程で築き上げていったパートナーシップのあり方について、丁寧にお話ししてくださいました。

この<後編>では、いよいよ現実味を帯びてきた「着床前診断」へのトライと体外受精へのステップ、そして出産に至るまでの一連のプロセスで感じた違和感から動き始めたmihoさんの、次なるチャレンジについてお聞きしていきます。

miho 1988年大阪生まれ。転勤族の両親のもと、日本、アメリカ、イギリスで育つ。大学卒業後、会社員として働く傍ら、妊活・不妊治療を取り巻く環境の改善に向けて活動中。

オトメン 1987年イギリス生まれ。大学院卒業後、IT企業に勤務。2016年より日本在住。

 


受けたくても受けられない。「着床前診断」の壁

  体外受精へのハードルと、夫婦二人三脚での片道4時間以上の通院

ーそして、お二人で次のステップへと歩みを進めたんですね。

miho そうですね。養子を迎えるとか、二人で暮らしていくとか、他の選択肢もずっと頭にはあったし、いつかは子どもを産むことを諦めなくちゃいけないかもしれない。でも、やれることは試したい。そこをやるまでは諦めがつかないというのが、二人の中で一致していました。

それで、まずは近くの不妊治療専門の病院でタイミング法を試しました。結果として、そこで4回目の流産をしてしまったのですが、次に何をすべきかがわかったので、きちんと病院に通うようになってよかったなと。そこからステップアップして人工授精も3度トライしましたが、そこでの化学流産も含め、妊娠に至ることはありませんでした。

その過程で、やっぱり私たちの場合は、受精卵の染色体異常が原因で初期流産を繰り返している可能性が高かったので、受精卵のスクリーニングを行い、正常な受精卵を判別するために、着床前診断が有効なんじゃないか、という確信を強めていったんです。

それでまたたくさん調べて、その当時、定められた厳しい要件を満たせなくても着床前診断ができる神戸のクリニックに、体外受精した受精卵を診断することを前提に転院することにしました。

ただ、自宅のある埼玉から神戸まで通わないといけないというハードルと、本当に体外受精をしないと子どもができないんだと認めるのは大変で、時間を要しました。ふり返ってみると、不育症の検査をした時点ですぐに体外受精にステップアップする選択もありましたが、それはできませんでした。心がついていかなかったんですね。

ーその後、意を決して体外受精へステップを進める際に、お二人の間で衝突などはなかったですか?

miho 先ほどお話ししたような葛藤はありながら、治療そのものに対する抵抗は全然なかったよね。お互いの両親にも体外受精する・しないの時にオープンに話していたくらいです。

ただ、私の方が圧倒的に調べているし、元々職業柄生物学に詳しいこともあって知識の差が開いていって。それは仕方がないと思いつつ、彼の知識不足が発端となって私が深く傷ついたことがあって、1回だけ大きなケンカをしました。

彼からは、反省文の代わりに、不妊治療について勉強したことをレポートにまとめてもらいました。その際、私の想定以上に、自分たちとは関係ない不妊の原因のことまで何十ページにも渡る資料を作ってくれて。そこから、ほぼ対等に議論ができるようになりました。あの時ぶつかってよかったなと、今は思っています。

距離的にも、金額的にも、体外受精にチャレンジするハードルは高かったので、神戸に通うのは1年間と、リミットを決めて挑むことにしました。治療に対する彼のコミットには驚かされました。神戸へ全部で24往復したんですけど、そのうち22回は付いてきてくれたんです。

ー男性は必ずしも行く必要はないのに、ということですよね。

miho そうです。治療の過程で不可欠だったのは、うち3回だけでした。しかも彼はちょうど転職したばかりのタイミング。転職して一番最初の面談で、「これから体外受精を行う予定で妻が神戸のクリニックまで通います。僕はなるべくそれについていきたい」と上司に話をしてくれて。試用期間中は、パーソナルリーブという個人の事情で取得できる休暇制度を、有給休暇の代わりに使ってくれました。

ーオトメンさんは、なぜ一緒に行くようにしたいと思われたんですか?

オトメン 体外受精を始める前までは、平日は治療に付きそうことはしてきませんでした。でも、体外受精の負担はこれまでとは桁違いだと理解していたし、近所のクリニックならまだしも、心身ともに負担の大きい治療のために、妻に独りで片道4時間以上かけて行き帰りをさせるのは心配でした。

移動中、一人で同じことをぐるぐる考えてしまうかもしれない。そんな時に隣に誰かがいて、治療以外のことに目を向けられたら、気持ちが楽になるんじゃないかなと思ったんです。

それに治療をするのはmihoだったけど、これは2人が子どもを望んでしていることだから。繰り返しになるけど、愛している人がつらい思いをしている時に支えるのは当たり前のことだと思っているので。

miho 2人で行く合理性はないです。交通費も倍になっちゃうし。でも二人三脚で治療に取り組んでいるという実感に、すごく救われていました。投薬管理や新幹線の予約など、治療そのもの以外の負担は、夫が快く背負ってくれていたので。

ときには飛行機で通院することもあったそう。神戸へ向かう機内からの風景

 

  しなくていい苦しさを経験する、日本の不妊治療への違和感

miho そこからは、高刺激法での体外受精に臨むことになり、採卵に向けて毎日自宅で注射を打つ日々でした。

その時は、採卵して体外受精したら胚盤胞までは育つでしょう、と思っていたんです。何度も妊娠はしていたので着床はしている。だから受精卵が育つことに問題はないはずだって。

でも実際は、初めての採卵で9個採卵しましたが、1つも胚盤胞まで育たなかったんです。並々ならぬ覚悟を持って転院して、たった1周期の治療ですが何十万と費やしたのに、着床前診断以前の段階で躓いて本当にショックでした。

その後は、卵巣の回復のために1周期空けて、11個採卵。体外受精を行い半分が胚盤胞になったので、着床前診断をしました。結果、胚盤胞5つのうち1つだけ正常胚が見つかりました。

その正常胚は、見た目的にはグレードのよくない3BCの胚でした。もっとグレードの高い胚は3つありましたが、それらは染色体の本数に異常が見つかったのです。

つまり、少なくとも私のケースでは、胚の見た目と中身が一致していませんでした。もしグレードの高い胚から移植する一般的な治療を行っていたら、あと3回も移植後の陰性か流産を経なければ、出産できなかったことになります。私の知る限り、3BCといえば、クリニックによっては着床前診断をするまでもなく廃棄される胚だそうです。

着床前診断が広く行われてこなかったということは、検査すれば移植が失敗する可能性が高いことがわかる胚を、見た目がきれいだからと移植してきたということでもあると思います。移植が失敗、ましてや流産となれば、時間も費用もその分かかります。治療を続ける気力を失うくらい、精神的なダメージを感じる人もいるでしょう。なんて残酷なことを強いてきたのだろうと、憤りを感じています。

正常胚が見つかって嬉しい気持ちもありましたが、日本中でこうした理不尽な治療が行われていることを考えると、なんとも言えない気持ちになりました。海外では20年前からできることが、なぜ日本ではできないんだろう、という疑問が改めて強まりました。

mihoさんの母作の移植前「お薬カレンダー」

ー当事者にとっては、辛いことですよね…。

miho 私は幸い、初回の移植でとうとう出産までいくことができました。でももし、体外受精にステップアップしてからもなお流産していたら、すごく辛かったと思うんです。

実際起こらなかったからわからないけど、ここに至るまでにすでに精神的にかなり参っていたので、そうなっていたらたぶん、治療を続けられなかったと思う。二人でそういう話をしていました。

そのくらい重いこと。なのに、流産することがほぼ確定的な受精卵を、当たり前に母体に戻しているんだな、今この瞬間も、と思ったんです。本当になんとも言えない感情になりました。

それまでも日本の産婦人科領域に思うことはあったんですけど、この時に、私がおかしいんじゃなくて、この業界が間違っていない?と強く思って。それが、今の「不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会」の活動へとつながっていきます。

 


リプロダクティブ・ヘルス/ライツを改善したい

  繰り返される流産の絶望を、未来への希望に変えて

ー「 不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会」については、以前にもUMUのコラム で一度ご紹介していますが改めて、mihoさんからもお聞かせいただけますか?

miho はい。不妊・不育治療の環境改善を目指す当事者の会は、2019年の10月に立ち上がりました。その当時は私の状況的に、仕事と治療の両立にいっぱいいっぱいで。9人のメンバーとはSNS上の知り合いでした。全員がすごく真面目にコミットしているのは外から見てもわかっていたので、生半可な気持ちで関わるのはダメだなって、ネット上での活動に援護射撃的に参加するくらいだったんですけど。

そうしたら立憲民主党のフェスでブースを出すなど、活動がオンラインに留まらないインパクトを起こしていって。2020年の5月に少子化社会対策大綱へのパブリックコメントが募られた際には、会のみなさんがSNSを使って世論を盛り上げたことで、異例の数の意見が内閣府に届きました。

少子化大綱に書かれた不妊治療についての記載はわずか1ページですが、新聞報道 によると、公募期間に寄せられた約3,800件の意見のうち、半数近い約1,700件が不妊治療に関連していたそうです。

大綱の文言そのものを大きく変えるには至りませんでしたが、パブコメの影響か、大綱についての報道は不妊治療一色でした。これが決め手の一つとなり、不妊治療の保険適用は後に、自民党総裁選での菅官房長官(当時)の政策の柱に取り上げられ、今日までの急ピッチでの改革につながっていったと私は理解しています。

今、20年に一度の変化を起こすチャンスが来ているんじゃないかと思って、産休に入るタイミングで自分から打診して、正式にメンバーに迎え入れてもらいました。

当事者の会を立ち上げた9人はスペシャルな人たちばかりで、私なんかに何ができるかなと躊躇する気持ちもあったんですけど、不妊治療の経験ってみんなそれぞれ違っていて、私の経験は私にしか語れない。それをちゃんと言葉にすることもすごく大事だし、その声が束になって変化が起きてきたのだと実感しています。

ー社会が少しずつ、動き出していますね。mihoさんや当事者の会のみなさんが、ここから目指している世界があれば教えてください。

miho 日本のリプロダクティブ・ヘルス/ライツを改善したい、というのが何よりの願いですね。少子化対策という大義名分があって初めて政治が少しずつ動いてはいますが、私個人としても、当事者の会としても、最大の目的は不妊治療の環境改善であって、それが結果的に少子化対策にもつながるであろうと考えている立場です。

私たち自身、不妊治療の過程であまりにもたくさんの理不尽にあってきました。「やっぱりおかしいよね」と意見を交わすうちに、問題は、実は不妊治療に限定されたことではないことも分かってきて。その根っこの部分、女性が本来は持っているべき権利や、守られるべき健康、そういうものが当たり前に守られている世界に少しでも変えたいなと思っています。

当事者の会デビューは、署名提出のビッグイベント。記者会見の司会をされるmihoさんとメンバー

ーオトメンさんは、mihoさんの活動をどのようにご覧になっていますか?

オトメン mihoがしていることは、多くの人に支持されることだと思うし、自分のためだけではなく、世界をより良い場所にするための活動だよね。当事者の会の活動ももちろんそうだけど、彼女自身がTwitterの個人の(妊活アカウントではない)アカウントで正直に、ありのままの治療のリアルを発信してきたこともそうで、多くの人を勇気づけたと思う。

これまでにも「治療に踏み出す勇気をもらって、先日赤ちゃんが生まれたよ」という連絡が彼女に何度か届いていて。発信しつづけることで、たったひとりでも命の誕生に関われたなら、本当にすばらしいことだと思うんです。彼女は「ツイッターで日記を書いていただけ」って言うんだけど、これより尊い事ってあるのかな、と思うくらい。

miho 不妊治療の時もそうでしたけど、夫は今の活動も本当に応援してくれていて。私が産休以来こんなにフットワーク軽く活動できているのは、彼が快くサポートしてくれるおかげです。

オトメン 彼女がTwitterでつぶやいてきたことやこれまでの活動は、政治を動かす後押しになったと思うんです。本当にすばらしいことです。

さらにすごいと思うのは、医師から「あと2回流産したら対応を考えましょう」と言われたあの時から、悲しみに溺れてもおかしくないのに、前に進み続けてきた。他の人に同じ苦しみを味わわせたくない一心から、変化を起こしてきた。見返りも求めずに。そんな人のパートナーでいられていることを、誇りに思っているよ。

miho ありがとう。実は、娘の名前は印欧語でつけたんですけど、「再び立ち上がる」という意味なんです。

この子は生まれてくるまでも苦労してきたけど、生まれてきてからも、複数の国にルーツがあることで人とは異なる苦労を背負い込むかもしれない。でも、何度でも立ち上がれる強さと、誰かが転んだ時に立ち上がることを助けてあげられる優しさをもった子に育ってほしい、と願ってつけました。

私自身も、これからしぶとく立ち上がって、挑戦を続けていきたいです。

取材・文/三輪ひかり、写真/本人提供


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